第21話 勇ましく
校庭がコロシアムみたいになっていた。
演習場と言えるだろうか。
そもそも、特殊能力を扱う授業だと、模擬戦は割とあるらしい。
まあ、化け物と戦う力を身に着けるためだから、切磋琢磨しなければならないのも理解できる。
そこに俺が混じっているのは理解できないが。
そのコロシアムに出る控室で、俺は綺羅子といた。
なんでこいつここにいるんだよ……。
そんなことを思いながら、時間が経つのを待つ。
さて、白峰と戦うことになったわけだが……。
「よし、負けて綺羅子を押し付けてやろう」
「ぶっ殺すわよ」
俺の決意をくじくように、綺羅子が強烈な殺意を向けてくる。
な、なぜだ……?
「白峰家って有名なんだろ? よかったじゃん、玉の輿で。うらやましいわ、マジで」
クラスメイトが言っていたことを思い出す。
金持ちとか許せねえわ。
没落しろ。
「嫌よ! 英雄七家の一つじゃない! 慣習とかえぐそうだし、外様の嫁入りとか地獄よ。絶対姑とかにいじめられるんだわ……」
ブルブルと震える綺羅子。
英雄七家って何ぞや。
もともと、俺はこういう世界に飛び込むとは微塵も考えていなかったため、そっち方面の常識は欠けている。
英雄七家とかいう中二病全開の言葉も知らなかった。
だっさ。
綺羅子も俺と似たような感じかと思っていたが、こいつの家はそれなりの名家だ。
だから、俺よりは知識があるのだろう。
というか、お前は姑がいじめてきたら、ボコボコにやり返すだろ。
この女が大人しくやられっぱなしでいるとは、到底思えなかった。
「と言ってもさ、相手ってガキの頃から特殊能力に触れて鍛えてきたんだろ? いや、勝てないだろ、どう考えても」
「大丈夫。クズ度なら圧勝よ」
「戦闘ってクズさ加減で優劣が決まるんだっけ?」
あと、誰がクズだ、このクズ!
俺ほどの善人は、この世に存在しないほどだぞ。
『善人の定義から勉強し直した方がいいと思うよ』
「しかも、鬼をぶっ殺したのって、綺羅子じゃん。俺の能力じゃあ、攻撃手段なんかないんだけど」
そうだ。
なぜか白峰は俺が倒したとか言っていたが、止めを刺したのは、このミス・ゴリラウーマンの綺羅子である。
断じて俺じゃない。
綺羅子が白峰と血みどろの戦いをするべきだと思う。
「うじうじ言っていないで、どうしたら勝てるかを考えなさい」
「いや、無理だな。怪我しないうちにさっさと白旗上げよう。できる限り格好いい感じで(分かった、俺なりに頑張ってみるよ)」
「本音と建前が逆だし、格好いい白旗の上げ方なんてないし」
ジト目で睨まれるが、俺はひるまない。
いや、あるはずだ。
白旗を上げても格好悪くなく、評価が下がらない方法が。
まあ、なんだ。
クラスメイトを傷つけることなんてできないよ……とか言っておいたらいいだろう。
優しさアピールもできる。
おいおい、天才か。
これで、何も心配する要素はなくなった。
俺は立ち上がり、伸びをしながら言った。
「よし、負けてくるかぁ」
「勝ちなさい! 絶対に勝つのよ! 嫌よ、私。あんなのと結婚するの。金持ちだけど私に一切求めず、家事とかも全部してくれる男と結婚するのよ」
「胸を張って言うことじゃねえんだよ、このドクズ」
必死に背中に声をかけてくる綺羅子を無視し、俺はコロシアムの中へと向かう。
あー、だるい。
帰りたい。
逃げたい。
『で、本当にどうするの?』
寄生虫が問いかけてくる。
だから、言ってんだろ。
なんかいい感じに負けるわ。
『あやふやなくせに、負けることに対する決意は凄い!』
そして、俺は決戦の場(負けること前提)に向かったのであった。
「ほんっとおに戦うんっすね、梔子くん」
と思っていたら、まだ邪魔者がいたか。
何も存在しないはずの、だれもいない空間。
しかし、ごく一部だけ、ぼんやりと歪んでいた。
普通の人間なら気づかない程度の誤差だ。
だが、俺は周りを常に意識している。
俺を攻撃するような危険な予兆に、素早く気づくためだ。
つまり、誰も信じていないからこそ、不信の塊だからこそ、俺は隠木を見失わずに見つけ出せる。
「隠木か」
「……ウチのいる場所を正確に見据えるって。自信を無くしちゃいそうっす」
「今更だな」
俺はお前のことを信用していないからこそ、お前を認識できるのだ。
当たり前のことを、今更聞かないでもらいたい。
「……それは、ウチの全裸を見たからってことっすか?」
「違う」
いきなり何を言い出してんだ、こいつ。
お前の裸は、俺にとって一円の価値もない。
「俺たちは友達だろ? だから、君のことを見つけられるのも当然さ」
「うぅ……今更になって、お坊ちゃんをたきつけた罪悪感が……」
何やら後悔しているような雰囲気が。
……ちょっと待て。
お前、今たきつけたって言ったか?
あのクソ野郎が俺にやけに突っかかってくるようになったのは、まさかテメエが原因じゃねえだろうなぁ!
『ほら、あれだよ。裸を見た対価っていうか……』
誰が望んでこいつの裸を見たんだよ!
いきなり見せつけられた俺の方が被害者だわ!
あと、何度でもいうけど、俺は異性の裸に価値を見出せない。
つまり、対価はゼロである。
はい、終わり!
「まあ、これが終わったら、また一緒に授業を受けよう」
もう面倒くさいから、適当にいいことを言って歩き出す。
これから、適当に格好いい白旗を上げなければならないのだ。
そして、白峰に綺羅子を押し付ける。
あいつが近くにいると、家のこととかいろいろ面倒くさそうだし。
あと、簡単に騙されてくれない奴が近くにいると、大変なのだ。
「……ちょっと待つっす」
また呼び止められる。
まだ何か用かよ、うっとうしいな。
俺のイライラは増すばかりだ。
「今のままじゃ、お坊ちゃんにあまりにも有利すぎるっす。だから、ほんの少し」
いつの間にか近づいてきている隠木。
怖い。
お化けみたい。
そんな俺の感情を知る由もなく、彼女はこっそりと、どこか楽しそうに話した。
「ズル、しちゃいましょう」
◆
コロシアム(意訳)に出る。
前に待っていたのは、白峰 光太だ。
その前に、梔子 良人がゆっくりと歩いていく。
そんな彼に、光太が優越感に満ちた笑みを浮かべて話しかける。
「逃げずに来たことは、褒めてあげよう」
「当たり前だ。綺羅子のことも持ち出されて、逃げるわけにはいかないからな(え、逃げてよかったの? 先に言えよ。逃げていたのに……)」
それに対し、良人も(表面上は)勇ましく答えるのであった。




