第32話 独立派(笑)
「で、私を無理やり副リーダーにしてくれやがったクソゴミカス良人くん」
「一息にとんでもなく罵倒してくれたな、お前」
学園内の誰も来ない場所で、俺と綺羅子は向かい合っていた。
同じ空気を吸うのは嫌なのだが、まあ我慢してやろうではないか。
めちゃくちゃ悪口を言われたから、凄いテンションが下がっているけど。
「なんだよ?」
「白峰くんと仲間たちはもともと競技大会に肯定的。反対派だった鬼宮さんたちも私があやつ……説得して賛成に回ってくれたわ」
操っているって言おうとした?
いや、間違いなく洗脳なんだろうけど。
あれだけ反対派で批判的だった連中が、そろいもそろって舎弟になっていた。
あまりにも手際が良すぎて、怖い。
「あとは、独立派よ」
……毎回思うんだけど、なにそのネーミングセンス。
えーと……なんだっけ?
白峰の味方派閥と、鬼宮たちの反対派閥。
そして、どちらにも属さない独立派閥か。
クソ面倒くさいな、このクラス。
20人しかいないのに、なんで派閥なんて作っているんだよ。
ぶっ飛ばすぞ。
「あなたには、その独立派をまとめる義務があるわ」
「え、嫌ですけど? なんで俺がそんなことをしないといけないんですかねぇ。リーダーと副リーダーがやるべきっすよ。がんばっ♡」
「キモイ。くたばれ」
俺の精一杯の応援を受けて、心底気持ち悪そうに切り捨てる綺羅子。
どうしてだよおおお!
しかし、本当に俺が独立派閥を説得する理由が分からない。
だって、そもそも俺が競技大会に肯定的ではないから。
自分もクソだと思っていることを他人に勧めることができるだろうか?
いや、できない。
「今更嫌がっても遅いわ。白峰くんには私から、まだあまり乗り気じゃない子たちは良人が何とかしますって言っておいたから」
「勝手なことをしてくれたな、貧乳」
「ちなみに、白峰くんが嬉しがってクラスの色々な人に言っているから、もう良人がやることは確定済みよ」
「勝手なことをしてくれたな、クソ坊ちゃん」
綺羅子も白峰もバカとアホだ。
どいつもこいつも……!
俺、何にも言っていないのに……。
まあ、仕方ないか。
こうした状況で俺が何もしなければ、俺の評価が下がるだけだ。
その時は綺羅子の評判も一緒に道連れにするつもりだが、できる限り避けたいところだ。
「はあ、まあいいや。適当に口車に乗せればいいんだろ? ちょろいわ」
「そうよ」
『詐欺師同士の会話かな?』
◆
「というわけで、独立派筆頭隠木 焔美っす! 以後、夜露死苦!」
相変わらず姿の見えない隠木が、声を張り上げる。
中学生のヤンキーかな?
頻繁に俺の部屋に出没したと思えば、その時は透明化していないくせに、相変わらず外ではずっと透明化を続けている。
別に、隠す必要はないと思うが、家の事情もあるのだろう。
……その反動か知らんが、俺の部屋に来るのは止めろ。
息抜きできん。
放課後、俺は独立派(笑)の連中と会うために教室に残っていたのだが……なんでこいつがここにいるんだ?
「……なんで君がここにいるんだ?」
「え? だから、あのグループのどっちにも属していないからっすけど?」
「いや、君は白峰くんの幼なじみじゃなかったっけ?」
「だからって、味方するわけじゃないっすよねぇ」
「えぇ……?」
困惑する俺。
いや、味方してやれよ……。
白峰も、まさか隠木からそのようなことを言われているとは、夢にも思っていないだろう。
「まあ、独立派なんて格好つけた言い方をしていても、ウチらははみ出し者っす。他のグループと違って毎日遊んだり一緒に行動したりしているわけでもないっすし」
「へー」
隠木はそう言って笑う。
一人で過ごすというのはとても好感を覚える。
とはいえ、興味ないわ、陰キャどものことなんて。
『他人を一切信用しない陰キャ筆頭が何を言っているの?』
「自由ってことだよ。たちばなたちは、人間関係の面倒くさいしがらみからは解放されているんだ」
そう声をかけてくる。
いや、話しかけてきたというよりは、自分で自分を納得させる独り言のようなものだった。
そちらを見ると、おかっぱ頭が特徴的な女子生徒が、脚を組みながら頬杖をついていた。
態度わるっ。
「立花さん……」
「うわ、びっくり。たちばな、あなたとちゃんと話したことないのに……」
俺が名前を呼べば、目を丸くしてやっと俺を見た。
別に、見てほしいわけじゃないけど。
というか、君は一人称が『たちばな』なの?
名前はともかく苗字って独特すぎない?
「もちろん、クラスメイトだからね。性格はよく知らなくても、顔と名前は一致させているよ」
適切な媚びを適切なタイミングでとらなければならない。
八方美人の辛い所ね、これ。
「凄い。一切知らないたちばなが悪い感じ」
ああ、悪いぞ。
俺みたいなイケメンを知らないのは、女として生まれてきた意味がない。
「ちょー。初対面から弾むとかなしっすよ。ウチのことをもっと構えー」
ズシッ、と背中に重みが!?
透明になっている隠木が抱き着いてきたのだろう。
ええい! お前、無駄に乳がでかいから重たいんだよ!
どけ!
「隠木ちゃんがこんなに懐いているのって初めて見たわ。いや、見えないんだけど」
さらに声をかけてきたのは、立花ではない女子生徒。
ボブカットに薄い色素の髪色。
常に余裕があって、いたずら気な笑みを浮かべている。
「行橋さん(妹)……」
「隠木ちゃんに抱き着かれ? ていると思うんだけど、一切反応変わらないわね。枯れているの?」
行橋(妹)である。
ギャルっぽい女で、立花よりも社交性が高い。
そういう意味では、隠木もそうだけど。
友人もそこそこいそうなので、仲良しグループに入っていないのは驚いた。
どうでもいいけど。
「クラスの友人にドギマギしないよ」
「え、それはおかしくない?」
乳を押し付けられて、どう興奮しろというのか。
金だ。万札だ。
それが億単位で詰まれていたら、さすがの俺も興奮は避けられない。
「ねえ、お姉ちゃん。本当に彼が興奮しないのか、確かめてよ」
「えぇ? どうすればいいのぉ?」
行橋(妹)に声をかけられた女が、眠そうに対応する。
行橋(妹)と同じくボブカットで色素の薄い髪。
しかし、妹は目をパッチリとさせているのに対し、彼女は垂れ目でいかにも眠そうだ。
ほとんど同じ容姿をしている、行橋(姉)である。
双子らしい。
ややこしいわ。
「抱きしめてあげるとか。そのおっぱいで顔を挟んであげるのよ!」
行橋(妹)が面倒くさいことを言っている。
ダメだろ。
「いいよぉ。おいでぇ?」
行橋(姉)もなぜか受け入れ態勢を整える。
馬鹿かこいつら!
俺が人肌ダメなんだよ!!
『人肌がダメな人間ってなに?』
「以上が、このクラスの独立派っす!」
声が喜色ばんでいる隠木が、そう締めくくった。
……これ、どう説得すればいいんだ?




