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第40話 敗北者! 敗北者!

 










「(あああああああ! もうやだあああああああ!)」


 ヒュンヒュンと空気を切り裂きながら迫る瓦礫を、必死に避ける良人。

 もちろん、ド素人の彼が投擲されたのを確認してから逃れられるはずがない。


 そんな悠長なことをしていれば、彼の身体はハチの巣になっていただろう。

 ただ、勘に従って飛び跳ねているだけだ。


 信じられないほど強い悪運によって、まともに攻撃を受けたことはなかった。

 しかし、身体のすれすれを飛んで皮膚を軽く裂かれるくらいは頻繁にある。


 その程度の傷でも、良人は内心で大騒ぎするほど狼狽していた。


『びっくりするくらいうるさくて笑える』

「(何笑ってんだ寄生虫! 俺を助けろって言ってんだよ!)」


 ブチ切れである。

 こんなに本気で怒る人はいないのではないかというくらい、本気でキレていた。


 まあ、脳内で意識のある彼にとっては、日常茶飯事なので何とも思わないが。


『と言われても僕にできることなんてないしなあ。全力で頑張れとしか言いようがない』

「(マジでお前使い道ないな。何のために存在しているの、お前?)」

『お、思った以上にガチトーンでショックなんだけど』


 本気で存在意義を疑う良人に、そういえば確かに自分は何もしていないような……と思い始めてアイデンティティの崩壊危機に襲われるのであった。


「逃げてばかりじゃねえか。いつまで経っても終わらねえぜ? 逃げるお前の体力も持たねえだろ」

「さあ、ぜえぜえ、それは、はあはあ、どうかな? げほっげほっ」

「満身創痍じゃねえか……」


 大量の汗を流し、肩で大きく息をしている良人。

 素人でもわかる。


 この戦いは、黒杉が圧倒的に優位だと。

 そして、これは下馬評通りである。


 英雄七家の血族。

 小さなころから特殊能力の英才教育を受けてきた黒杉と、つい最近特殊能力に目覚めたばかりの良人。


 前者が優位に戦いを進めるのが当たり前である。

 むしろ、今もなお倒されていないということが、良人の強さを表していた。


「まあいい。ちまちま攻撃するのも飽きたところだ。だから……」


 だが、黒杉がそんな遅滞戦に付き合う通りはどこにもない。

 彼がやるべきは、この二人を倒して人質にすることだ。


 白峰は強い。

 すでに、自分の手下どもはやられているだろう。


 彼が戻ってくる前までに、終わらせておかなければならないのだ。

 だから……。


「これで、終わりにしようぜ」


 影の拳が、強く廃ビルをたたいた。

 ガラガラと崩れると、とてつもなく大きな煙を巻き上げる。


 そして、それは今までのちまちました攻撃ではなく、一気に終わらせる攻撃をするための前準備だった。

 土煙が晴れた時、相変わらず黒杉は瓦礫を持っていた。


 そう、身の丈をはるかに上回る、巨大ながれきを。


「(でかぁい!)」

『でかいねぇ』

「(あれ、俺がプチッと潰れるくらいだよな?)」

『プチッと潰れるくらいだねぇ』

「(俺の無効化、特殊能力にしか効果ないんだよな?)」

『だねぇ』

「ふっ……」


 儚い笑みを浮かべる良人。

 もう笑うことしかできない。


 どうすればいいんだ、これ。

 どうすることもできないじゃん、これ。


 しかし、そのあきらめにも似た笑みは、傍から見ればまた違った風に見えたようで……。


「この状況で笑うか。ずいぶんと余裕じゃねえか」

「よせ。そんなことをしても、意味はない(てか、あんなの殺す気満々だろうが! さっさと止めろや、クソ教師どもぉ!)」


 怒りを露わにする黒杉に、スッと片手を差し出す良人。

 意味深なことを言って時間稼ぎである。


 その間に教師による強制終了が入ってくれることを祈るが、まったく動きはない。

 何してんだあいつら。


 前のレクリエーションと同じでまったくもって使い道にならない。

 外部のマスコミにリークしてやる。


 強く決意した良人であった。


「意味がねえかどうかは、やってみねえと分からねえよ。まあ、今までの戦いを振り返れば、充分効果があると認められるがな」


 良人の【無効化】が特殊能力にしか効果を発揮しないことは、黒杉も理解している。

 今までの攻防で、物理攻撃を無効化していないことから、簡単に推測できた。


 なんとなく避けられて逃げられていたが、これはどうしようもあるまい。

 人外の力を使える影の手で投げつければ、一撃で終わらせられる。


「さあ、ご自慢の無効化で、これをどうにかしてみせろよぉ!」


 巨大ながれきを投げつける。

 先ほどまでの小さな礫と違い、ふわりと上に持ち上げて落とすような形だ。


 だから、あてずっぽうで飛び跳ねて悪運によって生き延びていたのと違い、しっかりと考えて行動することのできる時間があった。

 そのため、良人は今までの人生で一度も発揮したことがないほどの瞬発力で、綺羅子を隣に置いた。


「ところで綺羅子、もう攻撃準備は整ったかね?」

「はっ!? い、いつの間に!?」


 今まで近くにいなかった良人がすぐ側までやってきて、しかも危機的状況に巻き込んできたことに驚きを禁じ得ない綺羅子。

 俺が苦しむならお前も苦しめの精神である。


「(さあ、綺羅子! お前がどうにかしないと、お前も道連れで死ぬぞぉ!?)」

「(くううううっ! 離しなさいよぉ! あなたがプチってなるのを楽しみにしていたのにぃ!)」


 なんてことを考えているんだ、この女。

 良人は戦慄する。


 彼ではこの状況を打破することはできない。

 しかし、綺羅子なら可能だ。


「ええ、もちろんよ良人。あなたの稼いでくれた時間で、これだけのものが作れたわ!」


 重たげな音を鳴らしながら、綺羅子の手のうちに長い槍が現れる。

 深紅のそれは、彼女の怒りを露わにしているようだ。


 迫りくる巨大ながれき。

 そこに、その槍を投げつけた。


「【爆槍】!」


 瓦礫に衝突した瞬間、凄まじい爆発を引き起こす。

 ゴウッと熱と風が襲い掛かる。


 小さな火球まで作る爆発だ。

 本当に小さな礫が良人の頭部に衝突した。


「……^^」

「ご、ごめんなさい……」


 血を流しながらニッコリと笑う良人に、綺羅子は気圧されて謝った。

 青筋が十近くも浮かび上がっていたら、さすがの彼女でもビビる。


「な、んだと……? あの巨大ながれきを、一撃で……!?」


 唖然とする黒杉。

 人一人は当然、二人いても押しつぶせるような、そんな巨大な瓦礫だった。


 それを、一撃で木っ端みじんに粉砕する特殊能力なんて、どれほどの破壊力か。

 これで決めると考えていたからこそ、目の前で起きたことを容易く受け入れることはできなかった。


「ふっ、意味はないと言った理由がこれだ。これからすべて綺羅子が相手をしよう」

「初耳ですわ、良人」


 ニッコリと笑い合う二人。

 よく見られる光景だ。


 仲良しカップルに相応しいそぶりである。

 なお、彼らが笑顔を向け合っているのは、怒りと恨みと憎しみをぶつけ合っているときだ。


 つまり、しょっちゅう怒りをぶつけあっていると言うことに他ならない。


「力を十分に溜める時間は稼いだから、今度は君の番だよ?」

「ほほほっ、嫌ですわ。今一度使ったでしょう? また溜めないといけませんわ」

「…………」

「…………」


 もう笑顔すらなくなった。

 完全な無表情で、お互いを見る。


 この異常性が遠くからでは伝わらず、相変わらず仲良しだと評判になる。

 それは、比較的近くにいるはずの黒杉にも伝わることはなかったので、彼は苛立ちを二人にぶつける。


「くくっ、俺のことを無視して、随分と盛り上がっているじゃねえか……」

「「うるさい」」


 今、目の前の存在を何とかしてやろうと思っているのに、隣から声をかけられれば鬱陶しくてたまらない。

 まず、黒杉に良人のカウンターが襲った。


 と言っても、白峰の時ほどボコボコにされていなかったため、一撃で勝負を決するほどの威力はない。

 しかし、その衝撃は黒杉の足元を崩し、大きく体勢を崩させることに成功した。


 直後、彼に襲い掛かったのは深紅の槍である。

 巨大な瓦礫を一撃で粉砕せしめる、破壊力満点のそれ。


 とっさに、彼は影で強固な壁を作り出す。


「がはっ!?」


 至近距離で手りゅう弾が起爆しても完全に防げるほどの硬さがあっても、綺羅子の【爆槍】は手に負えない。

 その爆発の衝撃で、大きく後ろに吹き飛ばされる。


「「あ……」」


 つい苛立ちに任せてやってしまった二人は、顔を見合わせる。


「……人殺し」

「っ!?」


 廃墟の壁に強く身体を打ち付けた黒杉であったが、もちろん健在である。

 彼は冷静に分析をして、口を開いた。


「……ちっ、これ以上やっても何のうまみもねえな。おい、ギブアップだ」

『勝者、一組』


 二組最後の黒杉がギブアップと宣言したことにより、勝負は決した。

 観客たちの歓声が上がる。


 降参する気満々だったのに勝ってしまった二人は、なんだか釈然としない。

 というか、勝ったから次も決勝戦があるということだ。


 それはマズイ。

 慌ててプライドを刺激する言葉をかける。


「これでよかったのか?」

「まだ戦わせるつもりかよ? ごめんだな。俺は戦うことが好きなんじゃねえ。他人を支配するのが好きなんだ」


 何だ、この社会不適合者は。

 自分たちのことを棚に上げて思う二人であった。


「どうせ、この学園にいたらいつでもお前らと再戦することはある。その時に、捻り潰してやるよ」

「(負けたくせに何を言ってんだこいつ)」

「(敗北者! 敗北者!)」


 自分の思い通りにならない者にはすこぶる辛辣な二人である。

 そんな彼らの内心も知らず、黒杉は手を上げて去って行った。


「せいぜい次も頑張れよ」




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