第56話 きゅぴぃ……
「あとで遊びに行くから、少し準備させてくれ。準備運動をしたいんだ」
「真面目っすねぇ。でも、大事なことっすよね。分かったっす」
適当に言って隠木を遠ざける。
……ちっ。
これで、どうしても一度は海に出て遊ばないといけない感じになってしまった。
最悪だ。マジで疫病神だな、あいつ。
あーあ、面倒くさ。
まあ、ちょっとだけ遊んで、暑さにやられたと言ってさっさと逃げるか。
うん、完璧だ。
「なんだ。お前は遊びに行っていないのか?」
そう思っていたら、また声をかけられる。
どいつもこいつも俺に声をかけてくるな、ボケ。
そんなことを思いながら振り返れば、そこには奴がいた。
「浦住……先生」
教師失格のダウナーロリ巨乳教師、浦住である。
こいつも海に着ているということもあって、水着姿だ。
白髪のおさげ、濃い隈の目、身長が中学生くらいの低さ。
あまりにも特徴が多い教師だった。
白いビキニを身に着けていることもあって、衣服越しにも分かる豊かな胸部がはっきりとしている。
身じろぎをするたびに揺れるそれは、他の男性教師陣の目を引き付けている。
ロリコンどもめ。
てか、何の用だよ、こいつ。
俺、お前のこと嫌いなんだけど。
「お前、呼び捨てにしようとしていなかったか?」
「ははっ、まさか」
呼び捨てどころか罵詈雑言を心中では吐いていますです、はい。
とりあえず、追及されたら面倒なので、ごまかすことにした。
「先生も水着に着替えられているんですね。とても似合っていますよ」
「あー、それはどうも。誰にでもそう言えるっていうのは、お前の才能だよな。ガキどもは大喜びだろ」
「本音を言っているだけですから。浦住先生は喜んでくれないんですか?」
「あたしは今更そんな浮ついた言葉で喜ぶほどガキじゃないよ」
ふんっと鼻で笑う浦住。
よかったわ。
お前の喜ぶ顔を見たらむかつくし。
ひたすらにマイナスの感情だけ持っていてほしい。
「……なあ。少し聞いてもいいか?」
ダメです。
「先生が? 俺に応えられることだったら」
じっとこちらを見てくる浦住。
その神妙な顔に、嫌な予感しかしない。
マジで何の用だ。
怖い。
「お前は……」
「……?」
そこまで言って固まった。
は? 何とか言えや。
何かを言おうと口ごもった浦住は……。
「いや、いい。悪いな」
「え?」
そう言うと、サッとどこかに歩いて行った。
男の教師に声をかけられている。
いや、そんなことはどうでもいい。
ちょっと待て。
何だあの意味深な言葉と間は。
おい、待て!
待てって言ってんだろ、クソ教師!!
◆
日が暮れた。
もう晩御飯も終わっている。
寮みたいな宿泊施設に戻ってきた俺は、ただ真っ白に燃え尽きていた。
「……疲れた。もう何も出来ねえ……」
何もしたくない。
息もしたくないほどに疲れた。
『随分と楽しそうだったじゃないか』
寄生虫の言葉に、俺は一瞬で沸騰する。
お前、マジで言ってんの?
だとしたら、お前の目ん玉一度くりぬいて新しいものに着け直した方がいいぞ。
……あ、寄生虫に目玉ってないか。
結局、隠木たちに連れられて、俺は海で一日中遊ぶ羽目になってしまった。
こんなクソ暑い中、ガキどもに合わせて遊びまわれば、そりゃ疲れる。
これ、絶対明日筋肉痛になるやつだわ。
最悪……。
「きゅぴぃ……」
「で、お前はなんで俺の部屋で突っ伏してんだよ」
おかしな悲鳴を上げて突っ伏している綺羅子の姿もあった。
この野郎、俺の布団に遠慮なく倒れ込みやがって……。
すげえ邪魔だし、けり出していいかな?
『白峰くんがクラスメイトたちに誘われて女子の部屋に行っているからじゃない? 逃げ出してきたんでしょ』
つまり、白峰と入れ替わりでやってきたということか。
駆け込み寺じゃねえんだよ。
さっさと失せろや。
「おら、出て行け出て行け。ここは俺の城だぞ」
「きゅぴぃ……」
「その愉快な鳴き声はなに?」
ゲシゲシと脚を蹴れば、相変わらず意味のなさない悲鳴を上げる綺羅子。
こんなにこいつが疲弊しているのは、久しぶりに見る気がする。
それはちょっと面白い。
やっぱり、こいつが弱ってくれていた方がいいよな。
「もうダメだわ……。何にもできない……。お風呂すら入りたくない……」
「お前、あんなクソ暑い中はしゃぎまわっていたんだから、相当匂うぞ」
海で遊んだ後はシャワーを浴びて海水を洗い流しているとはいえ、しっかりと風呂に入らないと汚れは落ちないだろう。
ちなみに、匂うとは言っているが、意図的にこいつの匂いを嗅ごうとはしていないので、真実は知らない。
とりあえず攻撃してみたかっただけである。
「はあ!? 私が臭いわけないでしょ! ちょっと嗅いでみなさいよ!」
「圧し掛かってくるな! 疲れてんだぞ!」
暑苦しい!
身体もだるいから余計に鬱陶しい!
腋を押し付けてくるな!
絶対酸っぱいだろ!
そんな感じでドタバタとしていると……。
「梔子くん、何をして……ええ、黒蜜さん!? ど、どういう状況!? それに、どうしてここに……!?」
ギョッとした顔の白峰が立っていた。
……まあ、驚くわな。
男だけの部屋に、自分の想い人が別の男に覆いかぶさっている姿なんて見たら。
さて、綺羅子はどう切り抜けるつもりだ?
ちなみに、俺が助ける予定はまったくない。
すると、綺羅子は余裕の表情でゆっくりと起き上がった。
「転げかけたところを、良人に助けてもらったんです。ありがとう、良人」
「どういたしまして、綺羅子」
ああ、そういう感じね。
俺も変に勘繰られるのは嫌だから、綺羅子に乗ってやる。
感謝しろ。
「そ、そうだったんだ。僕たちの部屋にいるのは……?」
「え、えーと、それは……」
言葉を詰まらせる綺羅子。
確かに、この説明は難しいだろう。
おおかぶさっていたことは不可抗力でどうにかできても、この部屋にいることは自分の意思でなければおかしい。
ふっ、仕方ないな。
ここは俺に任せろ。
綺羅子を見てニッコリと安心させるために笑ってやると、まったくこっちを信用していない懐疑的な顔をされた。
おかしい。こんなことは許されない。
ほら、見てみろ。
俺が見事に修正してやる。
「白峰、君に会いに来たんだってさ。それなのに、君がいないから困っていたところなんだよ」
「!?」
ギョッと俺を見る綺羅子。
満面の笑みの俺。
これで、完璧だるぉう?
「そ、そうだったの!? ごめん、クラスの子たちに誘われていてね……」
想い人から求められてまんざらでもない様子の白峰。
そりゃ嬉しいだろう。
所詮、こいつもキッズだからな。
「戻ってきたということは、もう終わりということだろう? では、後は若い二人でゆっくりと……」
「!?」
よっこいしょと立ち上がる。
もう正直一切動きたくないくらいに疲れているが、綺羅子のためだ。
ああ、なんて優しき幼なじみなんだ。
「い、いや、僕が戻ってきた理由は、君の様子を窺いに来たんだよ、梔子くん」
「うん?」
白峰の隣を通り過ぎようとしたら、なぜか呼び止められる。
え、目的が俺?
なぜ?
「いや、これから肝試しの時間だよ? スケジュールにも入っていたし。忘れているのかと思って、呼びに来たんだ」
ハッと思い出す。
そう言えば、そんな話もあったような……。
ふーん、なるほどなるほど。
「……た、体調が」
とりあえずお腹を抱えて崩れ落ちようとすると、がっしりと腕をつかみ上げられる。
悪魔の笑みを浮かべた綺羅子だ。
「良人が楽しみにしていたものですね。さあ、行きましょう」
この性格ブス……!




