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第28話 面倒くさああああああい!!

 










 そこは、かつて良人と白峰が戦ったコロシアムのような校庭である。

 絶賛競技大会が開かれているこの場所では、本日いくつもの名勝負が繰り広げられた。


 それは、特殊能力と特殊能力がぶつかり合う戦い。

 超常の力を使った戦いは、まるで空想のおとぎ話のようである。


 そのため、本来は決して入ることの許されないマスコミが学園内に入ってきて、リアルタイムで中継する人気ぶりだ。

 そして、その目玉というのは、今年はやはり【駆け落ちカップル】であろう。


 特殊能力検査から逃げ出し、日本中で話題になった少年少女。

 元々人気のある大会であるが、例年以上に注目を集めるものとなっていた。


『高いレベルの華やかな大会をお届けしようとしていましたが、まさかこのような形で皆様の元にお届けできないのは、本当に残念でなりません』


 実況のアナウンサーが言う。

 彼の目線の先、そしてカメラがとらえているのは、映画やアニメなどよりもはるかに超人的で、しかし現実に起きている素晴らしい特殊能力同士のぶつかり合い……などではない。


 本来、それが行われている校庭は、真っ黒なドームで覆い隠されて、中の様子を窺うことができない。

 それは、中で戦っているとある特殊能力者の力なのだが、実況泣かせの力だった。


『今も、中で激しく美しい戦いが繰り広げられているのでしょう。それをお伝え出来ないのが、もどかしくて堪りません』


 歯がみしつつ、そのドームを睨む。


『駆け落ちカップルとして有名な梔子 良人くんと、黒蜜 綺羅子さん。そして、彼らと戦う欧州からやってきた亡国の姫、ジェーン・グレイさんの戦いは、現在も続いています!』











 ◆



 黒いドームの中は、実況や観客が期待しているような、若い学生たちのお互いを高め合う素晴らしい戦いが繰り広げられていた……というわけでは、まったくなかった。

 むしろ、その温度差は灼熱の砂漠と絶対零度の凍土くらいあった。


 立っているのは、良人と綺羅子、そしてグレイ。

 そして、辺りに倒れているのは、それぞれのクラスメイト。


 チーム戦であり、途中で仲間が倒れることもあるだろう。

 だが、この空気は、まるで戦場に漂っているようなシビアなものだった。


「まさか、こんなふうに君と向かい合うことになるとは思わなかったな」

「そうですか? 私は必ずこのようになると思っていましたよ。あなたは、私の期待通り……いえ、期待以上の人でしたから。こうなるのは、必然。運命なんです」


 向き合って話をするのは、良人とグレイ。

 二人の間にあるのは、競技という枠組みを明らかに超えた、殺伐とした雰囲気。


 それこそ、今から始まるのは……いや、すでに始まっているのは、お互いの生死をかけた戦いのようだった。

 それに望む彼女の表情は、微塵も揺るがない。


 氷のような冷たさ。

 ジェーン・グレイは、アンドロイドのように無機質な表情を、良人たちに向けていた。


「こんな運命は、俺は好きじゃないな。……なあ、グレイ」

「何度も言うように、私はこの展開を望んでいたんです、梔子さん」

「この展開を? 俺は……いや、俺たちは、君を心から歓迎し、君にここを本当の居場所だと思ってほしいと、そう思っていたんだけどな。それは、俺たちの片思いだったようだ」


 そこには、悲痛な色が混じっていた。

 良人が、真にグレイのことを思いやっている(大嘘)ということが伝わる。


 だからこそ、根っからの悪人ではない彼女の表情も、初めて苦しそうに一瞬だけ歪んだ。


「…………っ。今は、何を言ってもあなたたちに響かないでしょう。私は、それだけのことをしているのですから。私のために、あなたたちを傷つけている。それは、重々承知しています」

「そう思えているのでしたら、今からでも遅くありませんわ。引いてください。そうすれば……」


 次に訴えかけてきたのは、綺羅子だ。

 彼女もまた、悲し気に表情を変えて(演技)、必死に思いとどまるよう声をかける。


 しかし、グレイは首を横に振る。


「ここまでのことをしているんですよ、黒蜜さん。私は、もう引くことは許されないんです」


 倒れている人々を見る。

 それは、すべてグレイがやってのけたこと。


「この日本……聞いていた通り、素晴らしい人材が大勢います。まだ未成年の学生であるにもかかわらず、その才覚は目を見張るべきものです」


 さすがは、魔物の氾濫を耐え抜いた国ということだろう。

 アメリカや中国もそうかもしれないが、このように若い時から特殊能力者を鍛え上げているのは、非常に理にかなっている。


 そう言う人材が、自分には必要なのだ。


「だから、私たちには、あなたたちの力が必要なんです。とくに……」


 グレイの目が、良人と綺羅子を捉える。


「梔子さん、黒蜜さん。あなたたち二人の特殊能力は、まさしく私たちの国を……欧州を救うことができるものです」


 綺羅子の【爆槍】は、破壊力が際立っている。

 強靭な肉体を持つ魔物でも、一撃で屠れるほど。


 そして、良人は世にも珍しい二つの特殊能力持ち。

 しかも、それは絶対の盾となる【無効化】と、反撃の矛となる【カウンター】である。


 彼らがいれば、国の状況を一変させることができるかもしれない。

 いや、できるだろう。


「当初、大勢の日本人についてきてもらうつもりでした。戦うためには、数が……兵が必要ですから。しかし、あなたたちを見て考えが変わりました」


 数多くの日本人を拉致して、魔物たちと戦わせる。

 その必要はなくなった。


「あなたたちさえいてくれれば、欧州……そして、私たちの国を取り戻すことができます」


 手を差し伸べる。

 このようなことを仕出かしながらも、救いを求めるように。


「お願いです。私たちに、ついてきてください」


 それに対して、二人は答える。


「お断りします」

「お断りします」


 即答&却下であった。

 考える余地もない。


 一瞬の乱れもなく、同時に言いきった。


「……それは、私たちを助けたくないと……?」


 そんなことを言いつつも、それはそうだろうとグレイは思っていた。

 自分たちのために、拉致して命がけで化け物と戦わせようと言うのである。


 逆の立場ならば、自分だって強く反発していたに違いない。

 だが、二人は怒りでバッサリと斬り捨てたわけではなかった。


「いろいろ理由はあるさ」

「ええ。今の私たちでは、あなたの助けになることはできない。それは、間違いありませんわ。なにせ、数か月前まで、特殊能力も知らずに暢気に生きていた一般人ですもの。それに……」


 あくまで『自分たちは助けたいと思っているけど力不足で申し訳ないから……』という意志表示。

 助けたくないと思われては面倒くさい。


 他人からの評価を上げることに余念のない二人は、珍しく共闘していた。

 だが、これだけだったら、『じゃあ助けてくれ』という話になる。


 そのため、綺羅子はさらに続ける。


「このような形で協力を要請する人のことを、助けられませんわ」


 そう、あくまで『お前が悪い』というアピール。

 本当は助けたいと思っているけど、力不足だし、そもそも頼み方がね……。


 全部こっちのせいではなく、全部あんたのせいだと押し付けたのだ。

 こういうところは、本当にうまい。


「そう、ですか。そうでしょう。私も無理なことをしていることは、重々承知。それでも……」

「君は、頼み方がおかしいんだよ」


 やれやれと首を横に振る良人。


「頼み方? 日本で言う土下座でもすればいいのですか? 私の身体を好きにしてもいいと言えば、助けてくれるのですか?」

「そんなはずないだろ」

「(真顔で断った……)」


 穏やかな笑みから、グレイに負けないほどの冷たい無表情で答える。

 隣に立つ綺羅子も、ちょっと引く。


 今の良人にとって、そういう話はNGだ。

 なにせ、似たような展開で隠木に陥れられ、白峰と血だらけインファイトをする羽目になったのだから。


 こうしてはっきりと断れたのは幸運だった。

 グレイは、それこそ必要なら眉一つ動かさずに身体を使うだろう。


 隠木ほどではないが、メリハリのある肢体だ。

 それが武器になると彼女と同じく知っているし、目的のためなら何ら躊躇することなく行使できる。


 ……良人にとっては、悪手以外のなにものでもないが。


「君は、ただこう言えばいいんだ」


 ここで良人、最高のイケメンスマイルを披露する。


「友達として、助けてくれと」

「とも、だち……?」


 まさかこのようなことを言われるとは思っていなかったグレイは、普段の鉄仮面を崩して目を丸くする。


「私たちは、級友。つまり、友人ですわ。脅迫も、見返りも必要ありません。ただ、助けてくれと言われれば、良人は助けてくれます」

「もちろん、綺羅子もな」


 二人とも、最高の笑顔をグレイに向ける。

 醜い押し付け合いは、彼女に伝わっていないからセーフである。


 グレイに見えない後ろで、お互いの背中をつねり合っているのは内緒である。


「そう、ですか。私は、最初から間違っていたんですね……」

「どうだろうか? 今からでも遅くはない。皆に謝って、また一緒にクラスメイトとして日常を過ごそうじゃないか」

「凄く、いいですね。とてもときめいてしまいます」


 良人と綺羅子は戦うことが嫌いである。

 痛い思いをしてしまうからだ。


 だから、なんとなくいい感じに戦わずにこの勝負を終わらせて、グレイを警察に突き出してやろうと画策していた。

 しかし……。


「ですが、もう遅いんです」


 それは、グレイの覚悟を止めるには、少し及ばなかった。


「ここまでして、今更引き返すことなんてできません。私は、最初の意思を貫き通します」


 グレイから溢れ出す、戦闘のオーラ。

 敵意とも殺意とも違う、闘気である。


 それは、良人と綺羅子を圧倒し、錯乱させるには十分だった。


「(お前! 全然説得できとらんやんけ!)」

「(誰ができるって言ったのよ! 一言も言っていないわよ、そんなこと! 馬鹿に人間の言葉なんて通じるわけないでしょ!)」


 小声で怒鳴り合うと言う器用なことをするが。もちろんグレイはそれを待ったりはしない。

 脚に力を籠め、そして二人に襲い掛かった。


「さあ、行きますよ!」

「(ぬあああああああああああああ! もう面倒くさああああああい!)」


 このような事態になったことを説明するには、少し時をさかのぼる必要がある。




第二章スタートです!

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