第46話 …………はい
特殊能力開発学園には、仕置き部屋と呼ばれる場所がある。
一言で言ってしまえば、地下にある牢獄だ。
刑務所よりも状態の悪いその場所がなぜあるのかと言うと、校則違反をした者を一時的に閉じ込めておくためだ。
すなわち、特殊能力の濫用である。
強大な力であるが、実際に扱えるのはまだ成人していない子供だ。
小さなころから教育されたわけでもなければ、調子に乗ってしまうのも仕方ないだろう。
善良ではない使い方をしていた場合に、仕置きの意味を込めて閉じ込めるのが、仕置き部屋である。
そこに入る者は、両手足に特殊な手錠を付けられることにより、特殊能力を使うことは一時的に不可能となる。
そんな場所に、特殊能力者を誘拐しようとしたグレイはいた。
コツコツと靴音が近づいてくる。
檻越しに彼女を見たのは、浦住だった。
「おー、元気か?」
「……浦住先生」
濃い隈のある目を向けてきて、ひょっこりと手を上げる小さな教師。
彼女がここにやってくるのは、初めてではない。
自分から事情聴取する役割を担っているのが、担任の浦住である。
「まさか、ここまで丁寧な対応をしていただけるとは、思っていませんでした」
「お姫様には随分酷な環境だと思うがな」
「私は国を滅ぼされた身です。今の環境が、それよりもひどいはずがありません」
「それもそうだ」
自分から聞いておいて、興味なさそうな浦住。
彼女はこの事情聴取全般を通してこのような態度である。
多分、担任だからと押し付けられたのだろうとグレイは見ていた。
今も、心底面倒くさそうだ。
「それで、今回はどのようなご用件でしょうか? なんでもご協力させていただきます」
「殊勝なことだ。面倒くさくなくていい。自分の身のことを考えるなら、それが一番だ」
調査に協力的であれば、罪が減軽される。
逮捕されているわけではないが、グレイに関しても同じことが言える。
しかし、彼女は首を横に振った。
「私の身のことなどどうでもいいことです」
「ん? だったら、どうしてそんなに協力的なんだ?」
「……私のことを、友人と呼んでくれる人に、迷惑をかけたくないので」
グレイの脳裏によぎるのは、とんでもないことを仕出かした自分に対しても笑みを浮かべる良人の姿。
彼は何度も自分のことを友人と呼んでくれ、助けになりたいと言ってくれた。
そんな彼のことを思うと、胸が熱くなる。
「ほほー、青春だなぁ。面倒くさくて、あたしは嫌いだったけど」
青春している人が嫌いならまだしも、青春そのものが嫌いと言える浦住の異常性に、グレイも眉を動かす。
「ま、協力的なら楽でいいわ。お前が今回のことを仕出かした理由は、以前までの説明で間違いないな?」
「はい。私は祖国ロストランド王国を忌まわしい化け物どもから取り戻すため、日本の優秀な若い戦士を勧誘しようとしました」
グレイは神妙に頷く。
彼女は、すべての理由を話していた。
それが、自分の首を絞めることになっていることを知っていながら。
「そして、それに応えなければ、誘拐という強硬措置に出ると」
「はい」
またもや言い訳もせずに頷く。
浦住はボリボリと白髪をかく。
「また随分と思い切ったことを仕出かしたものだな。もっと待てば、他国が助けてくれるかもしれなかったのに」
「自国の運命を他国にゆだねるのは、愚かなことです。それに、現在も苦しむ民がいるのに、ただ座して待つことはできません。加えて……他国を助ける余裕がある国なんて、今はないでしょう」
「まあ、そうだなあ。魔物の抑え込みに成功した国も、いつダンジョンから溢れ出すか分からない中、他国に多くの軍事力を割くことはできないだろう。今も絶賛存亡をかけて戦争中のところもあるしな」
魔物の抑え込みに完全に成功したと言える国は、日本、アメリカ、中国しかない。
しかし、ダンジョンを破壊できた国はなく、いつかまた魔物が氾濫してくるかもしれない。
そんな中で、すでに滅びた他国のために、特殊能力者も含めた軍事力を提供できる国はどこにもなかった。
それが理解しているからこそ、他国からの協力を得られないからこそ、今回の騒動を引き起こしたということは分かる。
だが、それは決して許されることではない。
「ただ、お前の……亡命軍のしたことは、明らかに下策だ。どこの国も、魔物との戦争での主戦力になる特殊能力者は、とても貴重だ。それを奪おうとしたのだから、いくら他国より日和見なこの国でも、お前は極刑に処せられるだろうさ」
「承知しています。処刑の日は分かるのでしょうか?」
未成年が告げられるにはあまりにも残酷な現実。
しかし、グレイは微塵も心を動かさない。
それだけのことをしているという自覚もあったし、覚悟もある。
だから、処刑されると聞いても、彼女は揺らがない。
そんなグレイにため息をつきつつ、浦住は首を横に振った。
「とはいえ、お前はラッキーだ。お前が狙った奴らは、とんでもなくお人よしの馬鹿だからな」
「……?」
「お前が狙った梔子と黒蜜だがな、お前が特殊能力者を誘拐するために襲撃したとは言わなかった。体調不良の白峰の代わりに助っ人に来てくれたと言って譲らない」
「それは……」
目を丸くする。
そんな……ありえない。
だって、自分は彼らを誘拐しようとしたのだ。
傷つけようと攻撃もしたし、実際に多少の怪我も負わせている。
それなのに、これだけの大事件なのに、自分を庇おうというのか。
そのことがばれれば、自分たちの身も危うくなるというのに。
「怪しさは満点なんだがな。ただ、お前が誘拐目的で襲撃をしたという証拠もない。お前の仲間はだんまりだし、あの黒いドームが幸いしたな。中の様子が分からないから、証言に頼らざるを得ない。狙われた張本人がそう言っているのだから、突こうとしてもぼろが出ない」
第三者の目は一切ない。
ドームの中では白峰たちが倒れていたこともあり、真実を知るのは良人、綺羅子、グレイの三人のみである。
そのうちの二人が言うのだから、信じるしかない。
だが、グレイは本当にそれに甘えていいのかと悩む。
「ですが……」
「まあ、普通に考えたらおかしいんだがな。お前だけならまだしも、亡命軍まで乱入していたら、少し考えればロストランド王国が関与していることは分かることだ。だが、お前も言っていた通り、もう滅んでいるからな。国際問題になりようがない」
責任を追及しようにも、その先がないのである。
国家間の大きな問題にはなりえない。
だから、問題になるとすれば、グレイたちの身なのだが……。
「基本的にこの国は平和ボケしているから、特殊能力者の流出というのがどれほど大きい意味を持つか、一般人はほとんど理解していないんだよ。だから、今回のこともそれほど大きな問題になっていない。だから、後はお前次第だ」
良人がおぜん立てをした。
それに乗るか乗らないかは、グレイが決める。
じっと考える。
そこまで甘えていいのか。
しかし、あの背中は頼りがいがあって……。
「私は……」
グレイの言葉を聞いて、浦住はコクリと頷いた。
「ああ、それでいい。あたしは個人的に、お前のしたことに対し……」
グレイに背を向け、歩き出す。
だから、浦住の続く言葉も、まったく無機質な表情も、誰も知ることはなかった。
「……感謝しているんだからな」
◆
毎朝学校に来るたびに思う。
マジで早く辞めたいと。
というか、自主退学ってできるっけ?
できるよな? やろう!
『いや、無理だよ』
は?
『確か、特殊能力開発学園は退学できないよ。優秀な特殊能力者が抜けたら大変だもんね』
無理やり入学させたと思ったら、退学もさせないのか。
何だこの国は。
いつからこんな住みづらい国になった。
『でも、驚いたなあ。まさか、君が彼女のことを庇ってあげるなんて』
寄生虫が感心したような声音で言う。
おいおい、何を言っているんだ。
そりゃそうだろ。
ああしておけば、亡命軍とやらの恨みを買わずに済むし。
『……え?』
軍人崩れに命を狙われるとか、笑えない。
それに、庇っても俺のデメリットは限りなく少ない。
特殊能力者の誘拐なんてことをしようとしたんだ。
間違いなくあいつらは極刑。
サヨナラ首ちょんぱである。
俺がかばったところで、どうせ奴らは死ぬ。
俺の評価を上げつつ、相手は死ぬ。
最後の最後に俺の役に立ててよかったじゃん。
『うーん、このクズ』
天才と言え。
『でも、君にとって都合のいいように世界が動いたことって、今まであったっけ?』
……おい、何でそんな不穏なことを言うんだ。
止めろ。
「おー、座れ。今日も面倒くさい一日の始まりだー」
浦住は、相変わらず教師とは思えない発言をしながら入ってくる。
毎日のことだから慣れたものだ。
毎回人のテンションを下げるようなことを言ってくるのは、さすがの一言である。
さて、いつも通り面倒くさそうに連絡事項を伝えてさっさと出て行くと思っていたら……。
「で、一応けじめというか、節目だから紹介するわ」
「…………は?」
そう言って浦住に促されて教室に入ってきた女に、俺は唖然としてしまった。
もう二度と会うことはないと思っていた人間なのだから、仕方ないだろう。
とっさに隣を見ると、綺羅子も目を真ん丸にして俺を睨んでいた。
「(ちょっと! どういうことよ!?)」
「(俺に言うな!)」
そんなバカな……。
死刑になっているはずの女が、いったいどうして……。
そんな俺たちを差し置いて、浦住が彼女を紹介する。
「えー、事情聴取でちょっと離れていたグレイが、また戻ってきた。よろしくやってくれ」
ジェーン・グレイ。
どっかの亡国の姫であり、誘拐犯が平然とクラスに戻ってきた。
ありえねえ……。
テロリストをどうして野放しにしているんだ、この国は……。
そんな俺に近づいてきて、薄く微笑むグレイ。
「梔子さん、よろしくお願いしますね」
「…………はい」
嫌です、とは言えませんでした。




