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第39話 お、俺の美しい顔がああああああ!?

 










 太陽は強く照り付けている。

 そのため、影は色濃く地面に映し出されていた。


 黒杉の影が、ぐにゃりと蠢く。

 そして、それは地面からゆっくりと引きはがされ、ゆらりと彼の後方で待機する。


 さらに、うねうねと形を変えたかと思えば、それは槍のように鋭い形状となった。


「俺の影は使い勝手が良くてな。こんなふうに、武器に変えることもできるんだよ」

「……ちなみに、それに刃は?」


 大事なことである。

 絶対に聞きたいことを良人は尋ねた。


「おいおい、影に刃なんてあるわけねえだろ?」

「ですよねー^^」


 ほっと息を吐く良人。

 そりゃそうだ。


 刃物なんてものは、競技大会でも認められないだろう。

 武器の持ち込みが禁止されている時点で、そこはやはり教育機関だと思う。


 初めて特殊能力開発学園に敬意を表する良人であった。


「まあ、切れ味はそこらのなまくらの何倍もあるだろうがな」

「綺羅子ぉ! 君の力を借りたい!」


 即座に肉盾を用意しようとする良人。

 早く、自分の前に立たせなくては……!


 しかし、振り返ればかなり離れた場所から高みの見物を決め込む綺羅子。

 いつの間に移動したのか、彼女はそこからニッコリと笑みを見せる。


「良人も知っていると思うんですけど、私の力を使うためには溜めが必要なんです!」

「初耳ですけどぉ!?」


 溜めなんて大して今までしていなかっただろうが!

 必死の怒鳴り声も届かず、影で作られた槍が良人に迫る。


 さすがに殺しはしないだろうが、あれに刺されれば耐え難い激痛を味わいそうだ。

 普通に嫌だ。


「(うひいいいいいいいいいいっ!?)」


 心中で情けない悲鳴を上げつつも、決して見栄えは悪くさせない。

 きっと睨み、不動の状態でその攻撃を待ち……良人に直撃する直前、それが掻き消えた。


「あ? 俺の影が霧散した?」


 不可解そうに首を傾げる黒杉。

 何かの間違いかと、何度も影で形作った槍を良人に放つ。


 それが、10本も同時に向かわせ、全方向から彼を串刺しにしようとして、すべてが無効化されたことによって、その攻撃も一時止める。


「ふっ、俺には君の力は効かないみたいだな。そう、俺にはね。他の人には非常に効果的だろうけども」

「ちょっと」


 綺羅子には効くからそっちに攻撃をしろアピールである。

 安全を悟っていつの間にか近づいてきていた綺羅子が、ゲシゲシ足を蹴ってくる。


 痛い。

 一方で、観客は大騒ぎである。


『無効化』。

 今年入学した特殊能力者の中でも、もっとも強い力の一つだろう。


「(ふー、ビビらせやがって。よくよく考えたら、俺に特殊能力って効かないんだったわ。マジでビビり損。謝れ、雑魚助。見逃してやっからよぉ)」

『自分が優位だと思ったら途端に調子に乗りだした!』


 その後、黒杉はさらに攻撃を強くして繰り返した。

 10本だった影の槍は50、100へと増えていく。


 空を覆いつくさんばかりの黒い武器が、絶え間なく襲い掛かってくる。

 普段の良人ならちびっていたかもしれない凄惨な光景だが、絶対に自分に通用しないと過信してからは、すっかり余裕の笑みである。


 ただ、やっぱり怖いのは怖い良人であった。


「ふっ……何かしたか?」

「(うわぁ、これ以上ないくらい調子に乗っている……)」

『さっきまでのビビりは何だったんだってくらいだ……』


 どや顔を披露する良人にイラっとする綺羅子と脳内生物。

 しかし、傍から見れば、彼の整った容姿もあって、とても格好よく見えるのだ。


 観客席からは歓声が上がり、SNSなどでも高評価である。


「ふん、随分と使い勝手のいい力みてえだな。特殊能力の無効化か。かなり強大じゃねえか」

「降参するか?」


 良人、これまでにないほど調子に乗りに乗りまくる。

 もうウキウキである。


 しかも、相手は上から目線野郎の黒杉。

 彼が自分の前に無様に無力感に打ちひしがれて跪く姿を妄想して、笑いが止まらないくらいだ。


 だが、良人は明らかに英雄七家の血族を過小評価していた。

 というか、調子に乗っていた。


「バカ言え。お前の力は確かに強大だ。だが、対応の仕方はいくらでもある。たとえば……」


 近くの廃墟に攻撃する黒杉。

 ガラガラと瓦礫になって崩れていく。


 それを影の大きな手で複数掴むと……。


「こんな風にな」


 思いきり良人たちめがけて投げつけたのであった。

 影の腕力はすさまじく、彼らの動体視力ではまったく捉えることができなかった。


 ただ、後方でズドン! と着弾した音が聞こえたくらい。

 そして、その直後、ピッと良人の頬を裂いて、血が流れる。


 痛い。


「な?」


 獰猛にほくそ笑む黒杉。

 その笑顔を向けられるだけでも震え上がりそうになるのだが、良人は……。


「(お、俺の美しい顔がああああああ!?)」


 違う方向で震え上がっていた。











 ◆



『激しい戦いが繰り広げられています! これが、本当に一年生の戦いでしょうか!?』


 実況は目を輝かせて声を張り上げる。

 現在、一組と二組の戦いは、二つ勃発していた。


 一つは、攻め込んだ白峰とそれを迎え撃った二人の二組生徒の戦い。

 もう一つは、特殊能力によって一気に距離を詰めて奇襲を伺っていた黒杉と、それを見破って真正面から戦いを始めた梔子、黒蜜の戦いである。


 白峰と黒杉は英雄七家。

 良人と綺羅子は駆け落ちカップル。


 彼らが特殊能力を存分に振るって戦う姿は、観客たちの心を大いに掴んでいた。


『確かに、まだ入学して数か月とは思えないほどの、高いレベルの戦いです。英雄七家の血族である黒杉くんや白峰くんならまだしも、それに食らいつく生徒がいるとは、驚きを隠せませんね』


 解説者は冷静に言いつつも、内心では驚いていた。

 特殊能力開発学園で激しい競争を行い、現在でも特殊能力を使って国家に奉仕する彼女をもってしても、驚きを禁じ得ない。


 とくに、良人と綺羅子は、いい意味で期待を裏切ってくれた。


『一進一退の攻防が繰り広げられていますね。どちらが戦闘を優位に進めているとかはありますか?』

『そうですね。まず、白峰くんたちの戦いは、もうすぐ決着がつくでしょう。白峰くんの勝利です』

『さすが英雄七家の血族ですね』

『そんな彼にここまで食らいつけている二人の生徒も見事です』


 白峰と戦う二組の二人を賞賛する解説。

 しかし、その実力差は、数の有利がたったの一つでは、覆すことは不可能だった。


 白峰の光の弾丸が、遂に二人を捉える。

 後方に吹き飛ばされた二人は、立ち上がることができない。


 ここに、一つの戦いが終わる。

 観客たちの歓声が、さらにひときわ高くなる。


『そして、梔子くんたちの戦いですが……これは、本当に一進一退の攻防が繰り広げられていて、結果が想像できませんね。しかし、特殊能力が直接的に効かないと分かると臨機応変に対応してみせた黒杉くんが、優位に戦いを進めていると見ていいでしょう』


 良人と綺羅子、そして黒杉の戦いは、黒杉が優位に進めていた。

 特殊能力の強力さで言えば、前者になるだろう。


 しかし、熟練度と扱い方に関して言えば、後者が圧倒的だ。

 経験値の差。


 それが、良人と綺羅子を追い詰める大きな要因だった。

 ……まあ、綺羅子が一切戦わず、もっぱら半泣きになっている良人のみが戦っているというのも大きな理由だろうが。


『いや、期待はしていましたが、それ以上の戦いが起こっています。目が離せません!』


 傍から見れば激戦となるように立ち振る舞っている良人。

 彼らの戦いも、直に終わる。


「実際凄いわよね、あの二人」

「たちばなもあれだけ特殊能力を扱える自信はありません」

「私もぉ」


 素直に良人と綺羅子を賞賛するのは、一組の独立派である。

 白峰派は彼の活躍に黄色い歓声を上げ続けているし、反抗期派は綺羅子を懸命に応援していた。


 独立派は二人……とくに、矢面に立っている良人を見ていた。


「いやいや、あれはあの二人が異常なだけっすよ。数か月前から特殊能力を自覚して、ここまで扱える人なんて知らないっす」


 隠木が、誰にも見えない状態で苦笑いしながら答える。

 良人みたいにほとんど使いこなしている者なんていないし、むしろいたら驚く。


 自分たちの十数年間は何だったのかという話だ。


「隠木ちゃんも使えるじゃない」

「ウチはガキの頃からやらされていたっすから。あの二人は誰かから教えを受けたわけでもなく、英雄七家と互角に殴り合っているんす。凄いと言うか、それを通り越して……」


 鋭い目が、良人に注がれる。


「……不可解っすよねぇ」


 隠木がそう呟いていたころ、離れた場所で一人戦いを見ている者がいた。

 試合前、良人に接触したグレイである。


 彼女は、じっと見ていた。

 その表情は、強い決意と覚悟にあふれていた。


「…………断られましたが、これだけの力を見させられて、引き下がるわけにはいきません」


 スマホを起動すると、すぐに連絡をとった。


「コルベール、行動を起こす準備を」




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