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第37話 自分で責任とれよ!

 










「さあ、いよいよ始まりますね、今年の競技大会が」


 実況の声は興奮を隠しきれていなかった。

 特殊能力開発学園で行われる競技大会。


 一年に一度の祭典だ。

 それを、テレビ越しにではなく直接見ることができ、しかも実況することができるのは、これ以上の幸せはないと思える。


「そうですね。毎年のことですが、国民の皆さんは大いに期待されていることでしょう」


 解説は比較的冷静だ。

 彼女は特殊能力開発学園のOGである。


 解説に呼ばれるほどなので、彼女は優秀であり、競技大会にも出場した経験を持つ。


「特殊能力の往来での使用は原則禁止ですからね。このように激しく正々堂々と特殊能力同士がぶつかり合うのは、めったにお目にかかることはできません」

「ですから、学生諸君には精一杯頑張っていただきたいですね」

「あまり一年生の競技大会には注目が集まりませんが、今年は例外ですね」

「それもそうでしょう。あれだけ入学前ににぎわせたのは、彼らくらいでしょうから」


 解説もコクリと頷く。

 学園に長く在籍し、競技大会で名を上げるというのは、今までもあったことだ。


 しかし、入学前から全国的に有名になったのは、彼らが初めてだろう。


「二年生や三年生の競技大会とは違い、一年生は特殊能力に慣れていないということもあって、どちらかと言えば人気が劣ります。それでも、数十パーセントの視聴率がありますが」


 特殊能力を扱うことに長けた上級生の戦いは、まさしく映画が現実化したような興奮を巻き起こすものだ。

 それに比べれば、一年生の競技大会は、注目度は落ちる。


 しかし、今年は違う。


「しかし、今回は特別です。あの駆け落ちカップルとして社会で賛否両論を巻き起こした梔子くんと黒蜜さんがいます!」

「彼らがどのような特殊能力を使うのか、どのような戦い方を見せてくれるのか。とても楽しみですね」


 有名人が出てくるとなれば、やはり観戦したくなるものだ。

 視聴率も取れるだろうと、実況はウハウハである。


「しかも、今回は英雄七家のお子さんたちも参加します。強大な彼らを相手に、どのように向き合うのか」


 しかも、国民的人気の高い英雄七家の血族も出るときた。

 もはや、裏番組を圧倒的に突き放すことができるだろう。


 実況は感涙する。


「さあ、試合はもう間もなくです!」











 ◆



「黒杉くんの特殊能力は、影を操るんだ」

「白峰くんとは正反対ですね」


 最後の作戦会議だ。

 一刻も早く止めたいところだが、白峰が真剣な顔をして言うものだから、聞かざるを得ないような感じになっている。


 綺羅子も適当に相槌をうっているが、面倒くさいオーラが出ているぞ。


「自然に発生する影を操ることもできるし、それを利用することもできる。僕が使う光も使い勝手がいいけど、黒杉くんのそれも負けないくらい扱いやすいよ」


 しかし、影か。

 中二病全開の特殊能力だな。


 しかも、少し歳をとっているとはいえ、俺らくらいの世代ならもうたまらんだろうな。

 あのヤンキー、自分の能力を特別で格好いいとか思ってそう。


 しかも、英雄七家はあの一斉検査ではなく、それよりも前に自分の特殊能力を知っていただろうから……。

 あいつ、こじらせまくっているんだろうなあ……。


 さて、そんな中二病黒杉くんではあるが、その力は非常に強いだろう。

 俺のことをボッコボコにしてくれた白峰がそう言うのだから、間違いない。


 では、そんな化け物をどう対処するか。


「じゃあ、とりあえず黒杉は白峰に任せて、後は俺たちに任せてくれ」

「ええ、その通りですわ」

『押し付けた!』


 俺と綺羅子はニッコリと笑って、白峰にパスした。

 ほら、適材適所というやつだ。


 強い奴が強い奴と戦う。

 当たり前だよなあ?


「何かしら因縁がある。それがなくとも、同じ英雄七家として戦ってみたい相手だろう? なに、お前の邪魔はさせないさ。露払いは任せてくれ」

「ええ、頑張りますわ」


 しかし、そのまま伝えたら逃げた感じになるので、白峰がしたがっていることを応援する良識あるチームメイトを演じる。

 実際にこいつが黒杉と戦いたがっているのかは知らん。


 しかし、白峰は感動したように顔を輝かせる。


「二人とも……。ありがとう、絶対に勝ってみせるよ!」


 なんか勝手に感謝してきて笑えるんだけど。

 生贄に感謝されるってどういう展開なんだろう?


 まあ、俺にデメリットないからいいんだけどね。


「(よし、これで押し付けられたな)」

「(そうね。あとはいい感じに降伏するだけよ)」

「(ふっ、利害が一致したな)」

『何なんだ、この二人……』


 珍しく綺羅子と意気投合する。

 まさか、こいつと協力プレイをすることになるとはな……。


 ……ちょっと油断したら、後ろから奈落の底に突き落としてやろう。


『さあ、今回のフィールドは市街地戦を想定した廃墟フィールドです! 精一杯頑張ってください。また、教師陣が危険だと判断した場合は、即座に止めますので、悪しからず』


 審判の一人である教師が声を張り上げる。

 目の前の校庭は、巨大な市街地になっていた。


 ……いや、おかしくね?

 明らかにいつもの校庭より広くなっているよね?


 しかも、この廃墟の建物群はどうやって出したんだ?


『特殊能力じゃないかな?』


 マジかよ。

 もう何でもありだな、特殊能力。


 教師が危険だと判断したら止めてくれるらしいが……。

 今だ。


 今が危険だからすぐに止めよう。


『では、開始!』


 残念ながら試合が始まってしまう。

 話し合いで解決できないの?


「僕が黒杉くんをたたく。二人はゆっくりと敵の方に接近し、各個撃破していって!」


 どうやって白峰を黒杉のところに持って行こうかと考えていたが、自分から突っ込んでくれるらしい。

 あまりにもアバウトな作戦だが、化け物と戦ってくれるのであれば、不満などあるはずがない。


「ああ、気をつけろよ!」

「頑張ってください!」

「ありがとう!」


 そう言うと、白峰の身体が光って、飛んで行った。

 ……あんな超人と戦わせられたのか。


 俺、かわいそうすぎるわ……。


「(……よし、鉄砲玉が旅立った)」

「(適当に時間を潰しましょうか)」


 俺と綺羅子はアイコンタクトを交わす。

 意思疎通が楽でいい。


「(ああ。何もしていないと悪い印象を見ている奴らに与えてしまうから、見当違いの方を探す感じでいこう)」

「(そうね)」

『自分たちの評価は下げず、決して他者と戦おうとしないその姿勢、グロイ』


 寄生虫の言葉は無視して、二人して歩き始める。

 もちろん、白峰が向かった方とは逆だ。


 あいつが近づいていった方に黒杉含めた敵がいるだろうから、俺たちはそこから離れて行っているということになる。

 自分の身の安全を第一に。


 これ、とても大事なこと。

 しっかし、この廃墟はよくできているなあ。


 戦闘のために作り出された場所なので、もちろん人影はない。

 しかし、本当に人が住んでいて、戦争などで使用できなくなったような、そんな場末感があった。


 さて、普段だったらやばい奴がいたら嫌だから決して入らない裏路地にでも入ってみようか。

 そう思って進むと、綺羅子がピタリと足を止めた。


 彼女は、心底嫌そうに顔を歪めていた。


「(うわっ、(よしひと)じゃない)」

「(おかしいな。今、俺の名前が変なニュアンスで聞こえたんだけど)」


 確かに、路地の壁に虫がいた。

 これも特殊能力ってわけじゃないよな?


 だとしたら力が強大すぎて気持ち悪い。


「(私、気持ち悪くて無理なのよ……)」

「(でも、戦場と真逆の方に行くにはここを通るしかないぞ)」


 顔を青ざめさせる綺羅子に、俺は嘘を言う。

 そんなことはない。


 遠回りすれば、当然迂回路もあるはずだ。

 でも、綺羅子が嫌そうな顔をしてくれるのは嬉しいことだから……。


 もっと絶望に表情を歪めてほしいので、ごり押しする。


「(仕方ないわね……)」


 ふうっとため息をつくと……。


「そこにいるのは分かっていますわよ、『爆槍』!」


 特殊能力で深紅の槍を作り、それを投げつけたのであった。

 バカげた殺人破壊力なので、当然虫は消し飛ぶし、それどころか建物すら破壊する。


 こっわ。

 個人が巨大なビルを破壊するってなに?


『そ、そこに敵がいるのかい!? 僕は何も感じなかったよ』


 寄生虫は驚いているが、何も分かっていないこいつに俺が驚かされる。

 いや、いないだろ。


『……え?』


 いないぞ、たぶん。何も。

 あいつ、虫が気持ち悪いから敵がいる風を装って爆風で吹き飛ばしただけだぞ。


『えぇ……』


 この試合は全国生放送らしいし、だからこその行動だろう。

 気持ちは分かる。


 でも、爆風と砂煙が凄いからお前ぶっ飛ばすぞ。


「(でも、虫嫌いって普通だし、むしろ評価は上がるんじゃね? 守ってあげたいとかいうバカな男もいそうだし)」

「(ありきたりすぎてダメね。埋没するわ。もっと個性を出さないといけないのよ)」


 何言ってんだこ、こいつ。

 思わず白い眼を向けてしまう。


 どんな個性で適当に都合のいい男を捕まえるつもりだよ。

 ま、何でもいいや。


 綺羅子の奇行が知れ渡った方が面白いし。

 さて、さっさと戦場とは逆方向に向かうか。


 そんでもって、一対三で白峰がぼこぼこにされているタイミングを見計らって、敵チームに言うのだ。


『これ以上苦しむ白峰を見たくないから降参する』とな。

 これで、俺は仲間を思って無念のリタイヤをする慈悲深いイケメンとなるのである。


 完璧な白旗の上げ方だ……。

 決まったな、俺の輝かしい未来。


『どうか天罰が当たりますように』


 寄生虫さん、とんでもないことを言ってくれる。

 その時はお前も道連れだからな。


 そんなことを思いながら、安全圏に歩いていこうとすると……。


「くくくっ。白峰以外はタダの雑魚だと思っていたが……どうやらそうでもないらしい」


 ……中二病をこじらせたエセヤンキーの声がした。

 おかしいな。


 絶対にここにいないはずの人の声が聞こえてきたぞ?


「(…なんだ綺羅子。お前、急に随分とドスの利いた声になったんだな)」

「(は? あなたの声でしょ? そもそも、がっつり男の声だったし……)」


 俺と綺羅子が目を見あって首を傾げる。

 バカな……あの濁声が綺羅子のものではなかった、だと?


 当然、白峰でもなかった。

 ということは……?


「参考までに聞かせてくれよ。俺の隠密に気づいた理由をな」


 砂煙からゆっくりと現れ、髪をかき上げていたのは、黒杉だった。

 ……黒杉?


 俺の脳内は激しく混乱しているのだが、しかし今は大勢の人から見られているのである。

 俺の寄生先となる将来の嫁もいるかもしれないのだ。


 身体は勝手に格好つけていた。


「……ふっ、聞かせてやれ、綺羅子」


 全部綺羅子がやったんです!

 俺は関係ないので許してください!


「……あなたが教えてくれたんじゃない、良人」

「!?」


 ニッコリと笑ってとんでもないことを言う綺羅子。

 テメエ! 自分が虫を消し飛ばすためにやった結果だろうが!


 俺に押し付けねえで自分で責任とれよ!

 というか、そもそもなんで黒杉がこっちにいんだよ!


 ふざけるなああ!




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