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第36話 話が違う!!

 










「ぬあああ……行きたくぬぇぇぇ」


 俺はトイレの個室に引きこもって、そう声を上げていた。

 さすが国立。


 トイレもきれいだ。

 というか、男の絶対数が少なすぎて、汚れるほど使われていないのだろう。


 どうでもいいけど。


『まだ言っているのか。その往生際の悪さは目を見張るべきものがあるね』


 へへっ。


『褒めてないっての』


 競技大会という名の見せしめ処刑まで、時間はわずかとなっていた。

 なんで少し前まで一般人だった俺が、訳の分からん殺人能力を使った戦闘に駆り出されているんだよ……。


 絶対おかしいよ……。

 人権団体の人たち、俺を守って。


『でも、トイレに引きこもっていても、本当にどうしようもないと思うよ。もうエントリーもしているし、今から逃げたって君の悪評が立つだけだ』


 癪だが、寄生虫の言う通りだ。

 そうだよなあ。


 ここで逃げて、俺の評価を上げる言い訳が思いつかない。

 白峰のことを信頼し、かつ成長を期待してあえて俺は出なかったと、というのは……?


 ……ダメだな。

 あんまり意味が分からないし、喜ぶのは隠木くらいだろう。


 何だあいつ。

 やるしかないのかなぁ。


 ……トイレに窓もないみたいだし。


『窓があったら逃げていたな、君……』


 堂々と逃げるのは難しいからね。


『第一試合は、一組と二組です。出場選手は集まってください』


 寄生虫の声とは違うアナウンスが響き渡る。

 あーあー、私日本語ワカリマセーン!


『ほら、呼ばれているよ』


 え、何だって?


『急に日本語が分からない人になったのかな?』


 仕方ない。

 トイレで籠城したところで、どうにもならん。


 まあ、いいや。

 適当にさっさといい感じに白旗を上げよう。


『同じことを考えて白峰くんにボコボコにされていたよね、君』


 あれは特殊能力のデモンストレーションとか言いながらインファイトをしても全く止める気のなかったクソロリ教師が悪い。

 そんなことを考えながらトイレを出て、廊下を歩く。


 もう直接コロシアムに行こう。


『もう君の中であそこはコロシアムなんだね……』


 あれを校庭と言っているのは絶対におかしい。

 闘技場じゃん、あれ……。


「ん?」


 嫌な気持ちになりながら歩いていると、廊下に人影が。

 それは、不愛想転校生ジェーン・グレイだった。


「……お待ちしていました、梔子さん」

「グレイか。どうしたんだ、こんなところで?」


 相変わらずの無表情で俺を見るグレイ。

 それが不気味さとかを与えず、ただただ好感を覚えられるのは、恵まれた容姿だからこそだ。


 まあ、俺には及ばないが。

 しかし、いったいどうしてこんなところにグレイが……。


 独立派にいつつも白峰派に近いはずだから、あいつの応援に行くなら理解できるのだが……。

 どうして俺のところに……。


 はっ! もしかして、代わってくれるのか?

 女神か?


「少し、お話をさせていただきたいのです」


 あ、面倒くさそうだ。

 しかも、代わってくれるような話でもなさそう。


 よし、拒否しよう。


「申し訳ないが、これから試合なんだ。その後じゃダメかな?」


 苦笑いしつつ言う。

 ちなみに、その後は適当に言い訳をして逃げるつもりである。


 おら、さっさと退けや。

 格好いい白旗の上げ方を考えないといけないんだからよぉ!


「短時間で終わらせます」


 しかし、グレイも引くつもりはないようだ。

 あー、もう。面倒くさいなぁ。


 そんな気持ちを隠しつつ、尋ねる。

 まあ、どうでもいいような簡単な話だろ。


「何かな?」

「私たちの国を救ってほしいんです」


 嫌です……。











 ◆



 俺はコロシアムの中に立っていた。

 もう完全に逃げられない……。


 俺が現れたことにより、観客たちが一斉に沸き上がる。

 まあ、俺はイケメンだからな。


 それは仕方ない。

 だが、こうして盛り上がっているのって、未成年を殺し合わせて喜ぶようなクソ連中なんだよな。


 倫理とかどこに置いてきたの?

 本当、恥を知れ。


「遅かったわね。逃げたかと思って呪詛を吐いていたわ」


 スッと近づいてきて、ジトッとした目を向けてくる綺羅子。

 ナチュラルに呪詛を吐いていたと告白される。


 ビビるからやめろ。


「ふっ。俺がお前を残して逃げるわけないだろ?」

「息を吐くように嘘を言わないでくれるかしら?」


 あれ? 白い眼を向けられているぞ?

 おっかしいなあ。


 適当な女だったら、簡単に騙されてくれるというのに……。

 やはり、不俱戴天の仇である綺羅子。


 今回の競技大会で何とか屠れないだろうか?

 フレンドリーファイヤー、囮、肉壁……。


「ああ、梔子くん! よかった、心配していたんだよ。どうしたんだい?」


 綺羅子抹殺計画を考えていると、白峰が近づいてくる。

 訳の分からない電波欧州人に絡まれていました、とは言いづらい。


「クラスメイトから熱烈な応援を受けていてね。それの対応をしていたんだよ」

「そ、そうか。僕よりも人気者のようで嬉しい限りだよ……」


 自分よりも人気者がいるのは嫌なのだろう。

 面倒くさい奴だな、こいつ。


 有象無象の人気なんてくれてやるわ。

 ただ、金持ちで俺を甘やかしてくれる女は渡さんぞ。


 勝手に落ち込んでくれても構わないのだが、今回の競技大会ではもっぱら白峰に動いてもらい、傷ついてもらう必要があるのだ。

 士気は上げておいた方がいいだろう。


 俺はやれやれと思いつつも、彼と肩を組む。


「馬鹿やろう。白峰、お前はこの戦いで大活躍をするんだ。そうしたら……」

「そ、そうしたら?」


 ゴクリとのどを鳴らして、期待するように俺を見る白峰。

 そんな彼に、俺は安心させてやるような笑みを見せてやる。


 サービスだぜ。

 俺の輝くような笑顔は、巨万の富に匹敵する価値があるからな。


「クラス中の女子はもちろん、綺羅子ですらもお前を慕うようになるだろう。白峰大ハーレムの完成だ」

「だ、大ハーレム!」


 目をキラキラと輝かせる白峰。

 ちなみに、俺はハーレムとか絶対に嫌だ。


 何が楽しくて赤の他人を複数人も侍らせなければいけないのか。

 気を遣いすぎて倒れるわ。


 やっぱ、一人の大金持ちのヒモになるのが最適解だわ。


「頑張れるな?」

「もちろんだよ! 僕にすべてを任せてくれ!」


 全身からキラキラを発しながら、白峰は立ち上がる。

 よし、いい感じに囃し立てることに成功した。


 しっかり張り切って肉壁になってくれることだろう。

 ちょろいぜ。


『君というやつは……』

「こんなに張り切らせて大丈夫なの? 空回りして私の身に危険が及ぶのは許さないわよ」


 コソコソと綺羅子が話しかけてくる。

 お前に危害が及ぶのは何ら問題ないじゃん。


 何言ってんだ、こいつ?


「大丈夫だろ。こいつ、無駄にむちゃくちゃ強いし」

「確かに、あなたボッコボコだったもんね」

「何笑ってんの? 笑えないんだけど」


 あれは俺の中で一生忘れることのない怒りと恨みだ。

 たとえこの先何があろうとも、俺は決して白峰を許さない。


 死んでも許さない。

 ついでに、馬鹿教師の浦住もだ。


 ふぁっきゅー。


「しかし、油断はできないね。相手はあの黒杉くんだから」

「ああ、あの……」


 俺の脳裏に浮かび上がるのは、イケイケのクソ生意気なガキである。

 エセヤンキーか。


 そういえば、初戦はあいつのクラスか。

 まあ、もともとこの学園は一学年四クラスしかないから、すぐにぶつかっていたんだろうけど。


 ヤンキーは喧嘩慣れくらいしているだろうが、今回は特殊能力を使った戦いである。

 俺を一方的にボコボコにした悪逆非道の白峰がいる限り、こちらに敗北はない。


 勝ったな。


「でも、白峰くんの方が強いんですよね? 頼りにしていますわ!」


 ここぞとばかりにすり寄る綺羅子。

 こ、こいつ……! あんなに白峰が生理的に受け付けないとか散々に言っていたくせに……!


 白峰! 俺のことも守ってくれ!

 しかし、彼は難しい表情を浮かべる。


「期待に応えたいところなんだけど、それはどうか分からないな」

「……え?」


 え?

 綺羅子も困惑するし、俺も困惑する。


 そんな中、前からゆっくりと歩いてくるのは、黒杉たち2組の3人だ。


「よお。初戦からお前らとやれるなんて思ってもいなかったぜ。俺を楽しませてくれるんだよなあ?」

「ああ、僕たちは負けないよ!」


 二人して何やらキラキラした青春群像劇を披露してくれているが、そんなものを微笑ましく見る余裕はない。

 ちょっと待って。


 そう言えば、黒杉も英雄七家なんだよな?

 もしかして、あいつも白峰と同等、もしくは格上なのか?


「「…………」」


 俺と綺羅子は目を見合わせる。

 話が違う!!


『何も違わないでしょ』




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