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第6話 辞めたい

 










 ある日、突然世界各地にダンジョンと称される洞穴が現れた。

 前触れもなく現れたそれは、七つ。

 日本、アメリカ、中国、欧州、オーストラリア、インド、ブラジルに出現。

 世界中に点在するように現れたそこから、異形の化物たちが溢れ出す。

 ファンタジーゲームに出てくるような、そんな化け物たちだ。

 突如として国家の中枢に現れた異形の軍勢に対し、もちろん人類は迎撃した。

 だが、先手は無効にあり、また個々の能力は人類をはるかに凌駕していた。

 軍隊も先制攻撃を受ければ、まともに機能しなくなる。

 世界の多くが蹂躙され、人類の数は大幅に減少。

 ダンジョンに化け物を追い返すことができなくなり、人が住めなくなった地域も広大な範囲に及ぶ。

 結局、うまく化け物を追い落とし生き残った国が、今日の大国となっている。

 その中の一つが、日本である。

 ただし、甚大な被害を受けたのも事実である。

 その化け物との戦争中には、多くの人々が特殊能力を発現。

 特殊能力を使って化け物を倒す機会が多かったことから、特殊能力の発現、向上は生き残った国にとって責務であった。

 そして、日本では『日本特殊能力開発学園』という教育機関を設立し、中学卒業間近の若い少年少女に検査を受けさせ、適性がある者は強制入学させ、国家を支える人材を育てることにした。

 ダンジョンという脅威に備え、戦わせるために。


『長い現実逃避をありがとう。ところで、早く入れば?』


 嫌だあああああああ!

 どおしてだよおおおおお!

 俺は寄生虫の言葉に発狂する。

 もちろん、内心で。

 だって、俺はあの脱走劇のせいで、四六時中監視の目があるからだ。

 税金泥棒どもめ……!

 もっと別の仕事をして俺に還元しろよ……!


「はあ……」


 俺の前にそびえたつ大きな建物。

 それこそが、『日本特殊能力開発学園』。

 多額の税金を投入して作られた、強制収容所である。


『君は数秒ごとに毒を吐かないと死んじゃう生き物なの?』


 事実じゃん。

 特殊能力に適性があったら強制的に入学させられるんだから、強制収容所じゃん。

 で、卒業後も公務員しかないし、職業選択の自由もないじゃん。

 クソじゃん?

 あー、マジで行きたくない。

 俺にとって、刑務所に入るくらいと大して変わらない心持だ。


『……っていうか、いくら何でも悩むの長いよ! もう一時間もじもじしているよ!』


 何時間あっても覚悟は決まらない。

 下に落ちる覚悟なんてできない。

 俺は常に上を見ている男だから。


『格好いいこと言っているけど、結局入学したくないってだけだよね?』

「おーい、何してんだ、そんなとこで。警察に通報してほしいのか?」


 学園の中から声をかけられる。

 近づいてきたのは、白髪を二つ結びにして前に垂らしている女だ。

 小柄だから、学生だろうか?

 ただ、制服じゃないんだよな……。

 あと、胸が不自然に大きいから、ガキではないのだろうか?

 目の隈も凄いし、擦れている感じがえぐい。

 ……チャンスでは?


「えーと……不審者ってわけじゃないんですが。ただ、不快な思いをさせてしまったようなので、反省して帰ります」

『他人を言い訳にして逃げ出した!』


 かーっ!

 本当は俺も勉強して日本のために働きたいんだけどなー!

 でも、不審者って思われている中で学園に入るのもダメだと思うしなー!

 残念だなー! かーっ!


「おいおい、お前みたいな有名人を、簡単に逃がせるわけないだろぉ? 面倒くさいことはしてくれるな。あたしの仕事が増えることもな」

「がっ!?」


 頭にとてつもなく強い衝撃が!?

 見れば、近づいてきていたクソ女が拳を固めているではないか。

 な、殴りやがった!?

 この俺の英知が詰まった頭を!?

 こいつ、仏像に唾を吐ける女だ!


『自分のことを仏レベルだと認識している自己評価の高さがやばい』

「この学園の教師をしている浦住だぁ。最低三年間、よろしくなぁ」


 じっとりと睨んでいれば、自己紹介してくる女――――浦住。

 ……教師?

 薬物中毒者じゃなくて?


『た、確かに目の隈とか凄いけど、それだけで薬中扱いはひどい……』

「じゃあ、俺はちょっとトイレ行ってから……」


 こんなバイオレンスロリと一緒にいられるか!

 俺は帰らせてもらうぜ!


「うるせー。さっさと行くぞぉ」


 しかし、浦住は俺の首根っこを掴むと、ズリズリと引きずっていく。

 力つよっ!?

 ゴリラかよ! ゴリラアマゾネスかよ!

 あと、お前っ!

 俺はトイレに行くって言ったんだぞ!

 嘘だったからいいけど、これが本当だったらとんでもないことになっていただろうが!


『嘘かよ』


 俺はなすすべなく、浦住に引きずられていくのであった。

 教育委員会に訴えかけてクビにしてやる……!











 ◆



 ずるずると引きずられて教室に入ると、それはとてつもなく第一印象が悪くなる。

 第一印象というのは、とても重要だ。

 一度決まったイメージは、そう単純に変えられるものではない。

 俺はイケメンで性格がいいが、もし浦住に引きずられていけば、少し問題性のあるおちゃめなイケメンになってしまう。


『かたくなにイケメンを崩さないのは好きだよ』


 真実だからな。

 というわけで、俺は浦住から脱出し、美しく背筋を伸ばして教室に入るのであった。

 俺のイケメンに、小さく女子生徒たちがざわめいたのを感じる。

 やれやれ、困ったものだ。

 だが、俺を養えるほどの経済力と能力がないと俺を捕まえることはできない。

 悪いな。


『こんなにむかつくの、久しぶりだ』


 えぇ……。


「あー……今日は特にやることもないし、とりあえず自己紹介とかして親交を深めておけ。これから嫌でも三年間は一緒なんだからな。合う相手合わない相手をさっさと見極めておけよー。じゃ、あたしは職員室で寝てる……寝てるから」


 そう言うと、さっさと浦住は出て行った。

 言いつくろおうとして面倒くさくなってそのままいったな。

 よし、これも教育委員会に訴える材料の一つになる。

 首を洗って待ってろ、ダウナーロリ巨乳め。

 さて、教師がいないのはいい。

 適当にぼーっとしていよう。

 自分の座席に座っていると、自発的に自己紹介を始めだした。

 もちろん、覚えるだけの価値もないので、聞き流す。

 すると、隣から強烈な殺意を感じるではないか。

 こんな平和な学校で殺意なんて物騒なものを向けられて、平然といられるはずもない。

 俺みたいな善良な男に、いったいどんな不躾で無礼な奴なのか。

 そう思って視線を向ければ……。


「…………ッ!」

「…………ッ!」


 き、綺羅子じゃないか……。

 額に青筋を浮かばせた彼女が、俺を睨んでいた。

 アイコンタクト開始。


「(あなたのせいで私までこんな牢獄に閉じ込められる羽目になったじゃないの! どうして自分だけ捕まらないの? はた迷惑だわ)」

「(お前が幸せになることだけは許さん。絶対に道連れだ)」

『君たちって足の引っ張り合い凄いけど、協力したらうまく逃げ切れるんじゃないの?』


 協力したら綺羅子も幸せになっちゃうだろ!

 俺は幸せ、綺羅子は不幸がいいんだよ!


『なにその歪んだ願望……』


 唖然としている寄生虫をそのままに、綺羅子を睨みつける。


「(というか、そもそもお前が黒服を吹き飛ばしたからより大勢に囲まれて捕まったんだぞ! もっとうまく静かに倒せや!)」

「(わがまま言ってんじゃないわよ! 私のスーパーパワーで助けてもらったのだから、感謝しなさい! 土下座しろ!)」


 感謝の意が土下座って、こいつの価値観やばいだろ……。

 俺が綺羅子に戦慄していると、前の席に座るクラスメイトが声をかけてきた。


「おーい、次は君の自己紹介の番っすよー?」

「ああ、ありがと……」


 まったく感謝の気持ちはないが、適当に言葉を返す。

 返して……俺は硬直した。

 俺の視線の先には、当然俺に声をかけてきた奴がいるはずだ。

 声音からして、女だ。

 なのに……。

 ……前の席に、誰もいない?

 キェエエアアアアアアアアアアアア!?

 お化け!? お化けなんで!?


「あ、ちゃんといるっすから。お化けじゃないっすよ?」

「ああ、もちろん分かっているよ。優しい声が聞こえてくるからね」


 お化け!?

 お化けお化けお化けお化けいやああああああああああああ!!


『内心はこんなに混乱しているのに、外面は完璧な返答……。この二面性、キモイ……』


 確かに、前の席をじっと見つめれば、ぼんやりと人型に歪んでいる気がする。

 そう、余計に怖いのである。

 お化けやん!

 死んでも未練を残すとか情けないと思わないの?

 早く成仏して、どうぞ。


「彼女さんいるのに、ウチを口説くのはまずくないっすか? いや、初見でウチを見て驚かないところは隠木(かくしぎ)ポイント贈呈するっすが」


 お化けの言葉に硬直する。

 誰が彼女?

 聞きたくないから無視しよう。

 チラリと横を見れば、綺羅子も同じ反応だ。

 あと、隠木ポイントってなに?

 お得感がまったくないんだけど。

 しかし、ダウナー暴力ロリ教師に、透明お化けクラスメイトか。

 俺はふっと笑いながら、クラスメイトたちに素晴らしい笑顔を向けて思った。


梔子 良人(くちなし よしひと)です。よろしくお願いします」


 ……辞めたい。



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