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第2話 ……光った?

 










 卒業間近となった俺は、中学校の体育館に向かって歩いていた。

 なぜ、俺がそこに向かっているのか?

 特殊能力検査。

 そのままの意味で、特殊能力の有無を調べる検査である。

 それは、中学校卒業間近になると、すべての中学三年生が受けなければならない義務だ。

 ……はい、クソー。

 義務という言葉は、俺が最も嫌いな言葉の一つである。

 権利だけ寄こせ。

 俺に義務なんて存在しない。

 この時点で、検査を受けたくなくなっている。

 だいたい、少し前まで眉唾物で天然キャラづくりに失敗している奴しか保持を主張していなかった特殊能力を、真剣に調べているのが滑稽だ。

 まあ、ダンジョンとかいう訳の分からないクソ建造物ができてから、特殊能力というものは現実に存在し、活用されているのも事実だ。


「なあ、梔子(くちなし)。今日の特殊能力検査って、何時からだっけ?」


 体育館に向かっている中、男が話しかけてくる。

 ……どこかで見たような顔だ。

 クラスメイトだったか?

 まったく興味がないから、全然名前が思い出せない。

 というか、なれなれしくない?


「10時だ」

「サンキュー」


 相手は笑うと、俺の肩に手をポンと置いた。

 誰だこいつ?

 気安く俺に話しかけてきているけど、まったく知らない。


「なあ、もし俺たちに特殊能力があったらどうする?」


 まだ話しかけてきやがる……。

 お前と話をしてもメリットなんてないから、話したくないんだけどなあ……。


『いや、そもそもメリットデメリットで人付き合いをするのはどうなの?』


 ……俺の脳内で、また誰か知らない男の声がする。

 おっさんだ。

 社会の荒波にもまれて、くたびれ切ったおっさんの声だ。


『違うよ!? 僕、君と大して変わらない年齢だったよ!? というか、何度も僕のことを説明したよね?』


 勝手に人の脳内に寄生する奴のことを、どうして温かく迎え入れてあげないといけないの?


『…………まあ、それはそれとして』


 なんだこいつ。

 数年前からいきなり現れた、亡霊だ。

 たまに透けて見えるときあるし。

 いつか立派な神社でお祓いしてもらうことを心に決めながら、そういえば同級生もどきに話しかけられていたと思い出す。

 無視をするのは外聞が悪い。

 なので、嫌々答えてやる。


「あまり考えられないな。男で特殊能力を持っている確率なんて、1パーセントもないだろう」


 特殊能力検査は、男女の区別なく、中学卒業間際になると受けさせられる。

 だが、そこで特殊能力が認められるのは、ほとんど女だ。

 世界の人口において、女が過半数を超えているという理由もあるかもしれないが。

 どういう理由があるのか、色々な国が研究しているらしいが、結果は出ていない。

 ともかく、男は特殊能力がほとんど発現しないということだ。


『不思議だよねえ。なんでだろう?』


 知らん、興味ない。

 俺に都合がいいから、調べようとも思わない。


「そうだけどさあ。やっぱり、夢があるだろ? だって、特殊能力があったら、あの女だらけの学園に入れるんだぜ!?」


 そんな感想を漏らすクラスメイトに、俺は内心で唾を吐き捨てる。

 性欲しかないのか、この猿ぅ。

 三大欲求の中で、唯一完全に制御できて不要なのが性欲だ。

 そして、この満たされた現代世界で、最も人が安易に狂うのが性欲である。

 つまり、唾棄すべき悍ましいものなのだ。


『そこまで言う? 普通、君くらいの年齢なら、異性に興味があってしかるべきじゃないかな?』


 クッソどうでもいい。

 俺の役に立たない異性とか、まったく興味ない。

 しかし、ここで返答を間違ってはいけない。

 体育館に向かっているのは、何も俺たち二人だけではない。

 同学年の……そして、周りには女子生徒も大勢いるのだ。


「俺はそういう場所に行きたいなんて気持ちはないからな。悪いが、お前とは違う」

「ちぇー。つまらねえの」


 俺の返答に眉を顰めるクラスメイト。

 だが、俺の意識はそちらにはなく、周りにあった。


「やっぱり、梔子くんは違うわよね」

「ほかの男子と一緒にするのが失礼よ」


 コソコソと話しているが、しっかりと聞いているぞ。

 俺の評判、爆上がり。

 ありがとう、勝手に踏み台になってくれて。

 お前の評価が下がるのと相対的に、俺はまた一つ評価された。


『なんて嫌なことを考える中学生なんだ……』


 亡霊(寄生虫)の声を無視して、体育館に入る。

 学年全員が集まると、学年主任の教師が話し始めた。


「本日は、事前に連絡していたように、特殊能力検査だ。全員一列に並び、順番にあの水晶に触れてもらう。水晶が光れば、特殊能力を保持しているということになる。光った者は、体育館で待機。それ以外の者は、帰っていい。では、出席番号順に始めなさい」


 選挙をするときの体育館のように、簡素な設営がなされている。

 テーブルが一つあり、その上にそこそこ大きな水晶が置かれてあった。

 教師の指示に従い、次々にそれに触れていく生徒たち。

 時折、ピカッと光っており、その生徒は体育館で待機していた。

 そして、男子生徒はというと、待機している中に誰一人として存在しない。

 よし、いいぞ。

 順調だ。


「なあ、知っているか? あの光、強ければ強いほど、特殊能力が強いってことらしいぜ」

「そうか」


 俺の前に並んでいたクラスメイトが、ひそひそとささやいてくる。

 まったく興味のないことを教えてくれてありがとう。

 そもそも、特殊能力の強さって、どういう基準の強さなんだよ。


『確かに、何だろうね。やっぱり、希少性じゃないかな? 強い力は珍しいわけだし』


 ほーん。

 まあ、どうせ俺は関係ないし、考えるだけ無駄だな。


「あと、あの黒服って政府の人間だよな?」

「ああ。特殊能力の暴発を防ぐためっていう理由らしいが……」


 チラリと目を向けると、体育館の出入り口のすべてに、黒いスーツを着た男女が立っていた。

 国から派遣された税金泥棒だ。


『君は公務員をすべて泥棒だと思っているの? ひねくれが過ぎる……』


 クラスメイトに話したように、安全に検査を行うために派遣されている……という体だ。

 俺は信じていないけど。

 絶対それだけじゃないだろ。

 別の理由があるはずだ。

 たとえば、逃げ出そうとするやつを捕まえるためとか。

 そりゃ、逃げる奴もいるわな。

 特殊能力の強弱によるが、下手をすればあの学園に強制入学だ。

 進路を自分で自由に選択することができない。

 そして、そこを卒業すれば、国家公務員へ就職が決定している。

 職業選択の自由なんて、完全に無視している。

 国家公務員ならいいじゃないかという愚か者もいるが、いいわけないだろ。

 基本的に、ダンジョンの監視などの、人殺し上等の化物と戦わせられるんだぞ。

 命がいくつあっても足りないわ。

 クソブラックだ。

 こんなもの、徴兵制と変わりない。

 昔にあれこれあったから公に徴兵制にはしていないが、充分間接的に徴兵制をしている。

 まあ、まだ生き残っている他国はガッツリ徴兵制を敷いているらしいが。

 俺は関係ないし、どうでもいいや。


「あー、もうそろそろ順番だ。でも、俺たちは無理だろうなあ」

「ああ」


 そっちの方がいいだろ。

 さっさと帰りたいわ……。

 俺の時間を拘束するとか、本当国って何様だよ。


『国家相手にそれだけ強気な君の自尊心がやばい』

「くっそー。なんで男って、女より特殊能力発現の割合が低いんだろうなあ」

「さあな」


 あくびしたくなるようなつまらない会話にも、頑張って付き合ってやる。

 あいにく、それも興味がない。

 ただ、男の発現率が低いのは非常に助かる。

 純粋に間接的徴兵をされる確率が低いということだからな。

 俺が他人のために命を懸けて戦うとか、マジで意味が分からん展開だし。

 絶対ありえない。


『君って、何があっても自己犠牲ってしなさそう』


 当たり前だよなあ……。

 おっと。

 俺たちの会話を聞いている奴もいるだろうし、とりあえず評価上げとくか。


「だが、理由は分からずとも、能力を発現して必死に俺たちのために戦ってくれている人たちには、感謝の意を示さないといけないと思うよ」

「いい子ちゃんだねえ」


 苦笑いするクラスメイト。

 だが、周りの反応をちゃんと見てみろ。


「梔子くんって、本当に性格もいいよね」

「うんうん! 普通の男子と違うよね」


 ほら、ちょろい。

 いい子ちゃん発言をするだけで、俺のイケメンも合わさると、こんな簡単に評価されるのである。

 やっぱ、人間って簡単だわ。


『悪魔みたいなことを言っている……』


 性格は大天使をも超えるほど善性にあふれているぞ。


『ははっ、ナイスジョーク』


 は?


「格好いいなあ、梔子くん。こ、告白してみようかな!?」

「梔子くんは見た目良し、性格良し。だから、あんたじゃ無理よ」

「うぐぅ……」


 おっと、お嬢さん。

 俺を養ってくれるのであれば、あなたでまったく構わないよ。

 仕事も家事もしないけど、よろしくお願いします。


『誰がそれで頷くの? 奴隷?』

「俺の番だ、行ってくるぜ!」

「ああ」


 元気に手を掲げて、水晶に向かって行くクラスメイト。

 二度と戻ってくるな。


「うおおおおおおおおおおお!!」

「無能力ですね。次の方、どうぞ」

「…………」


 あひゃひゃひゃひゃ!

 あんなに気合入れて無能力かよ!

 いいじゃん、面白いじゃん。

 みじめでみっともなくて、俺は好き。

 後で自己紹介してもらおうかな。

 知り合いになりたいわ。


『そこで友達と言わないのが君らしいね』

「次、梔子 良人(くちなし よしひと)さん」

「さて、俺の番か」


 水晶の前に立つ。

 はああ……めんどくせ。

 さっさと終わらせて、帰ろう。

 今日はおいしい和菓子を食べながら、熱いお茶をすするって決めていたんだ。

 そんなことを考えながら、俺は水晶に手を伸ばした。

 あらよっと。


「――――――ッ!?」


 次の瞬間、カッ!! とすさまじい光量で水晶が光ったのであった。

 ……光った?



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