第7話 肉壁
学園に入学して、数日が経った。
特殊能力の向上を学是としている学園だが、今のところ特別なことをしたことはない。
基本的に、普通の学科を学んでいる。
一方で、ちょくちょく学校生活の中で、同級生が特殊能力を行使しているのを見る。
正直、超常の力を操るとか、同じ人間に思えない。
こわっ。
『君も使えるんだよ?』
俺はとてもやさしい力だから。
『やさ、しい……?』
「あー……この学園にいる奴は、あたし含めて全員特殊能力が使える。が、特殊能力というのはまだ研究途中のもので、よくわかっていない。誰がどのような能力を持つかは、まったくのランダム。こっちが意図的に身に着けることは不可能だとされている」
浦住が心底面倒くさそうに話している。
なんでこいつ教師になったんだ……?
授業の内容は、特殊能力そのもののこと。
俺も、自分に発現するとは微塵も考えていなかったから、一切知らない。
だいたい、そんなよくわかっていない力を発展させようとすんなよ。
責任取れんのか、おおん?
「ただ、一説によると、特殊能力は思いの発露だとされている。その者が深層心理で強く願っていることを実現するための能力が、発現するらしい。まあ、眉唾もんだ。気にするな」
ほーん、思いの発露ねぇ。
だるそうな浦住に負けないほど、俺もだるそうに授業を受ける。
……そういえば、綺羅子の能力はとんでもない破壊力の槍だったな。
チラリと隣の綺羅子を見る。
あいつもこちらを見ていた。
つまり……。
『すべてを破壊したいとか?』
いや、あいつにそこまでの勇気はない。
『勇気はないけど考えはするんだ……』
すると思う。
自分に不都合なことが起きれば、ずっと考えていると思う。
多分、今も考えている。
きっと、邪魔者を消したいくらいだろうな。
厭らしい女だ。
『でも、君の能力は相手の攻撃を消していたよね。その想いの発露って……他人を拒絶したいとか?』
したいじゃない。
しているんだ。
『余計にダメだけど!?』
「お、授業終わりだな。よし、さっさと散れ。質問は受け付けんぞ」
鐘が鳴った瞬間、即座に授業を終える浦住。
数少ない彼女の長所である。
「あ、そうだ。入学して早々だが、この学園に慣れてもらうこと、友達作り、あとは特殊能力の扱いを学んでもらうために、レクリエーションがある。適当にグループを作っておけよー」
最後にそう言い残し、浦住は教室を出て行った。
ふむ、レクリエーション……。
マジでくだらないな。
仲良しこよしなんてするつもりは毛頭ないし。
というか、他人と行動を一緒にするって、凄いストレスなんだよな。
こう……群れている感じが気持ち悪くて仕方ない。
『二人組作って……? うっ、頭が……!』
何イベント前のボッチみたいな反応してんだ。
『え? 君もボッチでしょ?』
馬鹿か?
孤高だ、孤高と言え。
それか、栄光ある孤立と。
『大英帝国かな?』
あのさあ、性格良くてイケメンなんだぞ?
引く手数多だわ。
むしろ、俺の元に殺到するくらいだわ。
俺はふっと余裕のある笑みを浮かべながら周りを見て……。
ほとんどグループが固まっていることに気づき、愕然とした。
「(な、なぜ誰も近づいてこない……!?)」
『自意識過剰だったけど、確かに珍しいね。君、中学校の時もモテモテだったのに』
そう、俺はこういったイベント前のグループ作りにおいて、困ったことは一度たりともない。
待っていれば、自然と俺の元には勧誘の嵐。
まあ、イケメンで性格もいいからな。
人気者もつらい。
では、どうして今回に限ってそれがないのか。
しばらく考えて……意外と答えはあっさり出た。
ああ、そうか。
俺が輝きすぎているから、近づきがたいのだろう。
まあ、そこら辺の連中とは一線を画しているからな。
それも仕方ない。
『鋼のメンタルは羨ましい。でも、結局どうするの? 一人で参加はできないでしょ? 先生と組むの?』
寄生虫の言葉に、眉を顰める。
ふざけんな。
バイオレンスダウナーロリ巨乳と一緒になんていられるか。
チラリと隣を見れば、綺羅子も一人。
ぷぷっ、だっさ。
『君もだよ?』
綺羅子も俺を見て残念なものを見るような目をしていた。
なんでだよ。
少しイラっとしながらも、俺は慈悲の手を彼女に差し伸べるのであった。
「仕方ない。お前と組んでやるよ、感謝しろ」
「仕方ないわね。あなたと組んであげるわ、感謝しなさい」
ほぼ同時に発した、俺と綺羅子の言葉である。
……なんだこいつ!?
『君もだよ?』
「まあ、二人でも構わないわ。猫を被る必要もないし、そっちの方が楽だし」
「うむ」
それは確かにそうだろう。
俺と綺羅子は、他人の前では仮面をかぶる。
利己的な奴より、利他的な奴の方が評判が良くなるからな。
全員自分のことしか考えていないくせに、きれいごとが好きな世界である。
他のグループを見ていると、二人というのはかなり少ない方だ。
だが、いないわけではないし、別にこれでいいか。
そう思っていると……。
「あー、イチャイチャしているところ申し訳ないっすが、ちょっといいっすか?」
話しかけられるが、姿は見えない。
いや、目を凝らせば、うっすらと人の輪郭のようなものが……。
またお化けか。
しかし、今この女はなんと言った?
「イチャイチャ……?」
「……めちゃくちゃ身体が近いっすよ?」
俺と綺羅子は、一度顔を見合わせる。
……見た目だけはいいな、こいつ。
まあ、近くないとは言わない。
綺羅子の長い眉毛もしっかりと数えられる距離だ。
……うん、普通では?
『無自覚イチャイチャは止めよう。多分、他の人が近づいてこない理由って、それもあるよ』
何言ってんだこいつ。
「それで、どうかしたか?」
できる限りお化けと話したくないんだが。
「いやー、ウチも相手を見つけることができなくて。もしよかったら、ウチも入れてほしいっす」
とんでもないことを言い出したな、お化けのくせに。
未確認物体を近くに置くバカがどこにいるというのだろうか?
綺羅子も一瞬凄く嫌そうな顔をしたぞ。
……あいつの嫌そうな顔が見られるんだったら、受け入れてもいいのではと思ってしまった。
「あ、ウチは隠木っす。隠木 焔美。家名が有名っすが、とくに気にせず仲良くしてくれたら嬉しいっす。よろしくっす」
よろしくしないけど?
しかし、気になることを言うお化け。
『せっかく自己紹介してくれたんだから、名前で呼びなよ……』
お化け……隠木は、自分で家名が有名だと言った。
……有名人なの?
いや、全然知らんけど。
『入れてあげたら? 二人はそもそもグループとして少ないだろうし』
いや、待て。
まずはこいつを受け入れる際に生じるメリットとデメリットを、慎重に判断しなければならない。
『なんでたかが学校のグループ決めでそんなシビアなの?』
「ところで、今回のレクリエーションで何をするか知っているっすか?」
隠木が陽気に話しかけてくるが、後にしてくれ。
お前がどういう役に立つか、真剣に考えているから。
「いや、知らないな。隠木は知っているのか?」
「噂っすけどね。なんとなんと……」
スッと寄ってきたのだろう。
声が耳元で聞こえる。
怖い。
「ダンジョンの中を探索するらしいっすよ」
その言葉を聞いて、俺と綺羅子は目を合わせる。
考えは同じだった。
「よし、一緒に頑張ろうか、隠木」
「ええ。皆で協力しましょう」
「わーい! やったっす!」
喜ぶ隠木の雰囲気。
いいことしたなあ。
『え? 急に考えを変えたのはどうして?』
肉壁。
『……ん?』
一応肉壁は綺羅子というのがいるのだが、数が大いにこしたことはない。
身代わり二人、ゲットだぜ!
『クズ中のクズだね!』
なお、綺羅子も俺のことを肉壁要員と思っている模様。




