第38話 君がオフェンス、俺がディフェンスだ
黒杉は目の前に立つ二人をじっと観察する。
少しでも目を離せば、手練れなら一瞬で距離を詰めて攻撃することが可能だからだ。
しかも、特殊能力なんて異常な力を持っていれば、近づかなくても攻撃することができる。
だから、決して油断なく見据えた。
その観察の結果、この二人はド素人であることが分かる。
立ち姿、足の運び方、息遣い。
どれも、その辺にいる一般人と変わらない。
つまり、脅威度は大きく下がったと言える。
それでも、潜んでいた自分を見つけて攻撃できる視野の広さはある。
やはり、油断して目をそらすことはなかった。
「まさか、少し前まで一般人だった奴らに、俺の居場所がばれるとはな。予想外だよ。見くびっていて悪かったな」
「(もしかして、あいつこっそり近づいてきて俺たちのことをボコボコにしようとしたんじゃないか?)」
「(卑劣ね。卑劣様ね)」
コソコソと影口をたたく。
こういう他人にばれないでコミュニケーションをとる手段はすでに確立されてある。
「あ、どうした? 会話もできねえのか?」
「俺たちは君ほど余裕があるわけじゃなくてね」
「何言ってんだ? 数の差はそっちの方が多いんだから、有利なのはそっちだぜ?」
「冗談は止めてほしいですわ。英雄七家に、私たちが油断すると思って?」
それを聞いて、黒杉は愉快そうに笑う。
「くくっ、いいねぇ。調子に乗らねえのはいいことだ。突然特殊能力なんて魔法みたいな力を渡されて、勘違いする奴が多くて堪らねえよ。そういう連中は、一人残らず叩き潰したくなる」
この学園に来てから、苛立ちは増すばかりだ。
どいつもこいつも、突然現れた特殊能力で、万能になったかのようにふるまう。
それどころか、自分たちは他の人よりも優れていると、選民思想を抱く者も少なくない。
それの、何と滑稽なことか。
真の選民は、自分のような選ばれた人間なのだ。
断じて特殊能力が発現しただけのガキどもではない。
「お前は見た目もいいし、分を弁えているようだ。どうだ? 俺の女になる気はねえか?」
好色じみた目が綺羅子に向けられる。
彼女は、容姿も優れている。
少なくとも、黒杉がこの学園に来て見た中では一番だ。
テレビに出ていた芸能人よりも可愛らしく、きれいだ。
考え方もしっかりしているし、そういう女を侍らせるのは悪くない。
なお、綺羅子は背筋をぞわぞわさせていた。
虫が自分の身体をはい回るような感覚に似ていた。
そんな彼女に、良人がニッコリと笑いかける。
「(よかったな、綺羅子。お前の望んでいた玉の輿だぞ)」
「(だ! か! ら! 英雄七家みたいなクソややこしい一族なんかに嫁入りできるか! あと、俺様って私の趣味じゃないのよ!)」
上から目線。
それは、下に見られることを許容できない二人には、絶対に認められないことである。
ぐいぐい引っ張ってくれる男が好きだと、俺様系が好きな女もいるが、綺羅子にはまったく理解できなかった。
ただの勘違い野郎ではないか。
ふぁっきゅー。
「いえ、それはできません。私には、すでにこの人と決めた方がいるので」
そう言って、綺羅子は意味深そうに隣に立つ良人を流し目で見る。
ちょっと服の袖をつまむのもアクセント。
「(おい! なんで俺を見るんだ、止めろ!!)」
この女、巻き込みやがった……!
完全に黒杉と綺羅子だけの問題だったのに、そこに無理やり良人をねじ込んだのだ。
『本当は君のことが好きなんじゃない? きゃあっ!』
「(ぶっ殺すぞ! こいつの言う『この人』って、『私のことを養ってくれて家事とか全部やってくれる都合のいい人』だぞ!?)」
『この人に込められている意味が多すぎない?』
ギュルルル、と脳内が回転する。
邪悪な笑みを浮かべる綺羅子。
これのどこが美しい少女なのか、良人は世界中に問いただしたい気分だった。
「(こいつ……! ちゃっかり俺にヘイトを集めやがった……! ありえねえ……!)」
「はっ! そういえば、馬鹿なカップルが入学前からにぎわせていたよなあ。とんだ色ボケカップルだと思っていたが……まあ、いい」
「(何が?)」
何が「まあいい」のか。
何もよくないだろうが。
黒杉としては、あの報道にあった駆け落ちの時点で、彼らはそこらの有象無象と同じだと思っていた。
その一点においては、認識を改める必要があるだろう。
「まさか、君がこちらに来るとは思っていなかったよ。白峰と戦うものだとばかり思っていた」
なんでこっちに来てんだ。
化物同士殺し合ってろ。
良人の切実な訴えである。
「俺はそんな面倒くさいことはしねえよ。あいつと戦うのは労力を要する。面倒くせえんだ。だから、あいつとやるときは、正々堂々のタイマンなんてやらねえんだよ」
負けるとは思っていない。
白峰にも勝つ自信はある。
だが、無傷で労力を費やさずに勝てるかと問われれば、それは無理だろう。
なら、そういうことは避けた方がいいに決まっている。
「あいつは正義感が強いからなぁ。俺がお前らをボコって、人質にしちまえば、あっさりと降参するだろうさ」
「(えー、それは疑問でござるぅ。俺のこと、滅多打ちにしていたし)」
『ことあるごとに針で刺すね、君は』
根に持つ男、良人。
デモンストレーションでぼこぼこにされたことは、末代まで祟るレベルで根に持っていた。
「(……うん? ということは、良人がまたボコボコにされるということ? 愉快だわ)」
すでに自分が戦うという選択肢は除いている綺羅子。
また翻弄されて半泣きになりながら戦う良人は見たい。
背筋がいい意味でゾクゾクする。
身体も火照ってしまうくらい好きだった。
「とくに、あいつは女好きだからな。女の方も仕留めてやれば、簡単に物事は進むだろうさ」
「(残念だったな、綺羅子。お前もだ)」
「(クソ!)」
一人勝手に安全圏に逃げようとしても、世界がそれを許さない。
むしろ、黒杉の優先度的には、綺羅子の方が高い。
彼女を人質にした方が、白峰にとっては効果がありそうだからだ。
それに、黒杉も男。
男よりも女と身近にいたいと思うものだ。
「さあ、抗ってみせろよ。英雄七家の力になぁ!」
ゴウッと溢れる威圧感。
正直、気配とかオーラとか威圧感とか、まったく関知することのできない二人。
ただ、危機察知能力に関しては、野生の小動物並みに高い。
なんとなくやばいと判断し、行動に出る。
「よし、綺羅子。君がオフェンス、俺がディフェンスだ。前に立ちなさい」
「ディフェンスに守ってもらいながら攻撃したいわ。あなたが前に立ちなさい」
『ここで押し付け合いは止めようよ!?』




