第50話 行きたくない……
「今日も面倒くさい授業するぞー。教科書開けー」
今日も今日とて嫌そうにやってきた浦住。
生徒が言うなら理解できるが、こういう性格のこいつがどうして教師になることができたのか。
俺、最近ずっとそのことで悩んでいる。
とはいえ、授業はかなりしっかりするタイプだ。
普通の一般的な高校生が受ける授業もそうだが、特殊能力を使った授業だとなおさら。
馬鹿力というとんでもないごり押し特殊能力だが。
『多分、別の特殊能力だろうけどね』
相変わらず脳内に住み着いている寄生虫の言葉。
へー。まあ、どうでもいいや。
俺、浦住のことまったく興味ないし。
『でも、国家公務員だよ。しかも、特殊能力開発学園の教師だから、普通より給料はいいんじゃない?』
……ちょっとだけ興味がわいてきた。
でもなぁ。あいつ、バイオレンスだからなあ。
あんまり俺のイケメンが通用しづらいところも難点だ。
「今日は他所の国のことをちょっと勉強するかぁ」
そんな推察をしていると、授業に入っていた。
「まず、ダンジョンが突然発生して、魔物が氾濫した後の世界の話だ。今、国家としての体裁を保てているのは、どれだけいると思う? 白峰ぇ」
「日本、アメリカ、中国です」
俺をボコボコにしてくれた不俱戴天の仇である白峰が、悩むことなく答える。
白峰大好き派閥がきゃあきゃあと騒ぐ。
うるせえなあ。
ちなみに、俺が指されていたら答えられなかった。
世界のこと、興味ないし。
「正解だ。まあ、中国は魔物が氾濫した混乱で各地に軍閥ができ、今も内戦状態なんだが……。とはいえ、この3か国が魔物の抑え込みに成功した国家だな」
あれだけ国があったのに、抑え込むことに成功した国が3つしかないってどういうこと?
ヨーロッパとか残ってそうなイメージあるのに。
あそこ、連合とかしていて仲良さそうだったから。
でも、拉致誘拐をしようとしたグレイの祖国もヨーロッパだったか。
やっぱ有象無象が手を組んだところでどうにもならないということが分かりましたね。
ぼっち最高。
「ちなみに、そこ以外の国はほとんど滅びているが、インドは今も魔物と激しい戦争を繰り広げているらしい。情報もあまり入ってこないがな」
……ダンジョンが突然現れたのって、結構前だよな?
少なくとも、俺が生まれていない時から戦争しているってことか。
全然想像できねえわ。
「で、超軍事大国だったアメリカや中国が成功したのは分かるだろうが、どうして日本が抑え込みに成功した? 立花ぁ」
「特殊能力者が他の国よりも早く、多く目覚めて、魔物と戦ってくれたからだよ」
当てられたボッチ派閥の立花がため口で言う。
こいつ、誰に対しても敬語使わねえな。
一回痛い目にあったら面白そうだ。
「そうだな。とくに草創期に魔物と命がけで戦った末裔が、英雄七家と言われているが……まあ、それは今日はいいだろう」
英雄七家の初代が、特殊能力者として最初期に目覚め、魔物と戦った。
それで確かに日本が大きなアドバンテージを手に入れたのだろうが、特権階級みたいなものも作り出したのか。
俺より上の存在なんてありえないわ……。
「現在の世界の状況はこんな感じだが……梔子ぃ、黒蜜ぅ。ちゃんと聞いていたか?」
「「もちろんです」」
突然、あの濃い隈のある目でギロリと睨みつけられる。
悪いのは全部綺羅子です!
即座に返事を返す俺。
機転が利いている。
『二人とも口元によだれの痕があるけど?』
ばれないように高速で拭った。
半分寝ていたから仕方ない。
一方、綺羅子に寄生虫はついていないため、よだれの痕はそのままだ。
ふははっ、馬鹿め!
お前だけ怒られろ!
そんなことを考えていると、浦住が神妙に俺と綺羅子を見る。
「……そうか。二人は――――――」
何かを言おうとした直後、チャイムの音でかき消される。
必要以上にこっちにかかわろうとしない浦住が何を言おうとしたのか。
……面倒くさそうだな。知らんぷりしよう。
「今日はここまでだな。ふわぁ、終わった終わったぁ」
浦住もあくびをしながらあっさりと出て行ったから、大したことがなかったのだろう。
それでいい。
二度と俺に面倒事を持ってくるなよ。
「200か国近くあった国が、今では3か国ってやばいっすよね。ウチも引くっす」
ケラケラと楽しそうに声をかけてきたのは、隠木である。
白峰の腰ぎんちゃくらしいのだが、割と距離をとっている不思議な女だ。
ちなみに、楽しそうとは推察しているものの、実際にはどうか分からない。
なにせ、特殊能力のおかげで姿がぼんやりとしか分からないからな。
俺の部屋に来るときは普通に解除しているくせに、他の人の目があるときは確実に能力を使っている。
てか頻繁に俺の部屋に来るなよ。うっとうしい。
本当のこいつは、黒髪で目を隠した乳のでかい女である。
「それだけ、ダンジョンと魔物が恐ろしい存在だということだな。改めて勉強になったよ」
「そっすね。あと、こういう状況だからこそ、人間も怖いっすよ」
「人間?」
首を傾げる。
まあ、いきなり訳の分からないことをしてくるという意味では怖いかもしれないな。
俺以外の人間って基本的に愚かだし。
「ウチの家の事情で色々と情報が入ってくるんすけど、アメリカも中国もかなり躍起になっているみたいっすからね」
「何に?」
「そりゃ、特殊能力者の確保っすよ」
隠木がコソコソと面白そうに話しかけてくる。
かなり距離が近いのか、甘い匂いがする。
耳元にぷにっとした柔らかい感触も当たる。
口を近づけすぎだろ、こいつ!
「軍隊で長期間多額の金を使って兵士を作るのもいいっすけど、特殊能力者は持ち前の力だから安上がりっす。しかも、そこらの兵士よりもずっと強いっすから。魔物と戦うにあたって、とても便利っす」
「素人を鍛えるより軍人の方がいい気がするけど……」
「軍人は兵器を使ってなんぼっすからね。ダンジョンって外よりも活動範囲が限られるっすから。戦車を使っても壁が崩れかねないっすし、航空戦力は入れないっすし」
隠木の説明に納得する。
なるほど、確かにダンジョンの中に大規模侵攻は難しそうだ。
強力な兵器って、たいていが大きいもんな。
歩兵だけとなると、やはり難しいのだろう。
しかし、ここで疑問が生まれる。
「ダンジョンに大規模な戦力を送りこむことなんてあるか?」
危険な場所にわざわざ首を突っ込む理由が分からない。
今は魔物の氾濫が抑えられているんだから、余計な刺激は加えない方がいいのではないかと思う。
とはいえ、何も知らなければ、またいつ氾濫するか分からないもんな。
まあ、俺以外がいくら命を落としてもいいんだけどさ。
「そりゃあ、あるっすよ。なにせ、ダンジョンの中は未開の土地。しかも、今世の中にはほとんどない、どこの国も占領していない土地なんです。希少な資源や未発見の資材があっても不思議じゃないっす。余裕のあるアメリカや中国はダンジョンの調査を進めているでしょうし、それは日本も一緒っすよ」
「ふーん」
あの危険しか感じないダンジョンに旨味を感じる奴もいるのか。
まあ、そこらへんは俺関係ないんで。
適当にやってくれたらいいんじゃないかな?
「あー、言い忘れていたわ」
そんな話をしていると、出て行ったはずの浦住がひょっこりと顔を出した。
死んだ顔をしているから、ちょっとホラーである。
そして、奴はとんでもないことを言い捨てて行った。
「来月に臨海学校があるから、適当にグループ決めとかしとけよ」
臨海学校、だと……?
クラスはポカンとしていたが、次第に飲み込めると一気に沸き上がった。
『う、海だああああああああ!!』
行きたくない……。
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