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第70話 またお前のせいか、浦住ぃ!

 










「そうか、残念だよ。彼女には、とてもわが軍に貢献してもらったからね。この任務が終われば、一緒に食事でもと思っていたのだが……」


 秘書から報告を受けた黄は、本当に残念に思って眉をひそめた。

 この任務が終われば処分する予定だったが、まさか先にこちらが切られるとは思っていなかった。


 チップによる恐怖でしばりつけていたはずなのだが……。

 チップが消えたということもよく分からない。


 あれは、簡単な外科手術で取り除くことができるものではない。

 もちろん、浦住がそのような状況になかったことは知っている。


 となると、超常の力。

 特殊能力による除去しか考えられないが、脳内のチップを消し去るというピンポイントで都合のいい力があるとは思えない。


 あの場にいた良人は無効化とカウンターの特殊能力持ちで、それでチップをどうにかできるとは思えないが……。


「しょせんは裏切り者。将軍が気になされる必要はないかと」

「はははっ。もとはと言えば、こちらが彼女に日本を裏切らせたのだ。裏切り者と言うのは憚られるね」

「申し訳ありません」


 秘書の言葉に、黄は笑う。

 裏切りというのはあまり適切ではない。


 なにせ、浦住の意思とは異なり、無理にスパイに仕立て上げたのはこちらなのだから。

 隙さえあれば逃げ出そうとしていたのは知っている。


 今までに十分働いてくれたから、黄としてもとくに彼女に対して怒りがあるわけではなかった。


「ああ、残念だ。残念なことには変わりないが、わが軍の機密をよく知った者が、私たちの手の届かぬところに行こうとしている。どうすればいいと思うね?」

「口封じするべきかと」

「うーむ、随分と直球だね。しかし、とても残念だが、そうせざるを得ないかもしれないね」


 だが、浦住を生かしてやるつもりは毛頭なかった。

 こちらの支配下から逃れた以上、彼女に生きてもらっては困る。


 今までの東部軍のしてきたことが明るみになれば、日本での活動は極端に制限されることだろう。

 だから、浦住に対して怒りも恨みもないが、死んでもらうことにした。


「実行役はどうしますか? 他のスパイを使いますか?」


 もちろん、日本に潜ませているスパイは、浦住だけではない。

 中国人もいれば、日本人もいる。


 彼らを動かすかという秘書の言葉は否定する。


「一度に複数のスパイを露呈させるのはマズイね。あの暗殺者はどうかね?」

「……あの電話の後、連絡がつきません」

「はははっ、彼女らしいね」


 あっさりと連絡を絶ったリンリンに対しても、怒りはない。

 この余裕は、北部軍とひと段落ついたということも大きいが、中国人らしいリンリンのことを気に入っていることもあった。


 おそらく、危険を察知して雲隠れしたのだろう。

 ちゃっかりお金を持っていくところも面白い。


「殺しますか?」

「いやいや、彼女を殺そうとしたら、それなりに大変だよ。今は根無し草の暗殺者のために、貴重な人員を消耗するわけにはいかないんだ」


 リンリンは強い。

 彼女を殺すためだけに貴重なスパイを費やすことはできないのだ。


 だから、浦住を処分するのは、別の手立てを使うことにした。


「あれを使おう。彼女とは別のスパイに持たせていた、あれを」


 明確な言葉は使っていないが、秘書である彼女には、黄の言いたいことはしっかりと伝わっていた。


「……実験ですか?」

「有効活用しよう。この機会をね」


 うんうんと頷く黄。

 彼は上機嫌だ。


 可愛いスパイが離脱してしまったのは残念だが、そんな彼女を殺すために新しい武器を試すことができる。

 どうせ殺す予定だったのだ。


 こうして有効活用させてくれるのであれば、言うことはない。


「さて、これで使えるなら、北部軍を潰すために戦線に投入できる。どうなるかな?」


 いきなり大事な戦闘に出すわけにはいかないが、実戦投入には変わりない。

 今のところ、どの段階まで扱うことができるようになっているのか、確認しようではないか。


「日本の若い学生には申し訳ないが、中華統一のためだ。その尊い命をささげてくれたまえ」


 犠牲になるであろう良人のことを思い、黄は邪悪にほくそ笑むのであった。










 ◆



「さて、戻るか。と言っても、あたしはもうこの立場にはいられないだろうがな」


 浦住はいつものふてくされた無表情に戻る。

 いや、どこか寂しそうな雰囲気だ。


 それに対して、俺の考えは冷え切っていた。

 当たり前だろ。


 もう二度と娑婆の空気は吸えないだろうな。

 一刻も早く処刑台に昇ることを祈念させていただきます。


「……そう考えると、最後にお前と過ごす時間が惜しくなってきたな」


 俺のことを見上げて、馬鹿なことをのたまう浦住。

 いえ、全然。


 まったく惜しくないですね。

 早く処刑台に行って、どうぞ。


 そんな俺に対し、浦住がガシッと腕をつかんできた。


「どうせ、グレイが教師を呼びに行っているんだ。なら、最後くらいゆっくりするか。話に付き合ってくれるよな」

「もちろんです」

『ちょっと圧をかけられたらすぐに屈服するの面白いね』


 何が面白い!!

 ヘタしたら腕を握りつぶされるんだぞ!?


 あんなの、ピストルを突きつけられていた状況と何ら変わらん。

 それで付き合えと言われて嫌ですと言える奴がどこにいる?


 いたとしたらそいつはバカだ。

 綺羅子に違いない。


 そんなことを考えていると、ゴゴゴゴゴ! という地鳴りと地響きが起きる。


「うおおおお!? な、何だ!? 地震!?」


 俺は大慌てだ。

 やばい!


 天災はいくら俺がイケメンでもどうにもならないから嫌いなんだ!

 ちなみに、天災をしのぎ切った後はどうとでも出来る自信がある。


 ……と思っていたのだが、何やら様子がおかしい。

 なにせ、目の前で大地が盛り上がっていっているのだから。


 地震でこうはならないだろう。

 大規模な地震ならあるかもしれないが、そんな立っていられないほどの揺れではない。


 大地からゆっくりと何かが起き上がる。

 ば、化け物!?


「ま、まさか、あれは……!?」


 驚愕する様子の浦住。

 またお前のせいか、浦住ぃ!


 お前が全部何とかしろよ、浦住ぃ!


「さっきは少し時間をかけてお前と話したいと言ったが……前言撤回だ。今すぐ逃げろ、梔子」


 冷や汗を垂らしている。

 こいつがこんな切羽詰まった表情をするのは、初めて見る。


 俺との戦闘でも、こんな追い詰められた様子は見せなかった。

 つまり、それだけこの化物がやばいということだ。


 言われなくても逃げますけど?


「あれは、東部軍が送り込んできた、魔物……アンピプテラだ」


 そして、その化け物は、巨大な咆哮を上げるのであった。




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