第45話 初めての困惑
「ど、どうして……。確かに私の特殊能力は……」
作用していた。
魅了していたのだ。
なのに、それをまるで『魅了がかかる前に時間を巻き戻した』かのように、あっさりと消えている。
愕然とするグレイ。
そんな彼女に、声が聞こえてくる。
『あー、ダメだよ。彼を君の操り人形することは、認められない』
「だ、誰ですか!?」
脳内に直接響くような声音に、グレイはあたりを見渡す。
良人と綺羅子の声ではない。
他の者も、ドームに精神力を貪られて気を失っているままだ。
では、この声はいったい……?
『そんなのはどうだっていいさ。問題は、先に僕が目をつけていた【もの】に、君が後から手を出してコソ泥をしようとしたこと』
「ど、どういう……」
その声音には、明確な怒気が含まれていた。
『人様のものに手を出すなよ、女』
「ひっ……!?」
とっさだった。
特殊能力を解除し、良人から素早く離れる。
恐怖だった。
グレイは、今までめったに感じたことのない恐怖を覚えていた。
魔物に祖国を侵略された時も、今回の大事を引き起こす際も、恐怖はなかった。
だが、あの言葉、それだけに彼女は恐怖を覚えた。
「……何したの、あなた。めっちゃビビっているじゃない」
「いや、俺が噛まれたんだけど!? ち、血が出てるぅ!」
震えるグレイの前に、二人が立つ。
ジト目でわき腹を突く綺羅子に、もだえる良人。
後者は首筋を頻繁に撫でて悲鳴を上げているが。
「あ、あなたは、いったい……なんなんですか?」
「ふっ、ただの顔が良くて性格も良いだけの……」
グレイに問いかけられて答える良人。
イケメンであることと性格がいいことは譲らないようだ。
少し溜めを作ってから、にっこりと笑みを浮かべる。
「君の、友達さ」
「とも、だち……。まだ私のことを、そんな風に……」
「喧嘩するのは、友達なら当たり前のことさ。そのあと、仲直りさえすればね」
仲直りなんてするつもりはない。
一生恨み続けるつもりである。
心の中の暗殺帳に、白峰に続いてグレイの名前も記載されていた。
「私、は……」
自分の仕出かしたことの大きさは分かっている。
それでも、彼は自分に手を差し伸べてくれるというのか?
恐ろしい声によって、精神的に追い詰められていたグレイは、それがまさしく蜘蛛の糸に見えた。
もともと、ドームの中に彼女もいるので、精神的にダメージを負っていたのは同じなのだ。
ただ、祖国に対する思いだけで乗り切っていただけである。
自己愛だけで乗り切った二人とは、大変な違いである。
「仲直りしよう、グレイさん」
「は、い……」
差し出された手をとるグレイ。
こうして、彼女の誘拐作戦は、幕を閉じたのであった。
「(よーし、亡国のこととかうやむやにすること成功ぉ。あとは卒業までこいつの気を紛らわせ続ければいいだけだな)」
「(よくやったわ、良人)」
『最低かな?』
◆
ドームの外では、多くの観客が固唾をのんで中の様子を窺おうとしていた。
荒れた周囲は、激しい戦闘があったことを示す。
コルベールと彼の率いるロストランド王国亡命軍。
そして、それを鎮圧しようとする教師陣との戦いがあった。
結果は、亡命軍がことごとく縛られていることから分かるだろう。
特殊能力開発学園の教師陣は、まだ多感で力を得たばかりの子供を導かなければならない。
その時には、力というものも必要になってくる。
自衛隊や警察に接収される卒業生よりも優れた特殊能力者が教師になる。
そのため、軍人が相手であろうとも、彼らは難なく制圧することができたのであった。
『すでに暴れていた乱入者は、教師陣が取り押さえました。しかし、依然としてドームの中の様子はうかがえません。どうやって実況したらいいのでしょうか』
『私に聞かれても……。さっきまで教師と乱入者の戦いをウキウキで実況していたじゃないですか』
普段は決して見られない教師陣の特殊能力を使った戦闘に、歓喜して実況していた。
ちなみに、視聴率も非常に高くなっていた。
『うーむ、放送事故になりかねませんねえ……』
『競技大会に乱入者が現れただけでも、充分放送事故だと思いますが……』
解説は呆れを隠せない。
もう面倒くさいから、この人が実況の時は解説を引き受けないでおこうと決めた。
『ん? ドームにひびが入っていますよ』
解説が気づいたのは、黒いドームに亀裂が入っていたこと。
それは、ピシピシと音を立てて広がっていく。
『あ、本当です! どんどんとひびが大きくなっていき……割れました!』
実況が気づいたころには、すでにその亀裂はドーム全体に及ぶようになっていた。
そして、外部からの衝撃では決して破ることのできなかった強固な檻が、内側から完全に破壊された。
ドームの破片がキラキラと舞い落ちる。
酷く幻想的な空間を作り出していた。
そして、そこから現れるのは、美男美女のカップル。
まさしく、世界から祝われているかのような登場シーンに、観客たちも歓声を上げる。
『中から出てきたのは……梔子くんと黒蜜さんです! 彼らは無事です!』
梔子 良人、黒蜜 綺羅子。
生還である。
そんな彼らの元に近づくのは、コルベールを無力化した浦住だった。
「おー、お前ら無事だったかぁ。よかったよかった。あたしの首が飛ばなくて」
「ははっ(死ね)」
「うふふ(死ね)」
二人とも額に青筋が浮かんでいることには、誰も気づいていなかった。
殺意マシマシである。
近時では、浦住に対する恨みと怒りと憎しみと悲しみが最も強い。
「で、結局どういう経緯で、どういう結果になったんだ?」
「えーと、そうですね……」
チラリと浦住は二人の背後を見る。
そこには、ツッコミどころ満載の光景がある。
競技大会出場権利がないはずのグレイがいたり、白峰や対戦相手は全員倒れていたり。
ドームで中の様子がうかがえなかったので、これは中にいた者に聞くしかないのだ。
それに対し、良人と綺羅子は顔を見合わせ、にっこりと笑って言った。
「体調不良で倒れた白峰の代わりにグレイが助っ人参戦してくれて、相手チームを倒しました」
「えぇ……?」
浦住、教師生活初めて困惑させられる。
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