第67話 男泣き
浦住の特殊能力は、再生。
文字通り、身体の損傷を時間を巻き戻すように作り直すことができる。
彼女は、今まで教え子たちの前で、強靭な力を披露してきた。
それは、特殊能力による強化ではなく、単純に人体の発揮できる力を存分に出していたからそう見えたのである。
人間は、本来持つ力を100%発揮することはできない。
人体が持たないからである。
しかし、浦住には再生がある。
たとえ、身体が壊れようとも、完全に元通りに戻すことができる。
だから、彼女は今までリミッターを外した力を披露してきたのだ。
壊れた身体を、こっそりと再生させながら。
「梔子、お前のカウンターは見事だった。グレイとの立ち位置であたしを勘違いさせ、油断させたのもいい。だが、あたしみたいな特殊能力者には、そういった一度限りの奇襲作戦に頼るのは下策だ。もう何もできることがなくなってしまうだろう?」
「……今になって教え諭すようなことは止めてほしいな」
皮肉るように笑う良人。
なお、内心では皮肉程度では済まないほどに憤りまくっている模様。
憤死寸前である。
「そう言うな。あたしは今でもお前たちのことを大切な教え子だと思っているよ」
「俺を中国に売ろうとしているのに?」
「……逆らえないからな。あたしにもどうしようもないんだよ」
ボソリと呟く浦住。
その言葉は、彼女の意思でこのようなことをしているわけではないともとれる。
そのため、良人は聞かなかったふりをした。
これ以上の面倒事はごめんである。
拉致されかけているというだけでも、とんでもなく大変な面倒事なのに。
「ほら、見ろ。お前が負わせたダメージも、もう再生した。あたしには勝てないんだよ、お前らは」
浦住はそう言って自分の身体を見せる。
骨が折れていて、内臓も損傷していた。
だが、それはもう跡形もなく元に戻っていた。
浦住の再生は、それに要する時間も短い。
非常に希少で価値のある特殊能力だった。
「大人しく捕まってくれる気にはならないか?」
どれほど戦ってダメージを与えても、決して勝つことはできない。
その事実を伝えて、改めて宣告する。
大人しくすれば、余計な苦痛を与えられずに済む。
その甘言を、二人はきっぱりと拒絶した。
「何度も言いましたが、それだとあなたが救われない」
「梔子さんには恩があります。それを返せないうちに遠くに行ってしまわれることは、絶対にさせません」
「そうか。なら……」
ふっと浦住の姿が消える。
それは、リミッターを外した人体の最大の力で、強く地面を蹴り砕いたから。
地面を破壊するのが目的ではない。
移動のためだ。
「――――――【再生】の力、思い知ってくれ」
浦住の姿は、良人の目の前に突如として現れる。
脚は耐久を超えた負荷で痛々しく出血するが、すぐさま再生で回復する。
そのボロボロになった足を、鞭のようにしならせた。
まったく関知することができず、唖然としている良人のわき腹に、その蹴りがめり込んだ。
「がはっ!?」
「梔子さん!?」
吹き飛ばされ、巨大な木の幹で止まる。
それは、先程良人が浦住にしたことに意趣返しのように同じ光景だった。
違いとしては、彼は再生という特殊能力を持っていないこと。
つまり、内臓とあばらに深刻なダメージを負った状態のままということだ。
「(えっ!? ナニコレめっちゃ痛い! 痛い痛い痛い! んあああああああああああああ!?)」
『そんなもだえるくらい痛いのに表に出さないのは凄いよ、本当。もうそこまでの意地があったら、褒められるべきだ』
眉をひそめて苦しそうにしているが、何とかそれで食い止めていた。
絶叫を上げてジタバタのたうち回る無様なことはしなかった。
他者からの評価をありえないくらい気にする良人の意地だった。
「戦場でよそ見をするな。お前も訓練を受けているようだが、まだ子供だな」
「あっ!?」
良人の安否に気を取られてしまったグレイも、浦住の攻撃をまともに受ける。
ドッと地面に倒れ、すぐに起き上がることができないほどのダメージを負った。
一分も経っていない。
それでも、立っているのは浦住だけだった。
「ふう。一応、大人の面目……いや、教師の意地を見せられたか?」
「ぐっ、がはっ……!」
暢気なことを言う浦住を睨みながら、良人は何とか立ち上がろうとする。
しかし、たった一撃の蹴りで、彼は深刻なダメージを負っていた。
すぐにでも病院に行かなければ、危なくなる。
「無理はするな。強く蹴ったからな。内臓を痛めているかもしれん。お前に死なれたら困るんだ。大人しくしていてくれ」
「…………!」
浦住の声音には、心の底から良人のことを案じるものがあった。
しかし、彼は鋭く浦住を睨みつける。
決してまだ負けていないのだと。
そうでなければ、あなたを救うことができないと。
敵対し、傷つけた自分をなおも救おうとする良人に、浦住は心を強く締め付けられる。
痛い。
この優しい気持ちが、今まで受けた攻撃の中で一番痛かった。
なお、それは浦住が勝手に思い込んでいるだけで、良人はただただ中国に拉致されるのがマジで嫌なだけである。
「……やっぱり、そうはいかないか。じゃあ、さっきみたいに気絶させるしかないな」
できる限り、苦しませたくはない。
気絶していれば、痛みにもだえることもないだろう。
そんな気持ちから、良人に手を伸ばす。
「次に起きた時は、もっと大人しくしてくれよ」
頭部に打撃を加え、脳を揺らす。
そのために、浦住は鋭く重たい拳を彼の顔面に叩きこもうとして……。
「…………は?」
唖然と目を見開いた。
その攻撃が、良人に届くことはなかった。
誰かに邪魔をされたわけではない。
助っ人が乱入したこともないし、グレイも倒れたままだ。
なら、自分が攻撃をそらした?
それもない。
確実に良人に攻撃が当たるはずだった。
だが、そうなっていない。
「無効化? いや、だが今のは特殊能力を使っていない、物理攻撃だ。そんなことが……!」
何かの間違いだと、浦住は拳のラッシュを叩き込む。
一撃一撃が、人を簡単に殺せるほどの力が込められている。
だが、そのことごとくが、良人には届かなかった。
「馬鹿な……。お前の特殊能力は、特殊能力を無効化する力のはずだ……。今のあたしは特殊能力を使っているわけではなく、物理攻撃をしていた。なのに、なぜ……」
「よくわかりませんが、この戦いは俺の勝ちっていうことですね」
呆然とする浦住の腹部に、掌を当てる良人。
彼が何をしようとしているのかは、浦住にはよくわかった。
そして、いくら再生という特殊能力を持っていようとも、それにはキャパがある。
柔らかい腹部に深刻なダメージを負えば、非常にマズイ。
慌てて逃げようとするが、もう遅い。
「くっ……!?」
「【カウンター】!」
今までのラッシュを込めたカウンターが炸裂した。
それは、浦住をはるか遠くに弾き飛ばす。
木々をなぎ倒し、そしてついに止まった彼女は、起き上がることができなかった。
「……何とか生き残った……!」
『切実すぎて泣ける』
良人、初めて男泣きをする。
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