第42話 何しにきたんだこいつ
真昼間。
太陽が一番高くに昇っているこの時間に、俺はコロシアムに立っていた。
もうこれ何回目だよ。
いい加減にしてくれ。
未成年をこの短期間で何度闘技場で戦わせるんだよ……。
そんな俺のげんなりとした気分なんて知ったことではないと、観客たちは大騒ぎだ。
ありえねえ。
『さあ、競技大会の決勝です! 午前中は素晴らしい戦いを披露してもらいました。決勝戦では、さらなる高次元の戦いを期待しましょう!』
実況が高らかに、明らかに期待を込めて声を張り上げていた。
そんなものを聞いても、俺の心はただむなしくなるだけだ。
ありえないだろ。
こいつら、未成年に殺し合いを指せることを期待しましょうとか言っているんだぞ?
いつから日本は蛮族国家になったの?
「さあ、泣いても笑ってもこれが最後だ。二人とも、頑張ろう!」
「「……はい」」
『テンションひくっ』
どうしてテンションがあげられると思うのか。
白峰はこんなにもキラキラしているのに、俺の心は暗くなる一方だ。
しかし、何でこいつはこんなに戦闘大好きマンなのか。
英雄七家ってろくでもないな。
あーあ、これも全部綺羅子のせいだ。
こいつが黒杉を倒してしまうからだ。
人のことを巻き込みやがって……最低だな。
「…………」
「つねるな」
口に出していないのにある程度察したらしく、わき腹をつねってくる。
力がない者でも相手に的確に強い痛みを与えることができるので、つねるというのはおすすめだ。
俺がされるのは絶対に嫌だけど。
だからさっさと離せや綺羅子ぉ!
『決勝は、見事英雄七家を打ち破った梔子くんと黒蜜さん、そして英雄七家の白峰くんを擁する、一組! 激闘の末決勝進出を果たした、四組です!』
俺たちの前に立つ三人の生徒。
彼らが四組なのだろう。
というか、この学校って一学年四クラスなんだな。
そんなことすら知らなかったわ。
興味がなさ過ぎて。
「正々堂々、勝負しよう」
「俺たちが英雄七家と、それを打ち破った二人にどこまで戦えるか分からないが……精一杯させてもらうよ」
手を差し出す白峰に苦笑しながら、四組の代表生徒が握手した。
ざっと見てみるが、俺の直感は恐ろしさを感知しない。
白峰と黒杉レベルの奴はいないようだ。
よし、綺羅子を肉盾にすれば、何とか無傷で済みそうだな。
ニヤリと笑いながら綺羅子を見れば、あっちも同じような邪悪な笑顔で俺を見ていた。
……考えることは同じということか。
面白い。
『さあ、いよいよ決勝戦の始まりです! 今回の舞台は……おっとぉっ!?』
地獄の開幕だ。
そう思っていたら、空から中央に飛び降りてくるグレイ。
シュタッと身軽に着地していた。
……人外かな?
観客席から飛んできたということだろうか?
なんでそれで無傷なの?
気持ち悪い……。
「グレイ、さん?」
「どうしてここに? これから競技大会の決勝だから、早く観客席に……!」
困惑する白峰たち。
ぶっちゃけ、俺も驚いている。
しかし、これはチャンスだ。
俺はすぐさま動き出す。
「待て、白峰」
「梔子くん?」
俺はグレイに近づいていく白峰を止める。
真剣な表情で、コクリと頷く。
「(俺と代わってくれる気にようやくなったのか)」
「(違うわ。私と代わってくれるのよ)」
『多分だけど、両方違うと思うよ』
グレイが俺の人身御供になってくれるのだとばかり思っていたのだが……?
違うの?
じゃあ、こいつここに来た意味がないじゃん。
何しにきたんだ、こいつ。
「梔子さん。私には、こうすることしか思いつきませんでした。申し訳ありませんと、事前にお伝えさせていただきます」
「何を……?」
グレイの言葉が、意味が分からない。
何言ってんだ、こいつ。
不可解な言葉に全員が困惑していると……。
「【ドーム】」
黒い球体が、一気に広がってきた。
◆
『おおおおっとぉ!? これはいったいどういうことでしょうか!?』
実況が声を張り上げると、隣にいた解説はうるさそうに耳を塞いだ。
興奮のあまり立ち上がって言葉とつばを飛ばす実況。
彼らの目の前には、黒い球体のドームが出来上がっていた。
その中の様子はうかがえない。
『これからいよいよ決勝戦が始まろうとしたその時、空から一人の女子生徒が降りてきて、生徒たちを閉じ込めてしまったぁ!』
『……凄く熱狂していますね』
ちょっと落ち着けや。
そんな解説の言外の言葉は、もちろん実況には届かない。
『やはり、こういった不測のハプニングも楽しまなければなりません!』
『それは違うと思いますが』
ハプニングは起きてはいけないのである。
楽しむなんてもってのほかだ。
解説はバッサリと斬り捨てる。
放送事故である。
『なんだかすごいことになってまいりました。おそらく、視聴率も爆上がりでしょう。たまりませんね!』
『ダメでしょ、この人。どうして実況なんかさせたんですか』
ついにはスタッフにまで苦言を呈するようになった解説。
面白おかしくネットでは議論されている二人をしり目に、ドームの前に集まる人がいた。
それは、この特殊能力開発学園の教師たちである。
「好き勝手言ってくれますね……」
「まあ、彼らからすれば、こちらの事情なんて知ったことではないのでしょう。奇遇なこともあったものです」
「あなたはダメですよ!? 教師なんですから!」
教師は浦住の言葉に目を見開く。
当事者が知ったことではないというのは、当然許されない。
浦住を窘めた教師は、近くにあった金づちでドームを思いきり叩いてみる。
すると、ガイン! という嫌な音と共に、金づちが跳ね返された。
「くっ、硬い! 簡単に破ることはできないな……!」
ドームには傷一つない。
成人の男が本気の力で金づちを振るっても、ビクともしない強度。
容易く破って中の様子を窺うことはできないだろう。
「まあ、明らかに特殊能力で作られていますしね。強固な壁なのでしょう」
その結果を、でしょうねと言わんばかりに隈の濃い目で見ていた浦住。
完全に素知らぬふりである。
「浦住先生の特殊能力ならいけるのでは!?」
「あー……いや、そんなことないですよ」
心底面倒くさそうに顔を歪める浦住。
中で自分の生徒がどのような目に合っているかわからないのに、平常通りであった。
「浦住先生! 他人事ではなくて、あなたも手伝ってください! この中で生徒たちに万が一のことがあったら、首が飛びますよ!」
「あたしは特に構いませんが」
「構えよ! 白峰家の息子もいるんですから、教職どころか物理的に飛びますよ!」
ついに乱暴な口調になってしまう教師。
それでも彼女を説得するには足りないかと思っていたが、意外にも彼女の琴線に触れるところがあったらしい。
「……今死ぬのは困りますね」
自分の身の心配であったが。
しかし、浦住がその気になってくれたのはありがたい。
教師が退くと、彼女がドームの前に立つ。
彼女は、良人が心の中で『バイオレンスロリ』などと罵詈雑言を吐くように、小柄な体躯をしている。
腕も細く、成人男性が破れなかったドームを破れるとは思えない。
それは、特殊能力がなかったら、の話だが。
彼女の身体から、異質なオーラが溢れ出す。
そして、そのままドームに手を伸ばして……とっさに飛びのいた。
「させん!」
それは、浦住の動きを妨害する者が現れたからだ。
軍服に身を包み、学園関係者ではない外部の者。
ロストランド王国の軍人、コルベールであった。
「姫の邪魔をする者は、ことごとく排除する!」
「あー……なんか面倒くさそうなのが出たなぁ……」
浦住は心底気だるそうに、ため息をつくのであった。




