第34話 戦力
校舎裏の、誰も来ない場所にジェーン・グレイはいた。
ここに人が寄り付かないことは、転校してきてから時間をかけて調査をしていたので、確かである。
いまだ誰ともつるむことなく、一匹狼を貫いている彼女。
しかし、グレイのクラスには独立派なる一匹狼たちが大勢いるので、最初こそ遠巻きに眺められていたものの、すぐにそのうちの一人だとみなされて、白い眼を向けられることはなくなっていた。
彼女は携帯を取り出すと、素早く誰かにコールした。
「コルベールですか? 私です」
『おお、姫。御無事で何よりです』
電話越しの男の声は、歓喜に震えていた。
今となっては、数少ない連絡の取れる同胞だ。
グレイも、鉄仮面の下で気持ちを和らげる。
「……姫は止めてください。国を追われた今、そのように呼ばれる資格など、私にはないのですから」
『何をおっしゃいますか。私にとって……いや、我らロストランド王国の軍人にとって、残された王族はあなた様のみ。姫こそが、我ら国家の象徴なのです!』
「……そう、ですか」
コルベールは、自分のことをとても敬ってくれている。
ひいては、自分たちの祖国――――ロストランド王国のことも。
その気持ちは、非常に嬉しい。
しかし、今の自分を敬られるのは、グレイの心を責め立てていた。
国土も、国民も守ることができず、今こうして自分だけが安全な日本という国に逃れているのだから。
こういう時、王として君臨していた父なら、父を支えていた母なら、どういう風に対応していたのだろうか?
『ところで、私と電話をすることは可能なのですか?』
「コルベール、ここは軍学校ではありません。特殊能力者を養成し、鍛え上げる学園ではありますが、軍人のように厳しく律されているわけではないようです」
特殊能力開発学園では、携帯は個人で所有が許されている。
全寮制の学園のため、外出は気軽に行うことはできないが、外部との連絡は取ることができる。
もちろん、安易に学園内の情報を漏らすことは固く禁じられているが……。
卒業生のほとんどが公務員として召し抱えられることになっていても、軍人を育てるための教育機関ではないということだろう。
しかし、それが電話先のコルベールをいらだたせる。
『何とも忌々しい……。平和ボケにもほどがある。小さなころから厳しく鍛え上げなければ、あの憎たらしい魔物どもを皆殺しにすることはできないというのに……!』
自分たちの国が滅び、どうしてこんなバカげた国が生き残っているのか。
その不条理さが、我慢できなかった。
「この日本は、あの魔物の氾濫を抑え込んだ実績があります」
『偶然でしかありません、姫。こんな平和ボケした国が、魔物どもを……ありえない。そもそも、氾濫した規模も、わが国とは比べものにならないほど低レベルで小規模だったのでしょう。そうでなければ、わが国があのような目にあって、こんな国が平凡と生きのこっているなんて、認められるはずがない!』
コルベールは一切認めない。
しかし、事実として、日本はいまだに健在だ。
しかも、国内にダンジョンが発生し魔物が突如として溢れ出したにもかかわらず、だ。
国内に発生したわけではないが滅びたロストランド王国と比べると、やはり違う。
ダンジョンから守り切った国とそうでない国の違いは、特殊能力者の出現の速さという初動の違いである。
とはいえ、コルベールにその話をしても、彼の怒りや考えが変わることはない。
グレイはすぐさま言葉を返す。
「……話の趣旨がずれていますよ、コルベール。私が話してしまったことが原因で、申し訳ない」
『な、なにをおっしゃいますか!』
「話を戻しましょう」
『そ、そうですな。では、お伺いします、姫』
一拍置いて、コルベールは尋ねた。
『我が国を救えるであろう人材は、そこにはおりますか?』
「……正直言って、期待外れと言っていいでしょう。この国では、まだ一年生から激しい訓練を課しているわけではないようです。特殊能力はどういったものかといった知識の習得や、ちょっと特殊能力に触れる程度の授業しかありません。数年ここで学んだ上級生は別なのでしょうが、上級生とはほとんど交流がないため、なかなか手を伸ばせません」
グレイがこの国にやってきたのは、強大な特殊能力者に、ロストランド王国にはびこる魔物どもを撲滅してもらうためである。
今、世界中のほとんどの国が、自国以外の他国に援助をすることは不可能だ。
抑え込みに成功した日本やアメリカもまだ国内にダンジョンが残っていて、いつまた溢れ出すか分からない。
また、今現在も生存をかけて魔物と激しく戦争をしている国だってあるのだ。
そんな状況で、すでに滅ぼされた国を助けろと言われて、頷く国なんてない。
しかも、国家の防衛力そのものである特殊能力者を国外に出せと言うのだ。
そんな要求を呑む国は、どこにもない。
では、どうするのか?
強硬手段に出るしかないのだ。
そして、その対象は、今グレイが机を並べている特殊能力開発学園の一年だ。
しかし、数か月前までは特殊能力に触れず、一般人として生きてきた彼女たちだ。
国を救えるような使い手がいるはずもない。
『では、すぐさま退学の手続きを。時間の無駄です』
「いえ、ですが、例外がいます」
『例外?』
結論を急くコルベールを制止する。
「まず、この日本には英雄七家と呼ばれる家が存在します」
『ああ。私も調査しております。魔物の氾濫の際、最も早く特殊能力に目覚め、魔物たちを押しとどめた七人の英雄の末裔だと』
日本にダンジョンが現れ、魔物が氾濫した時。
真っ先に特殊能力に目覚め、その力を、魔物から人々を守るために使った七人の英雄。
彼らの一族は人々から大いに敬意を持たれ、結果として財閥などよりも権力を持つに至った。
それが、英雄七家である。
「その子供が、この一年生に数人います。彼らの特殊能力は強大で、他の学生と違って扱う練習もしていたようです。彼らならば……」
英雄七家の子供たちは、その特権を使って先に特殊能力の有無を調べられ、その力を育てている。
そのため、特殊能力を扱う力は、すでにこの学園に入学前から持っているのだ。
『では、その者たちを!』
「ですが、英雄七家です。ただでさえ国際問題になりうることをしているのに、彼らを標的にすれば、敵国として扱われても不思議ではありません。壊滅した祖国の復興には、支援が不可欠ですから、日本を敵に回すことはできません」
当たり前だが、現在日本において重要人物である英雄七家の一族。
その子供を強制的に協力させたとして、日本との関係に亀裂が走らないはずがない。
援助が必要なのに援助は受けられず、それどころか報復だってされかねないのだ。
『では、どうするのですか?』
コルベールの言葉に苛立ちが混じる。
「……この学園に一年生は、将来有望な宝の山です。即戦力とはならずとも、数年も経てば立派な特殊能力者になる」
『なるほど、青田買いですな? しかし、我らには即戦力が必要なのも事実。養成する余裕は……』
この学園に入学しているのは、特殊能力が発現した者の中でも、特に強い力を持つ者だ。
戦い方も特殊能力の扱い方もまだ知らないひよこたちだが、いずれは強大な戦力になってくれることだろう。
彼女たちを連れ去るというのが、できる唯一の手立てだ。
だが、もちろんこんなことは一度しかできないこと。
時間が経てば経つほど、祖国の奪還は難しくなる。
だから、即戦力が必要なのだ。
その該当者は、二人だけいた。
「……二人だけですが、英雄七家のようにバックグラウンドがしっかりしておらず、しかし他の追随を許さないほど強大な特殊能力を持っている者がいます」
『おお、では彼らを……!』
「ええ。最初はもちろんお願いをします。ですが、それでうまくいかない場合は……」
グレイの脳裏に浮かび上がる、クラスメイトの二人。
他の級友たちから信頼され、慕われている二人だ。
そんな彼らを思い浮かべるグレイの目は、鋭さを増していた。
「梔子 良人と黒蜜 綺羅子。この二人を、拉致します」
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