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第63話 ふぁっきゅー

 










「え、どういう意図ですか?」

「なんで急に警戒し始めるんだ、お前は……」


 呆れたように濃い隈のある目を向けてくる浦住。

 いや、教師として失格のお前が、教師らしいねぎらいの言葉をかけてきたからビビっているんだよ。


 絶対何かあるだろ。

 もう風呂から出たいんだけど。


 一刻も早くこいつから離れたいんだけど。


「純粋に言葉の通りだよ。お前を襲ったというチャイナ服の女は見つけられなかったが、気絶していた軍服を着た連中は確保できている。お前の言う通り中国の軍人なら、非常に大きな問題になる」

「国際問題に?」


 やれやれ!

 内戦している中華を痛めつけろ!


 しかし、俺の期待に反して浦住は首を横に振る。


「いや、それはどうだろうな。中国は地方の軍閥に分かれて内戦状態だし、その内のどこかを糾弾してもあまり意味はないだろう。賠償や謝罪を要求しても、相手がそれに応えられる余裕はないだろうからな。今回のことでできるのは、日本政府が特殊能力者の保護を強めること、中国側への警戒を強めることくらいだろう」


 俺はがっかりする。

 ええ、いいことないじゃん……。


 保護を強められたら簡単に学園辞められなくなりそうだし。

 もう何もしなくていいよ、国。


「ふう……。実戦経験もほとんどないのに、よく戦って勝てたものだ。あたしの見る目はあったということだな」


 なに期待していたんだアピールしてんだ。

 言って置くが、お前のおかげで成長したなんてことは一切ないからな。


 俺の名声が世界中に轟いても、断じてお前のおかげだと言うつもりはないし、言わせないからな。

 覚えておけよ。


「まあ、この数か月で色々と経験させてもらいましたから」


 皮肉である。


「……そういえば、鬼と戦ったり英雄七家と戦ったりしたもんな、お前。特別強い力には、特殊な事情がついて回るものらしい」


 そうだぞ。

 ちゃんと言葉にしたら改めておかしいということが分かるだろ。


 ろくに戦闘訓練も受けておらず、レクリエーションと聞いていたのに、世界を滅ぼした際に大活躍した魔物『鬼』と殴り合いをさせられたり。

 ガキの頃から特殊能力を含め鍛えられている軍人みたいな英雄七家の坊ちゃんと戦わせられたり。


 ついこの間は亡国に拉致されて魔物どもと命がけの戦いを強いられそうになったり。

 ……おかしいよね。


 やっぱり冷静に考えて俺に対するこの仕打ちはおかしいよね?


「それに、彼らを倒したのは俺じゃなくて綺羅子です。あいつがいなければ、俺は今頃どうなっていたことか……。褒めるのであれば、彼女にお願いします」


 とりあえず綺羅子を売ることにする。

 これで間違いはない。


 しかし、浦住は苦笑いを見せる。


「あいつにも同じことを言われたよ。私が無事なのは、良人のおかげです、とな。まったく、お互いがお互いを思いやっているようで何よりだ」


 あ、あいつうううう!!

 先手を打たれた!


 先に俺を売られた!

 クソおおおお!


「こういう状況になったからな。あたしも両方を捕らえることはできなくなった。どちらかと言えば、あたしはお前を気に入っているんだ。だから、お前にすることにした」

「は? 何を――――――!?」


 何をトチ狂ったことを言ってんだと思い、嫌々視線を向けようとした。

 その先には浦住はおらず、首に細い腕が巻き付く。


 ……首を絞められている!?

 後ろから組み付かれて、首を絞められる!?


『なんで二回言ったの?』


 浦住は全裸だったため、柔らかい暴力的な乳が当てられて形をゆがめているが、まったく気にならない。

 離せやクソババア!


 てか死ぬぅ!?

 もう目の前が暗くなってきたし!


「悪いな。あたしもこうするしかないんだよ」


 耳元でささやく浦住。

 俺を殺すことしかないってどういうことだ!?


 ふざけるなよこのブスぅ!

 そう思って必死に暴れるが、馬鹿力はまったくほどける気がしない。


 そうしているうちに気道を締められているため、ゆっくりと意識が遠のいていき……。

 俺は、気絶したのであった。


 浦住、ふぁっきゅー。










 ◆



「浦住先生! 浦住先生!」


 男の教師が声を張り上げて浦住のことを呼ぶ。

 しかし、彼女が出てくることはない。


 緊急事態に陥ってしまった今、同じく教師である浦住にも情報共有しておかなければならないというのに。

 男の元に近づいてきたのは、引率責任者の教師だった。


「いましたか?」

「いえ、それがどこにも……。この緊急事態に、いったいどこに……」

「ぜひとも彼女の力も借りたいところなんですが……」


 二人して困ったように眉尻を下げる。

 浦住は日ごろからやる気のなさをアピールしているが、非常に優秀な特殊能力者であることは、同僚である彼らは知っている。


 一歩引いて冷めた目を向けることができるからこそ、自分たちでは気づけないことも気づいてくれる。

 今回でもその知見を借りたいと思っていたのだが、肝心の浦住が見つからなければどうしようもない。


「しかし、いったいどうしてこんなことになったんでしょうか」


 男は背筋を冷たくさせながら、重々しく口を開いた。


「捕らえていた者たちが、全員死んでいるなんて」


 良人と綺羅子によって捕らえられた軍服を着た複数の男たち。

 彼らは警察に引き渡される予定だったが、全員が命を失っていた。


 捕らえられていた小さな部屋は、凄惨な悍ましい死体置き場へと変わり果てていた。

 優れた特殊能力者で構成された、特殊能力開発学園の教師陣。


 そんな彼らに気づかせることなく、彼らを殺した者がいる。

 おそらく、口封じのために。


 男はゾッと顔を青ざめさせた。


「とにかく、生徒たちをここには近づけさせてはいけません。警察への説明も考えなければ……」


 責任教師はそう言って去って行く。

 男は夜空を見上げて呟いた。


「……これはどういうことなんだ?」




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