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第41話 ふっ、ちょろいぜ

 










「ありえねえんだわ」


 俺は後頭部に柔らかな感触を感じつつ、天井を見上げながら呟く。

 その声音には、自分でも大量の怒気が混じっていることを自覚していた。


 いや、本当ありえない。

 俺、まだ高校一年生だぞ?


 適当に勉強してクラスでそれなりの地位について、適当に有望そうな女に粉をかけておくくらいが普通だよな?

 だというのに、今の俺がしていることは何だ。


 イキリ中二病どもと超常の力を使って殴り合いをし、身体が傷だらけになりながらも、未成年が殺し合う姿を見て狂喜する悍ましい人間どもを喜ばせている。

 なんだこれは。


 中世どころか古代以下の倫理観になっていないか?


「……なに、その話し方。もしかして、私がそれを拾ってあげないといけないのかしら?」


 綺羅子が呆れたようなジト目で見下ろしてくる。

 おのれ、俺を下に見やがって……。


 まあ、こいつの膝に頭を置いているから、そうなるのは当たり前なんだろうけど。


「別に拾ってくれなくてもいいし」

「すねないでよ」


 頭を撫でられる。

 思いきり手を跳ねのけたくてたまらないが、凄まじく疲れているため、何もしたくない。


 これ、絶対明日になったら筋肉痛になるやつだろ、

 俺、知っているんだからな。


 地獄の苦しみを味わうことになるのが分かっていると、恐ろしくげんなりする。


「見ろ、綺羅子。この傷だらけの身体を。どう思う?」

「愉快」

「この野郎……」


 ニマニマと笑う綺羅子に、怒りを隠し切れない。

 瓦礫の直撃は受けなかったが、身体の皮膚を切り裂く至近弾は何度となくもらった。


 そのせいで、俺の美しい身体や顔に傷がたくさんある。

 跡が残ったらマジで許せん。


 英雄七家って名家なんだよな?

 腐るほど治療費と賠償金を搾り取ってやる……。


「というか、お前のせいで決勝戦もあるじゃねえか。どうするんだよ」

「大丈夫よ。黒杉並の強い奴はいないわ。英雄七家で小さなころから英才教育を受けていたあいつが異常なのよ」


 そりゃそうか。

 決勝戦とはいえ、黒杉や白峰レベルの奴は、もういないのだろう。


「なるほど。つまり、綺羅子一人で十分ということだな?」

「なにが、『つまり』なのかしら? 的外れにもほどがあるんだけど」

「大丈夫だ。白峰もくっつけてやる」

「私、英雄七家みたいな面倒くさい血族は嫌って言ったわよね?」


 その気になれば英雄七家も余裕で落とせると思っているところが凄い。

 まあ、俺も余裕だけど。


 そんなことを考えていると、コンコンと扉がノックされる。


「はーい」

「ぐぇっ!?」


 一瞬の動きだ。

 綺羅子はすぐさま立ち上がって、声を上げる。


 当然、膝枕をされていた俺の頭は地面に落ちる。

 いたぁい!


「いやー、お疲れっす! お二人とも、凄かったっすねぇ。あの黒杉家の息子に勝つなんて……なんで頭を押さえて苦悶しているんすか?」


 入ってきたのは、隠木や立花、クラスメイトたちだった。

 相変わらず透明だから、隠木は分かりづらい。


 俺の方を見て怪訝そうな声を発しているのは分かるが。


「勝利の喜びで踊っていたら転げたのですわ。まったく、良人は……」


 こ、こいつ……!

 自分が地面に叩き落としたくせに、俺のせいにしてやがる……!


 しかも、とんでもなく恥ずかしい理由で!


「ほへー。かわいいところもあるじゃないっすか。枯れた老人とばかり思っていたんすけど」


 どんな印象をお持ちなの?

 枯れた老人ってなんだ。


 俺はギラギラしているだろうが。

 そんなことを考えていれば、立花がひょこひょこと近づいてきた。


 やけに目がキラキラしている。

 なんだ?


「あの、たちばなも凄いと思った! それだけ、言いにきたよ!」

「そう……」


 立花は声を弾ませて言ってくる。

 しかし、俺の心は弾まない。


 いや、俺の代わりに戦いますとか、肉盾になりますとか、そういうことを言われたら俺もウキウキするんだけどなあ……。


「他のみんなは?」

「お坊ちゃんのねぎらいで忙しいっす。彼女たちは黒蜜さんのよいしょ中っす。そんでもって、行橋姉妹は姉が眠くなったので妹が運んで行ったっす」


 特に興味はないが、会話を途切れさせないために聞いてみる。

 クラスメイトたちのことを尋ねてみれば、どいつもこいつも……。


 なんて奴らだ。

 偉業を成し遂げた俺に一言もないとは……。


「褒めてほしいっすか? 仕方ないっすねー。ほら、ウチの胸に飛び込んできていいっすよ?」

「見えないんだけど」


 両腕を広げているのだろうが、隠木が何をしているのかさっぱり見えない。

 あと、人肌の温度が気持ち悪いから無理っす。


『……黒蜜さんの膝枕は?』


 幼なじみだからなあ。

 昔からのことだから、さすがに身体が慣れたんじゃね?


 知らんけど。


「梔子さん」

「ん?」


 声をかけられる。

 見れば、欧州からの亡命者グレイである。


 またこいつか!

 さっきも戦う前に訳の分からないことを言ってきたから、嫌なんだよ!


 話したくなぁい!


「少し、よろしいでしょうか?」


 よろしくないです。


「ああ」

「おー……あのグレイさんからお誘いを受けるなんて。梔子くん以外とは話すらしないのに。いやー、モテモテで羨ましいっす!」


 隠木がケラケラと笑いながら言ってくる。

 嘘つけこの野郎。











 ◆



「何か用かな?」


 俺は呼び出してきたグレイに問いかける。

 マジで面倒くさいな、こいつ。


 何と言うか、厄の匂いが凄いのだ。

 こいつにかかわると、ろくでもないことに巻き込まれる。


 そう思わせる何かがあった。

 まあ、滅びた欧州出身ということだけでも、厄い。


「私が以前あなたにお願いをしたこと、覚えていますか?」

「もちろん。なにせ、つい先ほどのことだからね」


 またそれか。

 俺は辟易とする。


 一度断られたのだから、諦めろよ。

 再挑戦するにしても、もうちょっと時間を空けるだろ。


 数時間って、どういうことだ?

 グレイのお願いは、化け物に支配された祖国の解放。


 そのために、俺に力を貸せと言うのだ。

 ……いや、引き受けるわけないよね?


「そして、同じお願いだったら、俺はそれを断るしかない。俺では、そういった方面で君の力になることはできないだろうからね」

「先の戦いを見させていただきました。素晴らしい力です。あなたと黒蜜さん。あなたたちは謙遜していますが、確実に私たちの力に……民を救うことができます。どうか、どうか考えてくださりませんか?」


 なんで俺が赤の他人のために命を懸けないといけないんだ。

 こいつ、馬鹿か?


「グレイさん。俺は英雄じゃない。見ず知らずの人のために、国を飛び越え、魔物の闊歩する危険な地帯に飛び込み、命がけで戦うなんて崇高なことを、とてもじゃないが言えない」

「……あなたのおっしゃることは尤もです。ですが、ですが……!」


 無表情を崩し、苦悩するグレイ。

 今、俺が言ったのは、純真たる本心である。


 これだけでも、押し切ろうと思えば押し切れるだろう。

 だが、俺はちゃんとフォローする。


 自分のことしか考えないとか思われたらいやだし。

 こまめなんだ、俺は。


 自分の評価に対しては。


「だけど!」


 強く声を張り上げ、グレイの注目を集める。

 さあ、感涙しろ、俺の偽善者ムーブに。


「俺は、グレイさん。君のことは、助けたいと思っている」


 思っていないです。


「え……?」

「だって、俺たちは級友。つまり、友達だ。友達が困っていたら、助けたいと思うのは当然だろう?」


 友達とも思っていないです。

 俺にとっての友達は、利用できる人間だ。


 今のところ、誰もいない。

 どいつもこいつも俺の不利益になることばかりしやがるからな。


 ふぁっきゅー。


「で、では……!」


 希望に目を輝かせるグレイ。

 鉄仮面だと思っていたが、意外と感情表現豊かだ。


 ここで止めてしまえば、俺が手伝うことが確定してしまう。

 それを防ぐため、さらに言葉をつなげる。


「だけど、今俺が君のお願いに応えても、確実に君を助けられるとは思えない。チャンスは何度もあるものじゃない。一度のチャンスを、確実にものにしなければいけないんだ」


 君のためだよー。

 俺のためじゃなくて、君のためを思って手伝わないんだよー。


 そのアピールである。


「今の俺の力だと、君の助けにはなれても、君を救うことはできない。だから、ごめん」


 頭を下げる。

 本当は下げたくないけど、俺の誠実さをアピールである。


 なんて性格のいい好青年なんだ、俺は……。

 思わず惚れ惚れとしてしまう。


「梔子くん! 決勝戦の時間だよ!」


 そんな時、白峰が声をかけてくる。

 グッドタイミング!


 でも、決勝戦は嫌なんだけど。

 誰か俺と代われ。


「ああ、分かった。……じゃあ、行ってくるよ」


 そう言って、グレイに背を向ける。

 後ろめたさをアピールするために顔を見ることはしなかったが、彼女は何も言わなかった。


 つまり、納得したのだろう。

 ふっ、ちょろいぜ。


 俺はうまくいったと、意気揚々と白峰の元へと向かうのであった。


「……そんなに優しくなければ、こんなに胸が痛くならずに済んだのに」


 グレイがブツブツと言っていたことに、気づくことはなく。


「コルベール、動きますよ」




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