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第55話 ……おえ

 










 臨海学校当日。

 大きなバスに揺られる俺の気持ちは、絶望の一言だ。


 こういう学校行事が本当に心の底から嫌なんだ。

 しかも、数日泊りがけで団体行動である。


 ありえない。

 何度考えても嫌だ。


 しかし、そんなことを思っていても、バスは勝手に向かって行く。

 そして、俺たちが泊まる宿泊施設を見て、思わず近くに人がいたのに本音を呟いてしまう。


「……寮じゃん」


 俺はげんなりしていた。

 高校や大学の寮みたいな場所が、この臨海学校で寝泊まりする場所だった。


 せめて……せめていい旅館みたいなところに泊まりたかった……!

 高級ホテルも可……!


『学生がおこがましいよ』

「まあ、臨海学校だからね。旅行とは違うよ。残念なことだけどね」


 俺をなだめる男は、白峰だ。

 性格いいアピールか?


 ここには俺だけしかいないから効果なしだ。

 残念だったなぁ!


『全部他人の評価のために行動していると考えるのは止めようよ。君じゃあるまいし』


 最悪なことに、俺と白峰は相部屋だ。

 同じクラスの、二人しかいない同性だからだろう。


 でも、俺はこの男に殺されかけたんですよ……!?

 何を考えているんですか、無能教師!


「旅館みたいなところを期待していたからね。俺も少しがっかりしているようだ」

「ははっ、分かるとも」


 俺が取り繕えば、きらっとした笑みを向けてくる。

 爽やかでむかつくわ、こいつ。


 人のことをボコボコにした危険人物のくせに。


『めっちゃ根に持つね』

「梔子くんも海に向かうのかい?」


 ……ここは大事な分岐点だ。

 白峰は何の気もなしに聞いてきたのだろうが、俺にとってはとても大事。


「いや、俺は少し乗り物に酔ってしまってね。少し休憩しようと思うよ」

「ああ、そうなんだ。何か持って来てほしいものとかあるかい?」

「白峰は約束している友人たちがいるだろう? 大したことでもないし、自分で何とかするよ。彼女たちと遊んできたらいい」

「うん、わかったよ。何かお土産は持ってくるね」

「ははっ」


 いらんわ。

 白峰はそう言うと、部屋を出て行った。


 部屋の中には、俺一人。

 ……完璧だ。


「よおし、昼寝するかぁ!」

『今までにないほどの上機嫌。というか、乗り物酔いは大丈夫?』


 脳内寄生虫が、今までにないほど心配したように話しかけてくる。

 何言ってんだこいつ。


 え? そんなのしていないけど?


『え?』


 何も理解していない寄生虫に、優しく懇切丁寧に説明してやる。

 あんなの、嘘に決まってんだろ。


 ただ単純に行きたくないって言ったら、おせっかいを発揮した白峰に無理やり連れて行かれそうだと思ったから、仮病を使っただけだ。


『うわぁ……。陰の者だ……』


 陰キャって言いたいのか?

 ぶっ飛ばすぞ。


 そもそも、俺は陽とか陰とかくだらない枠組みにとらわれる男ではない。

 すべてを超越したそんざ――――――。


 ドンドンドンドンドン!!


 びっくりするくらい激しくドアをノックされる。

 というか、これもうノックじゃないだろ。


 突入する前の強襲隊だ。


『……出ないの?』


 ……絶対ろくでもないから出ない。

 ここは、息をひそめて居留守を決め込むのが正解だ。


 ステンバーイ、ステンバーイ……。


『……白峰くんってさ、出て行くときに鍵とか閉められないよね? 君が部屋にいるから持っていけないし』

「…………ッ!!」


 寄生虫の言葉に跳ね起きる。

 扉へと走る。


 うおおおおおおおおお! 間に合ええええええええ!

 あと少しで鍵に届くというところで、無情にも勢いよく開かれる扉。


 そこから現れたのは、満面の笑みを見せる綺羅子だった。


「もぉぉぉぉ。全然出てきてくれないから、こっちから入っちゃいましたぁ♡」

「き、貴様……!」


 何だその猫なで声は!

 キモイ!


 チラリと彼女の後ろを見れば、クラスメイトの顔もちらほら。

 こ、この女、まさか……!


 唖然とする俺の腕に抱き着く綺羅子。

 硬いっす。


 そして、俺の顔を覗き込み、言うのであった。


「海、行きましょ?」










 ◆



 ザザーンと海の音がする。

 目の前には、白い砂浜に青い海。


 クラスメイトだけでなく、一学年が楽しそうに大はしゃぎしている。

 そんな彼女たちを、俺は設営されたテントの一つの中に、三角座りしていた。


 あっつい。

 こんなクソ暑い中、よくもまああんなはしゃげるものだ。


 子供って元気だなあ……。


『君も世間一般から見れば子供なんだけど』


 じゃあ、子供をダンジョンなんて危険な場所に突っ込むな。

 一回死にかけてんねんぞ。


 そんなことを思いながら、死んだ目で隣を見る。

 同じく死んだ目で三角座りをしている綺羅子がいた。


「……何のつもりだ」

「……私の部屋に、鬼宮たちが来たのよ。居留守を使ったのに……無理やり……!」


 拉致された被害者みたいな迫真の言葉である。

 ただ海に連れ出されただけなのに、こいつの中ではそれだけの出来事だったのだろう。


 ウケる。


「それで、私だけ暑くて苦しい思いをするのはおかしいから、あなたも道連れにしただけの些細な話よ」

「お前を殺す」


 へっと鼻で笑う綺羅子に、俺の頭が一瞬で沸騰する。

 許さん。


 すぐさまこいつのわき腹に手を伸ばした。


「い、いたたたたたっ! 水着なのに身をつねるのは止めなさいよ!!」


 ジタバタと暴れる綺羅子は、確かに水着姿だった。

 黒いビキニである。


 真っ白な肌が大きく露出している。

 無駄に見た目は整っているため、かなり似合っている。


 なんかそれもむかつくわぁ……。

 こいつをつねる力が強くなった。


『イチャイチャしやがって……!』


 寄生虫さん?

 今までに聞いたことがないほどの怒りがはらんでいるんですけど。


「てか、お前水着を買い替えたんだな」

「……鬼宮さんたちに無理やり。金の無駄遣いだわ……」


 赤くなったわき腹をさすりながら、綺羅子は嘆く。

 特殊能力開発学園は、学費も食費(食堂に限る)も水道光熱費もすべて無料である。


 国が運営しているし、ほぼ強制的に入学させられるから、それも当然かもしれないが、よっぽどのことがない限りお金に困ることはない。

 それでも、綺羅子がこのように嘆いているのは、将来の引きこもりニート生活の資金を費やしたことだろう。


 ……最悪、かすめ取ろう。


「何も成長していないから、中学の時に使っていた奴でも十分なのにな」

「殺すわよ。でも、本当に水着とかどうでもいいし……。スクール水着でも何ら問題ないわ」

「いや、それはどうなんだよ……」


 変に悪目立ちしそうだ。

 今海ではしゃいでいる同級生たちを見ているが、スクール水着を着ている奴は誰もいないぞ。


 まあ、いいか。

 綺羅子が見世物みたいになっていたら面白いし。


 そんなことを考えていると、綺羅子がジト目で俺を睨んでいた。

 ……考えていること、ばれた?


「あなた、私は水着姿なのに、どうしてパーカーなんて羽織っているのかしら?」


 しかし、綺羅子が気になったのはどうやら俺の着ているものらしい。

 海パンは一応着用しているが、上半身はパーカーを着ている。


「日焼けしたら俺の珠のような肌が大変なことになるだろ」

「願ったりかなったりだわ」


 何かを期待するように目をキラキラさせる綺羅子。

 じゃあ、絶対にパーカーを脱がない。


 俺は固く決意した。


「というか、白峰くんの筋肉が凄くて比べられるのが嫌なだけでしょ」


 ニヤニヤと俺のわき腹を小突いてくる。

 ふわりといい匂いがする。


 海を見れば、クラスメイト達に連れられて遊んでいる白峰の姿があった。

 小さいころから鍛えられているだけあって、胸筋や腹筋は発達している。


 あれと比べられることが嫌なんだと、綺羅子は推測しているのだろう。

 だが、俺はどや顔を披露する。


「はっはーん。お前、俺と風呂に入っていたくせに忘れたのか? 俺、実用的な筋肉は皆無だが、見せ筋はしっかりつけてあるんだよなあ」

「あ、そうだった。そういう見栄の張りだけは凄いんだったわ」


 そう、俺はそこそこ鍛えている。

 めちゃくちゃ嫌だけど、ストンとしているよりある程度筋肉があった方が、女受けがいいからだ。


 もちろん、ある程度だが。

 ボディビルダーみたいに鍛えられるか。


 死ぬわ。

 綺羅子もよく一緒に風呂に入っていたりしていたから知っているはずなのだが、失念していたようだ。


 忌々しそうに舌打ちをしている。


「姐さん! 何をしているんっすか!? 一緒に遊びましょう!」

「ちょ、ちょっと鬼宮さん? あなた、そんな性格じゃなかったでしょおおおおおお……!」


 突如として現れた鬼宮に引きずられていく綺羅子。

 あいつ、泣いていたな……。


 グッジョブ、ファッションヤンキー。

 あんなにぐれているアピールしているのに、随分と変わってしまったものだ。


 さて、邪魔者がいなくなったところで、もう部屋に帰ろう。

 俺には、昼寝をするという大切な使命が……。


 なんて思っていたら、後ろから誰かに抱き着かれる感触。

 背中にとんでもなく暴力的な柔らかさと、汗をかいていてしっとりとした温かい人肌……。


 ……おえ。人肌、無理なのに……。


「さっそくカップルの片割れがいなくなったっすから、一緒に遊びましょう!」


 姿が見えないが声は聞いたことがある。

 また隠木だ……。


「……見えないんだったらこんな大胆なことができるんだな。いつも顔を合わせたら恥ずかしがるくせに」

「そ、それはいいっ子なしっすよ!」




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