第54話 脱ぎます
「グレイ、楽しめているか?」
声をかけてきたのは、かつて俺を滅んだ国に拉致しようとした極悪人、ジェーン・グレイだった。
亡国の姫というのが、何とも凄い肩書である。
『誰かに養ってもらうつもりなら、まさにうってつけじゃない? お姫様だよ?』
滅んでいるじゃねえか。
税金で好き勝手できないだろ。
あと、さすがに王族レベルはマズイ。
絶対に面倒くさいから。
「ええ。あのようなことをした私が、こんなふうに遊んでいていいのかと思いますが……」
無表情ながら、ほんの少し眉を歪めるグレイ。
ダメだろ。
反省してないな、お前。
お前がやるべきは俺のいる方角に向かって土下座を常にし続けることだぞ。
まあ、死んでも許さんけど。
「遊ばないことで何かいいことがあるならすべきだろうけど、そんなことはないからね。君の祖国を復興させるのも、時間がかかる。その間ずっとむすっとしているのも、おかしな話だよ」
思ってもいないことを、よくまあこんなにペラペラと喋ることができると、自画自賛する。
俺のいないところで遊び惚けて、祖国復興のこととか完全に忘れたらいいと思うよ。
そうしたら、俺がそんなバカげた行為を手助けするような風潮もなくなるし。
「そう、ですか。そのように言っていただけると嬉しいです」
薄く微笑むグレイ。
随分と表情が緩くなってきた気がする。
転校してきた当時は、とにかく祖国を復興させようといっぱいいっぱいだったからだろう。
『良い変化だね』
グレイの状態が良くなっても、別に俺にメリットないしなあ……。
「ところで、先程隠木さんと同じ試着室に入って行ったのはどうしてですか?」
グレイの詰問に顔を凍り付かせる俺。
……見られていたのか?
恐る恐る彼女の様子を窺うと、無表情に拍車がかかって冷たさすら感じられた。
ひぇ……。
「……見間違いじゃないかな?」
「私があなたのことを見間違うはずがありません」
何だ、その変な自信は。
クソ! 見られていたじゃねえか!
面倒事になったじゃん。もおおおおおお!
隠木、嫌い!
「水着を選んでほしいと頼まれてね。しかし、迂闊だったことは認めるよ。申し訳ない」
「……なるほど。仲良くなるためには、そういうことも必要なんですね。日本、奥深いです」
グレイはうんうんと頷く。
日本を勘違いする外国人、止めてくれませんかね?
仲良くなるために試着室に一緒に入る男女なんていねえよ、馬鹿。
「分かりました。では」
「は?」
なんてことを思っていたら、試着室に連れ込まれる俺。
当然、グレイもいる。
は?
「脱ぎます」
言うと、勢いよく上の服を脱ぎ捨てた。
――――――は?
◆
グレイには、何も策謀していたことはなかった。
ただ、純粋に良人と仲良くなりたい。
そのために行動しただけだった。
隠木が彼を連れ込んでいるのを見た時に、『日本では仲良くするためにそうするのか』と勘違い。
本来なら、絶対にありえないことである。
異性を試着室に連れ込むなんて、常識はずれにもほどがある。
しかし、日本には『裸の付き合い』なる風習があることを中途半端に知ってしまっていたこと。
王族という高貴な身分で世間知らず属性を持っていたことが悪い方向に突き抜けてしまった。
「ふう」
上の服を脱げば、下着が露わになる。
銀色の髪がさらりと流れる。
同級生よりもかなり発達した胸が、重たげに揺れる。
これを超えられるのは、隠木くらいだろう。
狭い密室である試着室で、美しい少女の下着姿を見れば、禁欲を貴ぶ僧侶すらも興奮してしまうに違いない。
「(まぁじで面倒くさい。どいつもこいつもほとんど裸を見せつけてきやがって。興味ねえって言ってんだろ)」
『枯れているどころの話じゃないよね。逆に怒りをぶつけるとか』
しかし、例外の男が良人である。
性欲を完全に支配下に置いている彼は、同級生の生着替えを見せられても、微塵も心が揺らがなかった。
むしろ、イラついていた。
「では、水着を……」
下着すらも取り外そうとするグレイ。
彼女は、自分の裸体を見られることについて、隠木とは正反対に羞恥心はほとんど感じない。
まだ国があったときは、着替えは従者に手伝ってもらっていたし、亡命しているときは女だとか男だとか気にしている余裕なんてなかった。
もちろん、コルベールたちは決して見まいと離れた場所にいたが。
なので、たかが素肌をさらすことくらい、グレイにとってはなんてことないはず……だったのだが。
「……?」
何だか顔が火照っていた。
真っ白な肌が、赤くなっていく。
おかしい。
どうして心臓が早鐘を打っているのか。
それは、グレイが初めて感じる、羞恥だった。
なぜそんなものを感じているのか。
理由は目の前にあった。
緊張している様子の良人である。
なお、緊張しているのは『グレイの裸体が見られるから』ではなく、『この状況が誰かにばれればまた面倒くさいことになる』という危機感からくるものだった。
裸を見られても何とも思わないはずだ。
しかも、今は下着の状態。
すべてをさらけ出しているわけではないのである。
それなのに、どうして……。
「あの……」
「あ?」
おずおずと口を開いた。
いつの間にか、自身の身体を隠すように、脱いだ衣服を抱え持って。
「外に、出てもらってもよろしいでしょうか?」
「(なんで俺が無理やり押し入ったみたいな言い方してんだよ!!)」
良人のストレス値がとんでもないことになるのであった。
「いやー! 姐さん、似合っているっす! 最高っす!」
「は、はは……」
なお、綺羅子も半死半生になっていた模様。




