第61話 ファンができた
「(とった)」
リンリンは確信した。
タイミングも体勢も完璧。
心臓を貫いたという感触もあった。
暗殺者として、長く生きてきた彼女。
今までの経験と勘が、間違いなく死んだと伝えてきていた。
「次は、お前ヨ」
血に濡れた中華刀を引き抜き、綺羅子に向ける。
そんな綺羅子も、また唖然としていた。
普段はいがみ合っていた幼馴染が、明らかな致命傷を負ったことへの動揺。
……ではなかった。
確かに、それもあっただろう。
さすがに殺されるところを目の前で見たいと本気で思うほど、良人のことを嫌っているわけではない。
では、なぜか?
その不思議な感情は、それを見ているリンリンにも伝わって……。
「おおおおおおっ!? び、びっくりした! 死んだと思った……!」
「ッ!?」
ギョッとして振り返る。
ありえない声が聞こえた。
確実に死んだはずの男の声が。
そこには、目を丸くして息を荒く吐いている良人が【立っていた】。
そう、立っていたのだ。
心臓を貫かれたはずの人間が、大きな声を出して、平然と。
確かに胸元は血で汚れているが、それだけだ。
「ど、どういうこと? 確実に殺したはずヨ!?」
リンリンが動揺している間に、良人は綺羅子の傍に移動する。
今度こそ盾にするつもりだ。
動揺しているからこそそのことに気づいていない綺羅子は、コソコソと話しかける。
「む、胸を刺されていたように見えたのだけれど?」
「え、マジ? いや、まあ血がにじんでいるから、刺されたのは事実だろうけど。てかめっちゃ痛い。泣き叫んでいい?」
「あの子もいるのに無様な姿をさらしていいならいいわよ」
「我慢するわ」
激痛よりも意地とプライドを優先させる良人。
そこには素直に感嘆する綺羅子であった。
平然としているから、大丈夫だったのだろう。
少し、ほんの少しほっとする。
しかし、それは素人の綺羅子だからこその感想だ。
プロであり、確実に殺した実感のあるリンリンは、ただ目の前に立っている男が化物にしか見えなかった。
「確かに心臓を貫いていたヨ。急いで治療しても絶対に助からないようにしたはずなのに、どうして……?」
「(そんなえげつない攻撃してくるとか、マジでなんなの? 未成年を全力で殺そうとするとかおかしいだろ)」
内心の憤怒である。
なお、その怒りを表に出してリンリンがブチ切れたら怖いので、そっとしておく小動物の良人だった。
彼女はやはりありえないものを見る目で良人を見る。
彼の特殊能力は不死と言えるほどの力だっただろうか?
いや、東部軍幹部から渡されていた情報だと、そんなものはなかったはずだ。
では、なぜ……?
「なら、もう一度ぶっ殺すだけアル! リンリンに失敗はないネ!」
リンリンは首を振ると、中華刀を構えて突貫した。
考えても答えが出るわけではない。
心臓を刺してもダメなら、効果があるまで何度でも刺し続ける。
それでもだめなら、首の骨でもへし折ってやろう。
「(またきたああああ!?)」
『もう大丈夫だよ』
「(何が!?)」
大慌ての良人と違い、脳内の声は至極落ち着いていた。
まるで、こうなることが分かっていたかのように。
『ほら、君には攻撃用の特殊能力もちゃんとあるじゃないか』
「――――――ッ!?」
良人の眼前にまで迫っていたリンリン。
彼女はとてつもない衝撃を受けて、はるか後方に吹き飛ばされた。
良人のもう一つの特殊能力、カウンターが炸裂したのだ。
受けたダメージを数倍にして返す、強力な能力。
呼び動作が一切ない攻撃は、近接戦闘に優れたリンリンでも防ぎようがないものだった。
木々をなぎ倒して吹っ飛んだ彼女を見て、良人はポカンとする。
『いやー、ぶっ飛んだねえ……』
「……あんなにぶっ飛ぶって、俺そんなダメージを負っていたっけ?」
『負っていたさ。あれは、相応の威力になっているよ』
「ふーん?」
ちょっと血が出ているだけなのに、このカウンターの威力は不思議だなあっと思う良人。
まあ、自分に危害を加えようとした奴が大ダメージを受けるのは愉快なので、特に何も考えずに満足するのであった。
◆
なんかよくわからんけど、勝った。
綺羅子に対してどや顔を披露すると、露骨にイラっとした顔を向けてきた。
やる気か?
「俺のおかげだぞ。土下座して感涙しろ、綺羅子」
「半泣きのくせに何を言っているのかしら?」
鼻で笑われる。
いや、仕方ないだろ。
血が出るほどの傷だぞ。
重傷だ。一刻も早く入院しなければならないほどだ。
紙で指を切ったくらいでも絶叫する俺だ。
よくプライドと意地で悲鳴を抑え込めたと褒めてもらいたいくらいだ。
「しかし、マジで痛い。早く治療させないと……」
「まあ、確かに出血はあるものね」
指でちょんちょんと傷ついた胸部に触れたがる綺羅子。
全力で逃げる俺。
面白がって追いかける綺羅子。
『なにイチャイチャしてんねん……』
脳内の寄生虫は、げんなりとしていた。
どこがイチャイチャだ!
こいつ、こんな状況でも俺をいじめようとしているんだぞ!
ニュースになるレベルの事件だわ!
……と、そんなことを考えているうちに、あることを思いつく。
「……これを理由に、臨海学校を途中リタイアすることができるのでは?」
「ッ!!!!」
戦慄する綺羅子。
うん、よく考えたらそうだよな。
これ、明らかに大けがだし。
絶対に病院には行くだろうから、少なくとも他の連中と一緒に臨海学校のスケジュールを消化することは不可能だ。
――――――勝ったな。
「すまんな、綺羅子。俺は先に『上』に行かせてもらうぜ」
「許されないわ……!」
『臨海学校を途中で辞退することになるのを上に行くって言えるの、君たちくらいじゃない?』
俺は満面の笑みを浮かべる。
はっはっはー!
怪我の功名ってやつだな!
いやー、中華の馬鹿暗殺者に襲われた甲斐があったってもんだ!
ほら、早く教師共来いよ。
気絶しているうちに、さっさと捕まえとけ。
そして、グレイの時のことを反省し、今度こそ死刑にしろ。
少なくとも、二度と娑婆には出すなよ。
そんなことを思っていると……。
「とう!」
軽快な声と共に、クルクルと回転してスタッと目の前に降り立つ奴がいた。
そう、チャイナ女がまた目の前に現れたのだ。
キエエエエエアアアアアアアアアアア!?
「いやー、焦ったアル。マジで死ぬかと思ったヨ」
そうは言いつつも、大してダメージを負っている様子はないチャイナ。
死んどけや。
俺のカウンターを受けてもそれほど効果がないとは……。
これ、マジで綺羅子をいけにえに捧げて逃げるしかないな……。
「やっぱり、お前厄介ネ。中華がお前を殺そうとするのもわかるヨ」
「だから、何で中国が俺を殺そうとするんだよ……。俺、何もしていないだろ……」
マジで心当たりがない。
俺が何をしたって言うんだ。
「意図なんて知らないし、興味ないネ。リンリンはお前を殺す。そして、お金をもらう。それで充分……?」
とてつもなく物騒なことを真顔で言うチャイナ。
ふざけるなよ。人のことをなんだと思っているんだ……!
『どの口が言っているの?』
しかし、リンリンは言葉の途中で急に黙った。
怖い……。
彼女は虚空を見つめ、何かを考えている。
考えるというより、思い出しているようだ。
そして、俺の方を見てポツリ。
「あれ、そういえば、リンリン、お前を殺せって依頼を受けたっけ?」
「は?」
キョトンと瑞々しい唇に指を当て、切れ長の目を俺に向けてくる。
俺に聞くな。
「あー……そういえば、捕らえるだった気がするヨ。殺せじゃなかった。実験動物? 肉壁? 兵士? にするから、捕まえてこいって言われたんだっけ」
「は?」
俺は唖然とする。
こいつ、どういう思考回路で俺のことを殺すっていう依頼に変換したんだ?
とんでもないバカだろ。
まあ、いいや。
これで俺が殺される心配はなくなって……ちょっと待って。
殺すより怖いことを言われているんだけど。
中国に拉致する気か、こいつ!?
グレイと言い、どいつもこいつも人のことを簡単に攫おうとしやがって……!
『それだけ、今の時代は特殊能力が重要なんだよね。強力な特殊能力者を持っている勢力が、ダンジョンを抑え込んだ後の世界の覇権を握るだろうから。君も希少な二つの特殊能力持ちだから、狙われるのも当然だろう』
誰が欲しいって言ったんだよ!
そもそも、特殊能力なんかいらないって思っていたタイプなのに!
強制的に特殊能力開発学園に入学させられる連中を見てあざ笑っていたのに……!
『天罰だね!』
神をも超える存在である俺を罰せられる存在なんてあるわけないだろ。
いい加減にしろ。
『その自分に対するプライドの高さはエベレストより高いのはどうして?』
「うーん、殺さずに捕まえるのはもっと無理そう。今回のギャラだとわりに合わないネ」
自分の中で算段をつけたのか、リンリンは細い目をさらに細くして笑った。
「よし、逃げるわ!」
「そうか。いいよ、さようなら」
そして、依頼を失敗したことを理由に雇い主に殺されてしまえ。
香典なら出してやるから。
「随分とあっさりネ。はっ! もしかして、リンリンのことが好きになってしまったか!?」
自分の身体を抱きしめながら、リンリンは言う。
ねえよ。人のことを好きになったことなんて。
『斜め上の回答でびっくり』
身体の線がはっきりと出るチャイナドレスだから、彼女が自分の身体を抱きしめると、さらにそれはくっきりとする。
スリットが深いため、瑞々しい太ももも見えている。
まあ、そんなものを見せられても迷惑なだけなんですけどね。
「うんうん、そういうことなら仕方ないネ。殺すのも止めておくヨ。お金を積まれたらまたお前を捕まえにくるかもしれないけど、その時はよろしくネ」
ウインクしてくるリンリン。
ふっっっっざけんな!!
二度と来るな!
二度と俺の前に現れるなぁ!
「じゃ、また!」
シュバッと手を上げると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて木々の間を駆け抜けていった。
瞬く間に闇夜に紛れて見えなくなる。
その直後、ようやく教師たちの声が聞こえてきた。
おっせえよ!!
何してんだ公僕共が!!
税金返せ!!
怒り狂う俺の肩に、ポンと手をのせる綺羅子。
なにその笑顔、むかつくんだけど。
「……よかったわね。ファンができたわよ」
「ぶっころ」
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