第52話 ため息しか出ねえわ
「……は? ナニコレ?」
「……私に聞かないでくれるかしら? 私も同じことを考えているのだから」
俺と綺羅子は呆然としていた。
だというのに、夏っぽいコーディネートは完璧なのは笑える。
『君も私服はいい感じじゃん』
綺羅子が選んだ奴をそのまま着ているだけだけどな。
ちなみに、綺羅子が着ているのは俺が選んだ奴。
『…………は? なにそのイチャイチャ』
どこがイチャイチャしてんだよ。
あーあ、帰りたい。
俺と綺羅子がいるのは、大きなショッピングモールだ。
様々なテナントが入っており、人通りもかなり多い。
酔う。人に酔う。
人混みって嫌いなんだよ。気持ち悪くなっちゃうから。
「うぷ……」
ほら、見ろ。
隣の綺羅子も顔を青くしているじゃないか。
……おい、こっちに近づいてくるな。
お前、どうせ吐くならこいつも道連れにしてやろうと思っているだろ。
止めろぉ!
貰いゲロは嫌なんだよぉ!
「というか、何でお前もここにいるの?」
「ヤンキーたちに無理やり引っ立てられたからよ」
心底嫌そうに舌打ちをする綺羅子。
こいつも水着を買いに来たのか。
無用の長物というか、何と言うか……。
「お前、中学生の時から何も成長していないから、新しい水着なんていらないのにな」
「おっと、足が滑ったわ」
「ッ!?」
俺の足が踏み砕かんばかりに力を加えられる。
脚が滑って他人の足を破壊しようとするやつがどこにいる!?
てか、お前それかかとだろうが!
どうやったら滑って他人の足にかかとを叩き込むんだよ!
「おっと、おっと、おっと、おっと」
「足が滑りすぎだろ貴様ぁ!」
一度ならず複数踏み砕こうとしてくる綺羅子。
体重が軽いから大したことはないのだが、同じところを的確に狙われる。
痛みの蓄積でとんでもないことになるので、必死に逃げ惑う。
「あー、まあた二人でイチャイチャしているっす。ずるいっすよ!」
そんなことをしていると、じっとりとした声で隠木が話しかけてくる。
相変わらず見えづらいんだけど、お前。
「何の話だ?」
「はぐらかしているね。たちばな、分かっているよ」
立花は訳知り顔で頷いている。
何も分かってねえじゃねえか。
「梔子さんは、のんびりしている場合じゃないっすよ。今日はとくに大忙しっす!」
「俺は新しい水着を買うつもりはないからね。女性用のところに行くわけにもいかないし、外で適当に時間を潰しておくよ」
そのまま帰ろう。
ニッコリ笑い、内心は隠しておく。
迷子になったから仕方なく先に戻ったと言えばいいだろう。
うん、それでいい。
早く帰ろう。
そう思っていると、隠木はそれを否定してくる。
「んん? 男の子は今一人しかいないんすから、そんなのダメっすよ。ちゃんと中まで来てじっくりウチのを見てくださいね!」
「おいおい、君が良くても他の子が良くないだろう」
お前の水着姿なんて興味ねえんだよ。
しかし、はっきりと俺が断るのも何なので、他の奴らを理由にしよう。
さあ、さっさとうなずけ。
おぜん立てはしてやったぞ。
「たちばなは構いません」
「お姉ちゃんはどっちでもいいかなぁ」
「そっちの方が面白そうだから、私もいいわよ」
「……私は梔子さんのやることを否定しません」
だというのに、どいつもこいつも期待外れのことばかり言いやがる。
何だこいつら。
だから友達いねえんだよ、お前ら。
『君が言えることじゃないよね』
俺は求めてないから。
孤高にして唯一の至高の存在だから。
同じレベルの者がいたら友達になるし。
「(綺羅子ぉ! 分かっているなぁ!?)」
最後の切り札を見る。
正直、まったく頼りたくない切り札だが、この際仕方ない。
俺の役に立たせてやる。
感謝しろ。
強く目で訴えかけると、コクコクと頷いた。
よかった。鈍いバカでも理解してくれたか。
綺羅子は満面の笑顔で言った。
「私もぜひ自分の水着を選んでほしいですわ!」
俺もにっこりと笑って言った。
「え、海パン?」
殴られた。
◆
キャイキャイと楽し気に水着を選ぶクラスメイトたち。
それを遠巻きに見る俺と綺羅子。
本当なら、綺羅子だけがここに残り、俺はすでに家出のんびりとできていたはずなのに……。
こいつが俺を道連れにしたからだ。
許せねえわ。
「……お前はあれに混ざらないのか?」
「……私、買い物は事前に目的のものを決めておいて、さっさとそれを買って帰るタイプなの。来てから探すのは手間だから嫌いなのよ」
「たまにはいいことを言うな、お前」
何も目的も理由も決まっていないまま外をウロチョロするというのは、俺も好かない。
でも、こいつがあっちに行って一緒に有象無象どもと遊んでくれないと、逃げようにも逃げられないのだ。
さっきから俺の服の袖をがっしりと掴んできているし。
邪魔だなあ……。
「来てから買うものを悩むとか何も意味がないのよ。時間の無駄だし、疲れるだけ。店員は仕事だから営業を仕掛けてくるし、それに付き合わないと外面が悪くなるしで最悪。今の時代、ネットで簡単に商品画像を見られるんだから、わざわざ店で確認する必要もないし。何が楽しくてこんなことを――――――」
「文句が止まらねえな」
ペラペラとものすごい早口で愚痴を言う綺羅子。
文句を言わせたら日本一だ。
呆れながら彼女を見ていると、そんな彼女に近づいてくる人影が。
小動物並みの危険察知能力でこの場を逃げようとしていた綺羅子を、がっしりと掴む。
どこへ行こうというのだね?
鬼の形相で睨んでくるが、俺はニッコリである。
「姐さん! こんなとこにいたんですか! ぜひあたしらの水着も選んでください! あたしらが姐さんの水着を選びますから!」
「え? い、いや、私は新しいものは必要なくて……!」
クラスメイトのヤンキー鬼宮に腕をぐいぐいと引っ張られる綺羅子。
もともと誰にも媚びぬ引かぬみたいな性格だったが、こいつがどこかに連れて行って一日したら、こんなふうに信者になっていた。
洗脳である。
自業自得だな、おい。
綺羅子は必死に逃れようとしているが、ヤンキーの押しは強い。
「旦那さんの注意を引くためにも必要っすよ!」
「ちょっと待ちなさい。旦那さんって誰のことを――――――」
鬼宮に引きずられていく綺羅子を、笑顔で見送る。
何だか不穏な言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
ふっ、さらばだ。
二度と俺の前に顔を出すなよ。
さて、俺もそろそろ帰ろうか……と思っていると、ガシッと見えない何かに腕を掴まれた。
ホラーかな?
「さあて、梔子くんもっすよ。ほら、きびきび動いた動いた」
「は?」
ズリズリと俺を引きずるのは、当然隠木である。
引きずっていくのは、水着売り場。
しかも、女ものだ。
なにこれ、すっごい帰りたい。
隠木はそんな俺のことなんて一切考慮せず、いくつかの水着を手に取り見せてくる。
「さあ、どれがいいっすか?」
「いや、隠木なら何でも似合いそうだよ」
ニッコリと笑う。
興味ねえって言ってんだろ!
てかお前見えねえんだから、似合うも何もないわ!
そう内心で怒鳴りつけると、隠木は困ったような声を発する。
「うーん、そういうのが困るんっすよねえ。やっぱり、しっかりと見て選んでもらった方がいいっすね。はい」
「は?」
またズリズリと引きずられる。
めっちゃ力強い。
そして、彼女が向かったのは試着室だ。
当然のように、俺のことを引きずり込む。
隠木は見えないから、俺だけが入ったようになっているだろう。
……は?
「ウチの生着替えっす。喜びすぎて鼻血を出さないようにしてくださいっす!」
何言ってんだこいつ。
ため息しか出ねえわ。




