第66話 浦住の特殊能力
「梔子を前に立たせたか。確かに、特殊能力の防御力はとびぬけている。今の学園にいる者の中でも、最も高いだろうな」
目の前に立つ教え子の陣形を、浦住はそう評価した。
良人の特殊能力は、【無効化】。
自身に降りかかる脅威を、完全に無力化してしまえる、強力無比な特殊能力である。
とはいえ、無効化にはよく分からない点も多い。
すべての攻撃を無力化しているわけではなく、良人に届く攻撃も存在するからだ。
そもそも、特殊能力という大きな枠組みでさえも、まだ人間はよくわかっていないのだ。
ならば、多種多様……それこそ、人によってそれぞれ異なる特殊能力を、完全に理解できるはずもない。
「だが、その対処法は、すでに黒杉が見つけていたよな」
強力な特殊能力だが、その対処法をまだ若い英雄七家の黒杉が、対処法を見つけていた。
教師である浦住は、もちろんそれを知っている。
脚で地面を踏み砕くと、巨大な瓦礫を握り潰す。
そして、それを本気で良人たちに投げつける。
それは、いくつもの散弾となって、二人に襲い掛かる。
浦住の怪力で投げつけられたそれは、人体を容易く貫通するほどの威力を誇っていた。
「(ふざけるな、バイオレンスゴリラぁ!)」
「いえ、それは私が防ぎます」
「うん?」
内心ブチ切れ、冷や汗ダラダラの良人の前に、黒い影の壁ができる。
それは、瓦礫をゾプゾプと飲み込み、完全に防ぎきる。
グレイの特殊能力、【吸血鬼】の効果だ。
彼女は、影を自在に操ることも可能。
一つの特殊能力で多種多様な能力を駆使できるというのは、かなり希少で有用な力だった。
「タッグならではですね。ベストパートナーです」
「(こいつ、いきなり距離を詰めようとしてきていない? 怖い……)」
助けてもらっておいて、この疑心暗鬼ぶりである。
この男、たとえ命の恩人でも信頼しない。
小動物並みの警戒心の強さである。
「黒蜜が聞いたらブチ切れそうな言葉だな」
『凄く喜びそうだよね』
「(うん)」
浦住の言葉に失笑する一人と脳内存在。
綺羅子のことを全く理解していないようで残念だ。
「じゃあ、どうして梔子を前に出した? 防ぐ役割をお前がするのであれば、逆の方がよかっただろう?」
浦住の真っ当な疑問。
最初からグレイが前に出ていれば、わざわざ後ろから壁を作る必要なんてないだろう。
作りづらいに違いない。
もちろん、理由があるので、グレイは教えてやる。
「いえ、それは違います。高い攻撃能力を誇っていると、私が前に出ていたら邪魔になるので」
「……なるほどな」
良人が自分に掌を向けているのを見て、十まで言われずとも理解した。
彼が防御役ではない、攻撃役なのだ。
「【カウンター】!」
衝撃波が放たれる。
木々をなぎ倒し、小さな浦住の身体を容易く吹き飛ばした。
巨大な幹に頭部をぶつける。
さらに、浦住自身が踏み砕いた瓦礫が襲い掛かり、彼女の小さな身体に嫌な音を立てて着弾する。
それは、リンリンとの戦闘で残っていたダメージを使ったもの。
あの苛烈な戦闘から、まだ数時間だ。
蓄積していたダメージはいまだにあり、それを増幅させて浦住に攻撃したのだった。
「よく俺の力の状態が分かったな。口に出していなかったが」
「騒ぎがあったということは、生徒にも伝えられています。そして、その渦中にあなたがいて、身体を張らないはずがないと思っていました。あなたは、とてもやさしい人ですから」
「(見る目あるじゃぁん?)」
グレイがうっすらと微笑むと、良人も満足げである。
褒められるとちょろい男だ。
浦住は攻撃のダメージで起き上がってくる様子はない。
そこで、二人がとるべき行動は……。
「よし、さっさと逃げよう」
「えっ!? つ、捕まえないんですか?」
驚愕するグレイだが、良人は落ち着いて話す。
「今は気絶しているかもしれないけど、腐っても特殊能力開発学園の教師だからね。俺たちよりはるかに高みにいるのは間違いない。なら、同じ立場の他の教師に頼って助けてもらうのが一番さ。俺は、君に危険なことをしてほしくないからね」
「く、梔子さん……」
感動したように目を潤ませるグレイ。
もちろん、この男、彼女のことなどまったく考慮していない。
ぶっちゃけ、このまま戦い続けるのが怖いだけである。
捕らえようとしたときに目を覚まして襲い掛かられたら絶対に嫌だ。
その一心で、他力本願に全力を注ごうとしていた。
「相変わらず感動的な青春シーンを見せてくれるな、お前ら。年寄に対する嫌味か?」
「……ッ!?」
しかし、浦住の復帰は想像以上に早かった。
ゆっくりと立ち上がる浦住。
良人のカウンターにより、彼女の身体はひどいけがを負っていた。
腕や足はあらぬ方向に曲がっているし、内臓を損傷したためか、口から血を流していた。
明らかに重傷だ。
良人なら失禁&失神しているくらいに。
だが、浦住は表情を変えることはなかった。
「ば、馬鹿な……(首の骨がへし折れるくらいの威力で撃ったのに……!?)」
『殺す気はなくても致命傷を負わせるつもりはめちゃくちゃ高いんだね』
唖然としているのは良人だ。
殺人をするつもりはない。
どのような理由があろうと、殺人をすれば殺人犯というレッテルが張られるからだ。
そんな責任は負いたくない。
責任という言葉は大嫌いである。
だけど、後遺症が残るほどの致命傷ならセーフである。
良人の中では、そんな理論が平然と成り立っていた。
「おい、梔子。特殊能力を二つ持っているというのはずるいな。やっぱり、お前は特別だ。東部軍も、お前を欲しがって止まないだろう」
「そ、その状態でどうやって立っていられるんだ……?」
「ああ、そうだ。お前、これはやりすぎだぞ。あたしでなければ死んでいても不思議じゃない。もっと特殊能力の扱いを学べ。さては、あたしの授業を聞き流していたな? 補習が必要なようだな」
ふっと笑う浦住。
彼女の身体は、ゆっくりと正常な形へと戻っていく。
曲がっていた手足は戻り、口から溢れ出していた血液も止まる。
「……あなたの特殊能力は、【怪力】ではないのですか?」
「うん? いつあたしがそんなことを言った?」
多くの学生たちが思っていることを、浦住はあっさりと否定した。
「あたしの特殊能力は、【再生】だよ」
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