第23話 気が済まねえ……!
「え、白峰くんの攻撃が消えた?」
「攻撃を途中でやめたのかな?」
光太の攻撃が霧散したことに、戸惑いを隠せないクラスメイトたち。
防いだ様子もなかったため、攻撃した彼自身が取りやめたのだと考える者が多い。
そうでないことを知っているのは、教師である浦住と彼の能力を知る幼なじみの綺羅子である。
「お前の幼なじみは、随分とした特殊能力を持っているようだな」
「自慢の幼なじみなんです(なによ、あのチート。私が欲しかったんだけど)」
ニッコリと笑いながら、内心では嫉妬心を燃え上がらせる綺羅子。
鬼を一撃で破壊する威力を持つ特殊能力も、充分チートである。
隣の芝は青く見える。
それが、良人のものであれば、なおさらだ。
「あいつは何か特別な家系なのか?」
「いえ、普通ですよ(親はあれだけど)」
光太のように、白峰家という優れた家系ならば、あれだけ強い特殊能力も理解できる。
無効化というのも、頭が二つも三つもとびぬけるほどの優秀な力だ。
それが、突然変異的に良人に発現したというのは、なかなか考えにくいことだった。
「そうか。鬼を倒したことから、お前と同時に興味深いと思っていたが……」
じっと浦住は良人を見る。
その濃い隈は健在のものの、見るからに気だるそうな目は、その色をなくしていた。
観察している。
無機質な、実験体を見るような目だった。
「面白いな」
そして、その目は良人だけでなく、綺羅子にも……。
「(……なんか私も目をつけられていない? 良人を上げるから、私のことは見逃しなさいよ)」
とりあえず、良人を売ることにする綺羅子であった。
◆
「く、クソ! これが隠木の言っていた無効化か。どれだけでたらめなんだ!」
何度も懲りることなく、光弾を放ち続ける光太。
実をいうと、彼はちゃんと手加減していた。
このデモンストレーションで人殺しにはなりたくない。
それだけの威力があるのが、特殊能力である。
しかし、焦りからか、その手加減は完全に忘れて、本気の攻撃を仕掛け続ける。
そして、それはことごとく良人によって無効化されていた。
「(うわぁ、すっごい光。まぶしいわ。何にも見えねえ)」
『すっごい余裕』
「(だって、俺この状況でできることなんて何もないし。ひたすら過ぎ去るのを待つしかできねえわ)」
頭の中の異分子は余裕と言っているが、それは正しくない。
諦観である。
ぶっちゃけ、何が起きているのかすらさっぱり分からないのが、今の良人である。
本気の光弾は非常に大きく、まばゆい。
目の前でフラッシュが起きたと同時に、ドン! とすさまじい音が鳴り響く。
これ、特殊能力がなかったら死んでいるよな?
良人は死んだ目で考えていた。
「(というか、この力きもくない? 何もするつもりないのに、勝手に消えていくし。怖いわ)」
『自分の力をろくに理解していないし怖がるしでツーアウトだね』
「(最近目覚めたばかりの力に何言ってんだ、このバカ)」
やることがないので、ひたすら何かと会話をする良人。
その間も光太は絶やすことなく攻撃を仕掛け続け……そして、それが良人に当たることは一度もないのであった。
「はあ、はあ……っ!」
「俺に君の力は通用しないよ。今までの攻撃で、分かってくれたと思うが」
『よくわからなくて気持ち悪いとか言っていたくせに、この余裕の演技は凄い』
疲弊しきった様子の光太を見て、一転攻勢に出る良人。
決め顔を披露しているものだから、見た目の良さも相まって、クラスメイトたちからの黄色い歓声を浴びる。
綺羅子はその状況にイラっとして、中身はヘドロのくせに、と自分のことを棚に上げて思っていた。
「認めたくないが、確かに君の言う通りだね。認めてあげよう。君の力は、強大だ。僕の特殊能力では、突破することはできない」
「ふっ、ならやるべきことは分かっているだろう?(降参しようと思っていたけど、勝てそうだわ。よっしゃ、こいつのメンタルをボコボコにしてやろう)」
このまま勝利をおさめて、気分よくなる。
そして、綺羅子は差し出して寛容性をアピールし、邪魔者を押し付ける。
完璧な作戦を考え出した。
その間、0.01秒である。
「ああ、そうだね。特殊能力が通用しないのであれば……」
肩で息をしてうつむいていた光太。
次の瞬間、彼の姿は良人の目の前にあった。
「直接、攻撃するしかないよ」
「はあ!?」
唐突に現れたように感じる良人。
唖然としているうちに、光太の拳がうなりを上げて迫る。
「ぐぉっ!?」
とっさに腕でガードするが、メキッと拳がめり込んで激痛が走る。
痛くて泣きそうになった。
『うわぁ、痛そう。大丈夫?』
「(大丈夫なわけあるか! こ、こいつ、俺の美しい顔めがけて普通に殴りかかってきたぞ! 正気か!?)」
『正気だよ』
その間も、猛烈なラッシュが良人を襲う。
的確に人体の急所を狙う攻撃に、翻弄されっぱなしだ。
顔だけは、顔だけは傷つけさせない!
必死にガードを続ける良人。
「(というか、そもそもこれって特殊能力のデモンストレーションだろ!? なんでそれを捨てて肉弾戦をしているんだよ! 止めろ浦住ぃ!)」
特殊能力のデモンストレーションが完全に吹っ飛び、もはや普通の戦闘である。
そう、喧嘩も超えた戦闘なのだ。
良人が耐えきれるはずもない。
ちらっと浦住たちを見るが……。
『それは確かに。……でも、止める気なさそうだよ。あと、幼馴染の子がめっちゃ楽しそうに笑ってる』
「(クソロリゴリラぁ! 綺羅子ぉ!)」
怒りが溢れ出す。
しっかり監督しろよ、ボケナスぅ!
「がっ、ぐっ……!」
そのさなかにも、光太の鋭い攻撃は続く。
ろくに喧嘩したことがない……というよりも、喧嘩になる前に言動で圧倒していた良人は、なすすべがない。
「僕は小さなころから鍛えられている。それは、特殊能力だけじゃなく、格闘技術もね」
消えたと良人が考えたのも、それは光太の武術だ。
特殊能力では、その力の差がはっきりと出る。
良人の無効化を、光太の光で圧倒することはできないだろう。
だが、体術ならば、一方的に攻撃し続けることが可能だった。
「さあ、降参するんだったら、今のうちだよ! 僕、君を痛めつけて喜ぶ趣味は持ち合わせていないからね」
「がはっ……!」
腹部にめり込む拳。
吐しゃ物をまき散らしたくなる本能的な行動を、意地とプライドと虚栄で抑え込む良人。
『まあ、確かに分が悪いし、ちょうどいい感じじゃない? むしろ、白峰家と互角に渡り合ったんだから、評価も上がっているだろう。もともと、綺羅子のために戦いに応じたから、なおさらね。そろそろ、計画通りに白旗を上げたらいいんじゃない?』
「(ああ、普通はそうだよな。俺もそのつもりだったけど……)」
脳内の声の言っていることは間違っていない。
今、何かいい感じに降参すれば、評価は下がらないどころか上がることだろう。
だが、それでも……!
きっと鋭い目を光太に向ける。
「こんな一方的にやられて、白旗を上げるわけにはいかないな……!(俺と同じ、いや、俺以上の苦痛を味わわせないと、気が済まねえ……!)」
『全力で道連れにしようとする気迫を、もっと前向きなことに使えないのかな……?』
呆れた脳内の声。
当然それが聞こえていない光太は、さらに拳を振り上げた。
「ほらほら、さっさと降参しなよ。これ以上痛い目にあいたくなかったら、ねっ!」
そして、彼の拳が良人を……。




