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第24話 え?

 










「はっ……!?」


 ガバッと身体を起こす光太。

 そこは、柔らかなベッドの上だった。


「こ、ここは……?」


 酷く困惑した様子を見せる光太。

 自分は、あのいけ好かない男……梔子 良人と戦っていたのではないか?


 なのに、どうしてこんなところで寝ているのか?


「保健室っすよ、坊ちゃん」

「隠木……」


 彼に声をかけてきたのは、姿の見えない存在。

 自分を小さなころから支えてくれる、隠木家の跡取り、隠木 焔美である。


「どうしてここに……。あの勝負は、どうなった!?」

「坊ちゃんがここにいて、梔子くんがここにいないってことが、結果を表しているっすよ」

「……そうか。僕は負けたのか……」


 呆然と呟く光太。

 保健室で寝かされていたということは、そういうことだろう。


 窓から差し込む夕日から、時間の経過もわかる。

 静かだが、それは納得と理解をしたという意味ではない。


「何があったんだ? 彼の特殊能力は、無効化のはずだ。その力で、僕が昏倒されることなんてないだろう。ましてや、近接戦闘で負けたなんてこともないはずだ」

「ああ、確かに坊ちゃんが優勢でしたよ。周りのクラスメイトの反応は超悪かったっすけど」

「ええ!? どうして!?」


 ギョッとする光太。

 クラスメイトたちから良人よりもモテたい、ちやほやされたい、認められたいという思いから戦ったのに、その目的の正反対にたどり着いていれば、驚くのも無理はない。


 しかし、焔美はため息をつく。


「いや、英雄七家の跡取りが、一般人をボッコボコにしてきゃあきゃあ言われるわけないっすよ。しかも、梔子くんって超イケメンで優しいっすから、彼に恩のあるクラスメイトも多いっすし」


 光太も良人も、社交的にクラスメイトに話している。

 もともと、特殊能力者は男は少ない。


 それだけで、興味のある女子生徒たちは積極的に話しかけてはきてくれるのだ。

 だが、この二人は違いがある。


 性格のせいだろうが、話題のチョイスだ。

 光太は、いかに自分が優れているかということを力説する。


 それは、目の前の女子たちから好かれたいという一心なのだが、やはり他人の自慢話はつまらない。

 社会人であればうまく対応するのだろうが、まだ思春期の子供だ。


 そりゃ、面白くない。

 一方で、良人は相手の話を聞く。


 自分から話題をチョイスするのが面倒くさいという理由なのだが、もちろん表には出さない。

 すると、自分の話を丁寧に聞いてくれる優しい男という評価になるのだ。


 また、彼はひたすらに聞き役に徹するのがいい。

 光太は善意からこうした方がいいとアドバイスを送るのだが、ただ聞いてほしいだけの女子生徒たちからしてみれば、それは余計である。


 一方で、良人は目の前でピーチクパーチク喋っているクラスメイトがどうなろうが知ったことではない。

 こうした方がいいとは思うものの、面倒くさいので口にしないのだ。


 結果として、そもそもの心情としては、光太よりも良人よりの方が多いのだ。


「まあ、負けてよかったっすよ。これで、致命的なまでに嫌われることはなくなったっすから」

「いや、それだ! どうして僕は負けたんだ? 自分で言うのもなんだが、負ける要因がまったくなかったのに……」


 クラスメイトたちからの評価は普通にショックだったが、それ以上に気になるのが戦いの行方だ。

 どうしても思い出すことができない。


 負ける要素も見当たらない。

 どうして自分は負けたのか?


「まあ、そこはしっかりと考えたらいいんじゃないっすかね? ウチはそろそろ梔子くんで遊びたいので、彼のところに行ってくるっす」


 焔美が離れていく気配がする。

 彼女も随分と良人を気に入っているように見える。


「あ、こ、答えは教えてくれないのか?」

「あー……坊ちゃんは悪くないっすよ。戦い方も良かったっす。まさか、近接戦闘までするとは思っていなかったから、梔子くんにアドバイスもできていなかったですし」

「え、君今なんて言った? 僕を裏切ったの? スパイなの?」


 唖然として焔美を見る光太。

 透明のため、どのような表情をしているのか分からない。


 ずるい。

 焔美はそのことに応えることなく、デモンストレーションの話に戻す。


「本当、勝利目前までいっていたんすけどね。想定外のことが起きたんすよ」

「想定外のこと?」

「もう一つの特殊能力」

「え?」


 ありえない言葉を聞いて、聞き返す。

 しかし、もう一度焔美が言ったことは、何も変わっていなかった。


「梔子くん、特殊能力を二つ持ちだったんすよ」











 ◆



 時はさかのぼる。


「がはっ、ぐはっ!」


 光太の拳が、蹴りが、容赦なく良人を襲う。

 必死に防ぐ彼であるが、すべてを防ぎきれるはずもない。


 良人は完璧に素人なのだ。

 軍人のようなプロではないが、英雄七家の跡取りとして鍛えられてきた光太に敵うはずもない。

 これだけの苦痛を与えられれば、素人なら戦意が簡単に折れてしまうものなのだが……。


「(おのれ、おのれおのれおのれおのれええええ! この俺の美しい身体を躊躇なくボコボコにしやがって! 天に唾するような、それほど愚かしい行為を、よくもできたものだな!)」

『自己評価超高くない?』


 良人の戦意は微塵も揺らぐことはなかった。

 自分を傷つけた恨み、怒り、憎しみ。


 それが、彼をいまだに立たせていた。


「ほらほら、さっさと降参したらどうだい!?」

「俺、俺には……この戦いは、俺だけのものじゃないんだ」


 光太の嘲りに、良人は答える。


「クラスメイトたちのお手本のような特殊能力を見せないといけない。彼女たちの役に立ちたいんだ」

『どの口が言っているのかな?』


 もちろん、そんなことは微塵も考えていない。

 ひたすらに、自分を痛めつけた光太が許せないだけである。


 ただ、自分のために怒るよりも、他人のために怒る方が評価されやすいのが、この世界だ。

 よって、ろくに考えもせず、ありきたりで格好いいことを言う。


「そして、何より……」


 ギリッと歯を食いしばり、光太を睨みつける。


「俺が負けたことで、綺羅子を商品のようにするわけには、いかないんだ!(自発的に白峰のところに行ってくれないかな、あの女)」

「良人……!(格好つけているけど、全部自分の評価を上げるためね。なんて男かしら)」


 通じ合う二人。

 それぞれ、血を流しながらも決意を秘めた顔。


 そんな彼のことを、痛々しく思いながら嬉しさを隠し切れない顔。

 完璧な演技である。


 内心ではお互いを全力で糾弾しあっているのだから、世の中不思議なものである。


「は、ははっ! 威勢はいいね。でも、特殊能力を使わない僕を相手に、どうするのかな!?」


 その気迫に一瞬押される光太。

 それを振り払うように、良人をあざ笑う。


 しかし、気迫に押されて距離を取ってしまった。

 これはチャンスだ。


「うおおおおおおおおおおお! 俺はお前を、超える!!(なんかいい感じのことを言っていたら覚醒してくれねえかなあ!?)」

『そんなあやふやな感じでこんな格好いいセリフを言える君が怖い』


 声を張り上げる良人。

 それは、ビリビリと大気を震わせる覚悟(笑)があった。


 それを見ているクラスメイトたちは、皆飲まれている。


「はははははははははっ! そんなバカな話があるものか!」


 ピンチで強くなる。

 戦いの中で成長する。


 そんなの、おとぎ話でしかありえないのだ。

 だから、光太は大きく笑った。


 隙だらけの姿で。

 たとえ良人が迫ったとしても、しっかりと対応はできる。


 だから……。


「――――――」


 ズドン!!


 光太が吹き飛ばされる。

 不意に、何も構えることすらできなかったので、人形のようにゴロゴロと転がって、はるか後方で止まった。


 ピクリとも動かなくなる光太。

 そして、立っているのは良人のみ。


 この戦い、デモンストレーションでの勝者は、誰の目から見ても明らかだった。

 だが、あまりにも、誰も想像していなかった幕切れに、全員が唖然とする。


「え……?」


 焔美が唖然とする。


「え?」


 浦住も。


「え?」


 綺羅子も。


『……え?』


 クラスメイトたちも。


「…………ええ?」


 そして、良人も唖然とするのであった。




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