第58話 ぐ、軍人?
二人で暗い細道を歩く。
何の動物か分からないが、鳴き声や遠吠えが聞こえてくる。
風になびいて木々がガサガサと音を立てる。
一方で、人間的な音は俺と綺羅子が歩く音くらいだ。
まるで、世界の中に二人だけ取り残されたような、そんな錯覚を覚える。
……ぞっとする話だ。
この広い世界にこいつと二人きりなんて、拷問以外のなにものでもない。
そんな道を歩きながら、俺はひどくげんなりとしていた。
それは、隣で話し続ける綺羅子に対してだった。
「肝試しなんてくだらないわ」
「……うん」
「だいたい、幽霊なんて非科学的なものがこの世に存在していると、いまだに思い込んでいるバカな連中がいるということにがっかりだわ。ありえないもの」
「……うん」
「仮に実在しているとしたら、もっと多くの人が目にしていても不思議じゃないし、何だったら私も見ていないとおかしいのよ。死んだ人が幽霊になるのなら、今までどれほどの人間が死んだと思っているの? 街中を歩くだけでも幽霊だらけのはずよ。でも、私は見たことがない。それはどういう意味か? 幽霊なんて存在しないことを意味しているのよ」
「……うん」
長い。
「それに、そんな存在しないもので根性比べをしようとする肝試しも嫌だわ。存在しないものを怖がったり怖がらなかったりして、何が分かるの? 何も面白くないじゃない。夏だから肝を冷やしたいの? だったらスカイダイビングでもバンジージャンプでもすればいいじゃない。どうして肝試しなんてことをするの? もし幽霊さんを怒らせて呪われたらどうするの? そりゃ、自分のことを遊びに使われたら幽霊さんも嫌な気持ちになるでしょうよ。だから絶対にやるべきじゃないのよ。しかも、やりたい人がやるならいいのよ。自己責任だしね。でも強制的にそれに参加させるのはどうなの? 私そんなことやりたいなんて一言も言っていないのに、幽霊さんの敵視されるリスクを負わないといけないの? おかしいでしょう。私が受ける呪いを他の奴が引き受けるって言うならまだしもそんなこともしないのであれば私を参加させていることは間接的な殺人行為であって決して許されることじゃなくて――――――」
「どんだけビビってんだよ、お前」
俺は呆れて深いため息をついた。
途中から幽霊に敬称をつけ始めていたぞ。
よくそんな長い言葉を噛まずに言えたな。
もう9割がた聞き流していたわ。
綺羅子が何を言っていたか、さっぱり覚えていない。
要は、肝試しが怖いのだろう。
普段ならこれをついてバカにしているところなのだが、あまりにも必死すぎてそんな気持ちも起こらなくなる。
そんな俺を、綺羅子はキッと睨みつけてきた。
「はあ? ビビっている? この私が? ありえないわ。そんな証拠、どこにあるのよ」
「マシンガントークもそうだが……ビビってないんだったら、この手を離せよ」
綺羅子はすぐ俺の隣にいた。
俺の制服の袖を、しわができるほど強く両手で握りしめ。
距離感が近いから歩きづらい!
あと、ガッチリつかまれているから、いざというときにこいつを見捨てて逃げることができなくなっている。
自由を返せ!
「あなたが迷子にならないように手綱を握ってあげているのよ。感謝しなさい」
どや顔で言う綺羅子。
ほーん、そういう態度をとるわけね。
「あー、何か短距離走したくなってきたわ。するか」
「あぁ!? クラウチングスタートの構えは止めなさいよ!」
ギャアギャアと耳元で騒ぐ綺羅子。
うるせえ! 黙ってろ!
「だいたい、お前の言う通り幽霊なんているわけないだろ。ばかばかしい」
「そ、その根拠があるの? あったら教えなさい。自分をだますために使うから」
噛みつかんばかりに抱き着いてくる綺羅子。
何だろう。
同級生の異性に抱き着かれても、ただただ不快だ……。
「いや、根拠は特にないけど。というか、別に出てきてもどうともできるしな」
「はあ? どうやってよ」
「俺のイケメンと話術で、女の幽霊なら余裕。惚れさせることもできる」
幽霊って女ばっかりのイメージあるし、だったら余裕で落とせる。
俺、自信ある。
『そんな嫌な自信をもってほしくないんだけど』
ふふんとどや顔を披露していると、そんな俺をジト目で睨んで綺羅子が言った。
「一生憑りつかれるわよ」
「……やっぱ、今のなしで」
さすがに一生粘着されるのは困る。
幽霊が俺を養ってくれるのであれば構わないんだが……。
そんなことを考えながら歩いていると、脇道の茂みがガサガサと音を立てた。
「ひっ!? な、なに?」
しがみついてくる綺羅子。
爪が刺さってんだよ、いてぇ!
「幽霊だろ」
「ぶっ殺すわよ」
何とデンジャラスな……。
恐ろしい。
すぐに殺すって言う人、怖い……。
『君は内心でいつも死ねって言っているよね』
自発的にお亡くなりになってくれという意味なので、殺すとはまた違うのである。
「か、確認してきなさいよ」
「いいの? 俺とお前が離れることになるけど」
「……私も行くわ」
プルプル震えながらしがみついてくる綺羅子。
邪魔だなぁ。
この肝試しの途中で撒くか。
そもそも、こんなのでビビる方がおかしい。
どうせ肝試しで生徒を驚かせるためにスタンバっている教師だろ。
考えなくてもわかることだ。
「ほら、見ろ。幽霊なんていないんだ。普通の人間で――――――」
茂みをかき分けたら、そこにいたのは軍服を着て顔もフルフェイスで隠した数人の人間だった。
……ほーん?
「ぐ、軍人?」
「軍人の幽霊だわああああああ!?」
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