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第4話 それはひょっとして

 










 むくりと身体を起こす。

 俺の頭に浮かんでいるのは、純然たる怒りだ。

 清々しいまでの憤怒の炎が燃え盛る。


「……ねえ? 何してくれてんの?」


 怒りに震えながら尋ねれば、なぜか綺羅子もブチ切れている。

 どうして……?


「……それはこっちのセリフなんだけど? あなた、私を完全に囮に使おうとしたわね?」

「二人一緒に死ぬより、どちらかが犠牲になって一方が生き残る方がいいよね? 最大多数の最大幸福だよね? 分からないの?」

『多分意味が間違っていると思う』


 違わない。

 この世に生まれたすべての生物は、俺に利用されることこそが至上の幸せである。


「私が不幸になってあなたが幸福になるくらいだったら、諸共地獄に堕ちるわ」

「覚悟完了しすぎ!」


 なんで俺が地獄に堕ちなければいけないんだ!

 どう考えても天国行きだろうが!

 そんなことを考えていれば、時間も過ぎる。

 そもそも、追手の声が聞こえてから逃げようとしていたのに、こんなところで時間を食ったために……。


「いたぞ、ターゲットだ!」


 山なのに黒服革靴というとてつもなく動きづらそうな格好で現れる政府の家畜ども。

 ターゲットって……暗殺の目標みたいなこと言ってんな。

 綺羅子をヤるんですね、分かります。


「ん、もう一人は……」

「……もう一人も捜索願いが出ているな。どうして二人でいるのかは分からんが、一石二鳥だ」


 綺羅子も逃げ出していたんだったな。

 現実から逃げるな。

 俺たちが二人でいることに気づいた黒服たちは、どこか納得したようにうなずいた。


「ああ、そういう関係なのかな?」

「違います」

「違います」

『息ぴったりじゃん……』


 俺と綺羅子は、心底嫌そうな顔をしていた。

 自分の顔は分からないが、おそらくそうだろう。

 駆け落ちでもしたと思われたのだろうが、そんなことは万が一にもありえない。

 こいつと添い遂げるくらいだったら男色になる……。


「いきなり特殊能力があると言われて、混乱したことは分かる。だけど、このまま逃げても、君たち自身にいい結果をもたらさない。大人しく戻りなさい。子供のわがままに、いつまでも大人を付き合わせてはいけないよ」


 黒服の男が、一歩前に出て言う。

 まるで、大人が子供を諭すような言いぶりだ。

 上から目線腹立つわぁ……。


『いや、実際君は子供であっちは大人じゃん』


 精神は誰よりも大人だから。


『ジョークかな?』


 さて、黒服に囲まれてしまった以上、もはやどうすることもできない。

 この状況から逃げる?

 物理的に不可能だ。

 俺が特殊能力持ちということもあって、それを捕らえようとするこいつらもそうだろう。

 少し前に目覚めたばかりで、そもそも自分の能力が分かっていない俺と、能力を十全に理解して鍛え上げてきた軍人。

 うん、勝てない!

 そもそも、能力を使われなくても抑え込まれる自信がある。

 ならば、ここは少しでも自分の評価を上げることを考えよう。

 駆け落ちでこれだけの大騒ぎを起こしたのだということになれば、よくない傾向だ。

 若気の至りとして微笑ましく見てくれるかもしれないが、それは多くの人を巻き込んだ理由にはならない。


『本当はもっと利己的で、ただ現実逃避したっていう理由なんだけどね』


 言わなければ誰も知らないからセーフ。

 ここで、俺がとるべき起死回生の一手とは……!


「すみません。でも、俺は彼女が逃げたいと言うんだったら……彼女の意思を尊重し、手助けしたかったんです……っ!」

「!?」


 俺はほろりと涙を流す。

 愕然と俺を見るのは綺羅子だ。

 顔を手で覆い……綺羅子にだけ分かるように口角を上げる。

 分かるかね?

 これがさえた男の素晴らしいアイディアだよ。


『うわっ! 自分のために逃げたんじゃないアピールだ! 全部の責任を綺羅子に押し付ける気だね!』


 ふっ、天才的だろ?


「ああ、そういう理由で……」

「ち、ちがっ……!」


 顔を真っ青にして、納得してくれた黒服に詰め寄ろうとする綺羅子。

 だが、そうはさせん。

 ずっと俺のターンだ。


「何が違うんだい、綺羅子。どうしたって言うんだい、綺羅子」

「~~~~っ!!」


 今度は顔を真っ赤にして、俺を睨みつけてくる。

 さ、殺意が満ち溢れている……。

 いったいどうして……怖い……。


『あんまり煽っていると、背中を刺されるよ』


 寄生虫の忠告を受けるが、何ら問題ない。

 大丈夫。

 こいつに人を刺す勇気はないから。


『嫌な信頼だ』


 殺人とまではいかずとも、誰かを傷つけるという行為は、現代社会においてそれなりの責任を背負わされる。

 そして、俺たちはその責任というものが大嫌いだ。

 だから、その心配はない。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 ……ないはずだ。


「お互いのことを思っているのであれば、なおさらだ。大人しく戻ってきてくれれば、手荒な真似はしない。君は数少ない、男の能力発現者なのだから」


 気づかわし気に声をかけてくる。

 クソ……!

 何とかならないか……!?

 俺の評価は、すべての責任を綺羅子に押し付けることに成功したから、落ちることはないだろう。

 まあ、若気の至りという奴でいけるはずだ。


「…………」


 俺は先ほどから黙っている綺羅子に視線を向ける。

 なあ、綺羅子……痛い痛い痛い痛い。

 俺のケツをつねるな。

 ここぞとばかりに復讐してきやがる、この女……!


「くっ……!」


 しかし、学園には絶対に入りたくない。

 間接的徴兵とかごめんである。

 将来、国家公務員になって他人のために化け物と命がけの戦いを強要されることになるのだから。

 地獄である。

 自分のためでも命を懸けるのは躊躇するのに、それが他人とかもはや意味が分からん。

 何とかしなければぁ……!


「ねえ、もう話をしても仕方ないでしょ。さっさと終わらせたらいいじゃないの」


 俺が必死に頭を回転させていると、別の黒服の女が一歩前に出てきた。

 先ほどから俺たちに声をかけている奴とは違って、どうにも粗雑な印象を与える。

 そして、明らかに面倒くさそうだ。


「おい、そんな乱暴な話があるか」

「でも、こいつは戻る気なんてないでしょ。あたしたちはそれを無理やり連れ帰るのが任務。これ以上、ガキのわがままに時間を使いたくないのよ」


 苦言を呈されているが、頭をガリガリとかいて吐き捨てるように言う女。

 何だこの性悪ブス。

 俺に喧嘩を売っているのか?

 俺だってお前らみたいな税金泥棒と会話する時間が無駄だわ。


『怒りの導火線みじかっ。でも、君があっちの立場だったら?』


 たかだか十年ちょっとしか生きていないクソガキが俺に迷惑をかけるなんて許さん。

 それが恋だの愛だのくだらない理由によるものだとしたら、なおさら万死に値する。


『うーん、このダブルスタンダード……』


 俺が思うのはいいが、他人が俺に思うのは許さん。

 とりあえず、相手が少しでも嫌な気持ちになるようにしよう……と思っていたら、先に綺羅子がブチ切れていた。


「今の話し方を聞いてれば、ガキはどちらかと思いますけどね」

『そして、こっちの女の子も導火線みじかっ』

「……は? 馬鹿にしてんの? あんたは女だから、優しくしてあげようと思っていたのに」


 ギロリと睨みつけてくる女。

 彼女も特殊能力持ちで、しかも荒事に対する経験や訓練も積んでいるだろう。

 なので、迫力が凄い。

 超怖い。

 それを感じ取ったのか、綺羅子は……。


「(それはお願いしたいわね)」


 みたいなことを考えてそう。

 だが、ダメです。

 君は俺よりもひどい目に合わなければならない義務があります。


「はー。やっぱり、駆け落ちなんてするガキンチョは、男でも女でもバカなのよね」

「相手がいないひがみですか?」

『自分がバカにされたら数倍にして返さないと気が済まないタイプだよね、君たち』


 俺がニッコリ笑って言えば、うつむいて動かなくなる。

 やれやれ、また勝ってしまったか。

 敗北を知りたい。

 ……と思っていたら、女は顔を上げる。

 ……お目目、血走っておられますよ?


「あー……もういいわ。さっさと死ね」

「ふぁっ!?」


 唐突に女から火球が放たれた。

 何それ魔法!?

 う、撃ってきやがった!?

 いきなりどうして!?


『それはひょっとしてギャグで言っているの?』


 非常に焦っていると、綺羅子が腕にしがみついてきた。

 硬いっす。柔らかさが皆無っす。


「(ちょおおおおおっ!? 何とかしなさいよ! あれ、凄く痛そうなんだけど!)」

「(お前が煽ったんだろ! お前が何とかしろ!)」

「(止めを刺したのはあなたよ!)」


 周りから見えないように押し付け合い。

 どちらかを前面に押し出そうとするが、周りの目を気にしてうまくいかない。

 ちょっ、もう目の前に来てる来てる来てる来てる!


 ああああああああああああああああああ!!



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