第47話 いいわけねえだろ
ザーザーと雨音が鳴る。
かなりの雨量で、傘なしに歩き回るには少々厳しい状況だった。
そして、そんな中、良人は建物の小さな屋根のある場所で立ち尽くしていた。
一人きりなら、『俺が歩いているときに雨を降らすとか、神って不敬じゃない?』とか訳の分からないことを考える余裕があっただろうが、今はない。
彼の隣に、もう一人いるからだ。
そして、その一人が、良人が恐れる人物であるからだ。
「(最悪だぁ……。もうおしまいだぁ……)」
「雨、ですね」
「(見たらわかるわボケ。俺が初めて雨を見る原始人とでも思っているのか? むかつくわぁ……)」
内心でボロクソ言っている相手は、ジェーン・グレイである。
銀色の輝く髪を短く切りそろえ、赤い瞳が特徴的な彼女。
凹凸のはっきりとした豊かな肢体は、雨で制服が濡れたことによってさらに際立っている。
黒いブラが透けているが、まったく興味のない良人は意識の外であった。
二人は豪雨にさらされ、雨宿りをしている状況だった。
「梔子さんは、傘を持っていますか?」
「いや、持っていないな(お前が持っているんだったら俺に渡せや)」
「私もです」
「(つっかえねえ!)」
自分も持って来ていないくせに、随分な物言いである。
サラッと他人の持ち物を寄こすよう要求しているところも狡い。
さすがに雨具なしでこの豪雨の中を行きたいとは思えない。
グレイは濡れてさらに瑞々しさを増した唇を開く。
「少し、雨宿りしましょうか」
「(誘拐未遂犯と同じ屋根の下で二人きり? 嘘だろ? 身の危険しか感じないんだけど……)」
良人、グレイに対する警戒心をさらに引き上げる。
もはや、彼女が少し大きな声を出しただけで飛び上がってしまうレベルの警戒度だ。
ちなみに、ビビるだけで特に何もできないのが良人クオリティである。
「……まだ、しっかりとお礼を言えていませんでしたね。私を助けてくれてありがとうございました」
じっと見上げてくるグレイに危険を感じた良人は、すぐさま他人を売り飛ばした。
「俺だけの力じゃない。綺羅子もそうだし、事情を知っていても見逃してくれた浦住先生、そして君を守るために口を決して割らなかった亡命軍の人たちのおかげさ(だから、俺だけにヘイトを向けるのは止めてください。綺羅子を上げるから)」
綺羅子なら何をしてもいい。
言外に強く訴えかけていた。
「そうですね。感謝はしています。しかし、私を助けたことであなたの立場が悪くなるのは、正直嫌です」
「(じゃあ今から処刑台に行けよ)」
無表情で見上げてくるグレイに、良人は冷たく吐き捨てる。
まさか戻ってくることはないだろうと庇ったら、戻ってきてしまった死神。
予想外だった。
「あのな、俺が君を助けたのは、助けたいと思ったからだ。そんなこと、気にするはずがないだろ?」
ニッコリと笑う良人。
嘘である。
めっちゃ気にしている。
「そう、ですか」
しかし、そんな良人の内心など、もちろんグレイに知る由もない。
イケメンが、格好いいことを言っているだけなのだ。
グレイのために、自分がマズイ立ち位置に陥ることもいとわない。
それでも、彼女を助けると言うのである。
そんなものを間近で言われれば……。
「……ドキドキします」
「は? 風邪?(俺に移すなよ、絶対に)」
頬を赤らめてそっぽを向くグレイに、良人の警戒は止まらない。
何だこいつは。
「雨は止まないが……走って戻るか?」
一緒にいることの限界に達した良人は、このままグレイとこの場にいることよりも、この雨に濡れて風邪を引くことを選んだ。
「……もっとここで一緒にいてもいいと思いますが」
「(いいわけねえだろ)」
スッと近寄ってくるグレイに露骨にげんなりする良人。
もはや、彼の中でこのまま雨宿りをする選択肢はなくなった。
しかし、このまま一人で走り出すのもいかがなものか。
誰かに見られていたら、一大事である。
そこで、良人は心底嫌々、ある行動に出た。
自分のジャケットを脱ぐと、グレイの肩にかけたのである。
「ほら、これで少しは温かくなったか?」
雨でびしょびしょなのに温かくなるはずがない。
しかし、グレイの全身は燃えるように熱くなってしまう。
思わずギュッとジャケットを握る。
「……これ、もらっていいですか?」
「(だから、いいわけねえだろ)」
良人はそんな内心などおくびにも出さず、スッと手を差し伸べた。
「さあ、行こうか」
「……はい」
グレイは、まるで物語で英雄に連れ出されるヒロインのように、頬を赤らめてその手を取ったのであった。




