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第26話 バッドエンド

 










 焔美は良人の部屋にいた。

 そこには、すでに綺羅子の姿はない。


 一瞬で離脱していた。

 危機管理能力の高さは、他の追随を許さない。


 そのため、なぜか重苦しい雰囲気を醸し出す彼女といるのは、この部屋の主である良人のみ。

 一人で逃げた綺羅子に対し、内心で呪詛を吐いていた。


「おかしいと思うっす」


 そんな時、焔美が呟いた。

 今、彼女は透明化をしていない。


 ほぼ常時特殊能力を行使している彼女にしては、非常に珍しい。

 長くふわふわとした黒い髪。


 前髪も長く、目を完全に隠している。

 しかし、彼女はコロコロと表情を変えるから、目が見えなくとも十分に感情表現豊かである。


 制服を身にまとっているが、あまり肌をさらさないようにしている。

 だが、制服の上からでも起伏に富んだスタイルは一目瞭然だった。


 良人でなければ、目を引き付けられていたに違いない。

 そう、人の見た目に一切頓着しないこの男でなければ。


「……何がかな?」

「どーう考えても、梔子くんの黒蜜さんに対する特別扱いがあるっす」


 また面倒くさいことを言い出しやがって。

 その悪態は、決して口に出されることはなかった。


「いや、そんな意図的にしていることはないよ。ただ、幼馴染だからね。ずっと昔からいたから、ちょっとは気安いかもしれないな」

「いやいや、そんな生易しいものじゃないっす。だって、押し倒していたじゃないっすか」


 もちろん、見られていたのは錯乱していた綺羅子が脱ごうとしていたのを止めていた時である。

 案の定だ。


 あの女がすることに巻き込まれて、面倒くさいことに巻き込まれ続けている。

 全部あの女が悪い。


「あれは誤解だって言っているだろう?」

「それにしては随分と楽しそうでしたけど?」

「(こいつ、性根だけじゃなく目玉も腐っているのか?)」


 どこが楽しそうだったのか、小一時間問い詰めたい。


「いや、まあいいんすよ。梔子くんが黒蜜さんを特別扱いするのは。幼馴染は大切っすもんね」

「だから、特別扱いはしていないんだけどな……。それに、君も白峰のことを大切に思っているだろう? それは、昔から付き合いがあるからこそだろうし」

「たい、せつ……?」

「えぇ……?」


 激しく困惑している焔美に、良人がさらに困惑する。

 どうして、何を言われているのか分からないと言った表情を浮かべているのだろうか。


「そりゃ、面白いとは思うっすよ。昔からの付き合いで、扱いやすくて。自分の思った通りに動いてくれるのが、まるで操り人形みたいで好きっす」

「(好意が歪みすぎていて怖い……)」


 何のよどみもなく恐ろしいことをのたまう焔美に、良人は頬を引きつらせる。

 これを好意と呼べるとも思えないが……。


 少なくとも、良人が焔美に心を許すことはなくなった。

 もともと、彼が誰かに許すことなんてないのだが。


「てか、そんな坊ちゃんの情報を梔子くんに売っている時点で、察してほしいっす」

「彼があんなに近接戦闘が強いとは教えてもらわなかったけどね」


 恨みをチラ見せすることは忘れない。

 光太にボコボコにされたことに対する怒りは、彼と焔美に向けられているのだ。


 そして、これは生涯にわたって忘れられることはないだろう。


「まさか、特殊能力のデモンストレーションでゴリゴリの近接戦闘をするとは思わなかったっす。普通、予想できないっすよ……」

「(それもそうだ)」


 納得する良人。

 とはいえ、焔美に対する怒りがなくなったわけではないのだが。


 ついでに、浦住に対する怒りが増えただけである。


「というか、そんなことはどうでもいいんすよ。ウチのことっすよ、ウチのこと!」

「(どうでもいいのか……)」

「ほら、ウチの本当の姿っすよ! ほとんど誰にも見せたことがない、超貴重なものっす。さあ、反応はどうっすか?」


 良人に顔を近づけると、一度クルリと回って全身を見せる焔美。

 なるほど、確かに彼女の容姿は整っている。


 同年代離れした発達したスタイルも、思春期の異性には毒だろう。

 だが、良人にとってはどうでもいいことだ。


「かわいいんじゃないか?」

「淡々としすぎっす! 面白くない!」

「(人間の外見とかどうでもいいし……)」


 むきになる焔美を面倒くさそうに見る良人。

 彼にとって、人間の容姿なんてどうでもいいのだ。


 どれほど美女でも、誰でも魅了されるような見た目でも、自分を養ってくれないのであれば塵芥である。


『君も人間なのに、まるで異種族みたいな話しぶりは止めようよ……』

「ほぉら。ウチ、結構エロい身体しているっすよ? 梔子くんなら、ちょっとくらい触らせてあげてもいいっすよ?」


 ポーズをとってくねくねする焔美。

 未成年とは思えないほどの色気がある。


 隠木家での教育もあるのだろう。

 だが、やはり良人には響かない。


 ちょっとピエロみたい、とかかなり失礼なことを考えていた。


「(綺羅子に少しでいいから分けてあげて……。バストアップ体操とかしているから……)」

『なんで君がそんなことを知っているの?』

「(当たり前のように俺の部屋でしていたから)」

『何しているの!?』


 ただれた関係!? と脳内音声が心配しているが、もちろんそんなことはない。

 お互いにお互いを邪魔と思って蹴落とそうとしあっているくらいだ。


「そこまで気を許してくれるのは嬉しいけど、自分を安売りするのは止めよう。君はとてもかわいいのだから、もったいないよ(見た目より中身! エロい人には、それが分からんのですよ)」

『いいこと言うねぇ』

「(どれだけ美人でも、俺のことを養ってくれないのであれば、それはただの肉人形だ)」

『褒めた言葉を返して』


 というか、焔美の身体に触らせてもらったからといって、何も嬉しくない。

 面倒くさいだけだ。


 人肌も気持ち悪いし。

 適当にいい感じのことを言って、何とか逃れようとする。


「……やっぱり、むかつくっす。隠木家は、裏の人間。こういう退廃的な色仕掛けが全く通用しないのは、家の名を落とすことになるっす」

「(ハニートラップ前提の家とか潰れればいいんじゃないかな?)」


 そうは思いつつも、焔美は不服そうにしながら身体を離す。

 よっしゃ、うまくいったと調子に乗る良人。


 だから、痛い目を見るのだが……。


「梔子くんで練習するっす。これから、よろしくお願いしますね」

「は?」


 ニッコリと笑う焔美。

 残念、バッドエンドであった。




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