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第49話 最後の最後に教師らしいことができたな

 










 ズドン、ズドン! と重たい音が鳴り響く。

 そこは、特殊能力開発学園が所有している広大な土地の一角。


 人の手があまり加えられておらず、木々が鬱蒼と生い茂っている森林だった。

 そして、いくつもの巨大な木々が倒れていく。


 人の純粋な力ではどうしても倒せないもの。

 爆薬などの強力な道具を使わなければ、揺らすことすらままならないものが、へし折れた。


「ギョオアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 耳を塞ぎたくなるような、つんざく雄たけびが上がる。

 それは、この大規模な破壊をしている張本人。


 巨大な蛇だった。

 人間が見上げなければならないほどの、巨大な蛇。


 加えて、普通の蛇には絶対に存在しない翼がある。

 ドラゴンという空想上の怪物の方が近いかもしれない見た目だ。


 人食いアナコンダなんてものが、時折世界をにぎわせていたが、そんなものとは比べものにならないほどの大きさだ。

 人を丸のみどころか、二人でも三人でも同時に食べてしまうことができるであろう巨体。


 ただ動くだけでも、周囲に大きな被害を与える。

 先程の木々が押し倒されたのも、この怪物がのたうち回って身体をぶつけただけである。


 特別なことは何もしていない。

 それでも、人間とはけた違いの力で、暴虐を振りまくのだ。


 しかし、この蛇はただ一人で暴れまわっているわけではない。

 自分に攻撃を仕掛けてきた愚かな存在に報復をするために、暴れているのだ。


「(ひいいいいいいいいいいっ!?)」


 そして、その愚かな存在とは、もちろんこの男……梔子 良人である。

 この状況でも決して悲鳴を口に出さないのは見事なものだ。


 半泣きになりながら、必死に逃げ惑っている。

 しかし、表面はキリッとしているものだから、まるで活路を見出そうと走り回っているように見える。


 見た目が良ければ得をするの典型例だ。


「(でっか! こっわ! つっよ!)」

『小学生みたいな感想だね』

「(余裕がねえんだよ!!)」


 のたうち回る蛇に対し、必死に逃げ惑う良人。

 体育の授業すらサボりつつこなしていた彼は、体力がほとんどないため、もう息切れが半端ではない。


「(てかどうすればいいんだよ、この状況! 自衛隊とか警察は何してんの!? 早く俺の肉壁になりに来いよ!)」


 これだけ大きな騒ぎになっていれば、公権力も必ず駆けつけてくれることだろう。

 問題は、特殊能力開発学園が所有している私有地だということで、人が周りにいないことだ。


 誰も通報しないので、そもそもこの事態を把握していない可能性すらあった。

 もちろん、そんなことは良人の知ったことではないので、怒りをぶちまける。


『どうするもこうするも、逃げ続けるしかないでしょ。というか、君は【無効化】があるんだから、逃げる必要ないんじゃない?』

「(俺のあの力って物理的なものには通用していないんだけど、本当にあの化け物の攻撃を防いでくれるの? あいつ、別に特別な力とか使っていないと思うんだけど)」


 懸念である。

 この男、自分の特殊能力を微塵も信用していない。


 なにせ、いきなりポンと望んでもいないのに渡された力だ。

 つまり、いきなり消失することだって十分に考えられる。


 無効化に頼りすぎて余裕ぶっていたら、それが消えて一気に致命傷を負う、なんて展開は絶対にごめんだった。

 まあ、この男が本当に心の底から信頼しているものなんて存在しないのだが。


『最初にダンジョンに潜って鬼と遭遇した時は、何か防いでいたよね?』

「(あれが通用しなかったら、俺はプチッと潰されるんだぞ? 確証がない限り、無効化に頼ることはしねえ……!)」

『堅実だなあ』


 鬼の振るった攻撃は無効化することができた。

 しかし、白峰の徒手空拳や黒杉の瓦礫を使った攻撃は入っている。


 その区別がいまいちつかないので、良人は逃げに徹しているのだ。


『じゃあ、カウンターを使おう。あれ、便利じゃん。全自動で反撃してくれるし』


 脳内の声が言うのは、良人に目覚めたもう一つの特殊能力である。

 強力なカウンターとして、英雄七家の白峰を一撃で吹き飛ばすほどの力がある。


 しかし、良人はそれも信用しない。


「(あれ、ある程度ダメージを受けないと発動しないじゃん! あんなでかい奴のちょっとした攻撃は、俺にとっての致命傷になるだろうが!)」


【カウンター】の厄介なところは、自在に使うことができないということだ。

 ある程度のダメージを蓄積させないと、それを攻撃に使用できない。


 そして、良人にちょっとダメージを受けるなんて器用なことはできないし、するつもりもまったくない。

 痛みに耐性がまったくないので、普通に嫌なのだ。


 予防接種でも悲鳴を上げる男である。


『じゃあ、逃げ続けるしかないよねぇ。ガンバ!』

「クソ……ッ!」


 舌打ちをしながら、良人は太い木の陰に隠れる。

 蛇は彼を探して雄たけびを上げている。


 見つからないうちに、必死に息を整えようとする。


「はあ、はあ……(綺羅子ぉ! 綺羅子はどこだ!? あいつがいればどうにかできるのに……!)」

『なんだかんだで信頼しているんだねぇ……』

「(あいつを囮に使えれば……!)」

『あ、やっぱり何でもないです』


 ぎょろぎょろと血走った目で、肉盾……囮……案山子……を探すが、何も見つからない。

 その時の良人の舌打ちはすさまじかった。


「おい」

「んぁぁ!?」

『どんな返事かな?』


 そんな彼にかけられる声。

 苛立たしさがマックスの良人は、睨みつけるようにしてそちらを見る。


 白い髪をおさげにし、大人とは思えないほど小柄な体躯。

 しかし、発達した胸部は大きく前に突き出ている。


 目の下の濃い隈は、不健康さを強く訴えかけてきていた。

 特殊能力開発学園の教師であり、良人の担任でもある浦住だった。


 普段とは違い、彼女も血を流して満身創痍である。


「あたしのことはいいから、さっさと逃げろ。囮くらいなら引き受ける。あたしの招いたことだ。あたしが責任を取る」

「え……(ほんとぉ? 最後の最後に教師らしいことができたな、浦住。褒めてやる。じゃあ、適当に騒いで注意を引き付けておけ)」


 驚きの表情を見せる良人。

 内心はウキウキである。


 無表情ながら強い決意を秘めた浦住の目を見る。

 苦悩しつつもそれを受け入れる悲劇の主人公を演じようとしたとき、脳内で声が響く。


『この人も強いから、なんだかんだ生き残って君が見捨てて逃げたってことがばれたりして……』

「…………」


 そんなバカなことを、と良人は笑おうとした。

 しかし、ありえそう。


 ありえそうなのだ。

 そうなれば、今まで築き上げてきた地位は崩れ落ちる。


 見栄とプライドは、非常に強い。


「馬鹿なことは言わないでください。俺はあなたと一緒に、皆の元に帰るんです」


 心にもないことを言えるのが、良人の強みである。

 そんな彼の言葉に、浦住はポカンと口を開けた。


 今まで誰も見たことがないような、気の抜けた表情だった。


「……お前たちにあんな仕打ちをした、あたしもか?」

「(そういえば、よくよく考えたらこの事態って全部お前が引き金じゃん。何してくれてんの? この諸悪の根源)」


 段々と怒りのボルテージが上がってくる。

 そうだ。


 そう言えば、こんな蛇の化物に追いかけまわされているのも、すべては浦住が原因ではないか。

 なんでこいつのために戦わなければならないのか。


 本当に囮になって自分だけが逃げるべきじゃん。


「…………当然です」

『めっちゃ悩んだ』


 結局、良人は保身を選んだ。

 しかし、浦住からすれば、とんでもないことを仕出かした自分を見捨てず、危険な道を選んでくれたのである。


 そうすると、彼女は今までに他人に見せたことがない、はかなくも美しい笑みを見せる。


「……そうか。生徒にそんなことを言われたら、教師失格だな」

「(お前はずっと前から失格だっただろ)」

『人間失格の人が何か言っている……』


 初めて見せる綺麗な笑顔も、良人にはまったく通用しない。

 ただ怒りが膨れ上がるだけだ。


「ああ、そうだな。少なくとも、お前だけは必ず生きて帰らせてやる。それが、あたしみたいな最低の教師ができる、最初で最後の教師らしい仕事だ」

「(お、いいこと言うじゃん)」


 スッと立ち上がる浦住。

 その顔には、今まで決してなかった、教え子を守るという教師としての決意が込められていた。


 自分のために戦うと言うので、良人はほっこりである。


「ギョオオオオオオオオオオオオオ!!」


 蛇が吠える。

 命を懸けた死闘が、始まろうとしていた。




第3章スタートです。

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