第18話 下げてやる
「やあ」
更衣室で運動着に着替えていると、男が話しかけてくる。
数少ない……というか、俺以外だったら同じクラスに男はもう一人しかいない。
そいつである。
誰の許可を得て俺に話しかけてきてんだ、こいつ?
図々しいわぁ……。
『クラスメイトが気さくに話しかけてきてくれているんだから、普通に応じなよ……』
誰も話しかけてくれなんて思っていないしなあ……。
ちっ、無視はさすがに態度が悪いし、仕方ない。
会話してやるとするか。
心のそこから感謝しろ。
「ああ、こんにちは。えーと……」
「……クラスメイトなのに名前も覚えていない、か。僕のことは眼中にないのかな?」
うん。
というか、なんかいきなりキレ出してるし。
笑えるわ。
『笑うなよ』
他人が嫌な思いしていると、なんだか心がポカポカする。
『邪悪すぎない?』
「いやいや、もちろん覚えている。白峰くんだろう?」
今、寄生虫から教えてもらった。
一度も会話したことのない奴の名前なんて知るわけないだろ。
ふざけるな。
「ふん、どうだか。必死に思い出そうとしているように見えたけどね」
いえ、思い出そうともしていなかったです。
「ところで、何か用かな? あまり話をできていなかったから、そっちから話しかけてきてくれたのは嬉しいよ」
「いや、なに。数少ない男同士だからね。友好を深めたいと思っていたんだ」
そう言う割には、俺に対する敵意が隠せていない。
演技へたくそだなあ。教えてあげようか?
そもそも、友好?
お前が俺と同等の存在だと認識しているのがおかしいわ。
お前、俺より下だぞ。
『どうして初対面でもとりあえず人を見下してみるの?』
俺以外の存在は、すべからく塵芥に過ぎない。
「だからこそ、嘘をつくような人にはなってほしくないと思っていてね」
「嘘?」
なんのこっちゃ。
「鬼を倒したと言っていただろう? 隠木から聞いたよ」
「ああ、それは本当だよ」
隠木か。
俺の背中を執拗に突いてくるあの女。
お風呂で遭遇してしまった時から、あの調子だ。
だいたい、俺が入っていたところに突っ込んできたのだから、むしろ被害者は俺である。
何を被害者面しているのか。
綺羅子は、裸を見ておいて俺の反応が良くなかったから、と理由を推測していたが。
いや、何で異性の裸体を見ただけで興奮するんだよ。
お猿さんかな?
『いや、君くらいの年齢だったら、普通大喜びでしょ』
馬鹿か?
そこらにいるチンパンジーと一緒にするな。
性欲なんて、三大欲求の中で最も不要で、最も容易にコントロールできるものだ。
だというのに、それに踊らされて性犯罪を犯したりするバカのなんと愚かなことか。
性欲は一気に知能を低下させる。
だから、俺はそれを完全に支配下に置くことにした。
『置くことにしたって……』
結果として、俺は隠木の全裸を見ても何ら暴走することはなかった。
俺は正しい行動をとった。
だというのに、どうして……?
「冗談はよしてくれ。最近特殊能力が発現したばかりで、ろくに使ってもいないのに、あの鬼を倒せるはずがないじゃないか」
あ、まだ喋っていたんだ、君。
長いなあ……。
「俺だけが言っていたならまだしも、綺羅子も隠木さんも言っているんだろう? なら、それは嘘ではないと認められるんじゃないか?」
「口裏合わせをしたらどうだい? 隠木も悪乗りをするタイプだからね。そっちの方が面白いと、そう判断したのかもしれない」
「自分の友人を信じられないのは、狭量と言わざるを得ないよ、白峰くん。俺は、そんな人になってほしくないと思う」
君のためだと言いつつもディスる。
これぞ、高等罵倒技術。
というか、本当にいい加減しつこいわ。
なんだこいつ。
「……君に説教なんてされたくないよ。そもそも、信じられないものは信じられない。なら、それを証明するしかないだろう」
「どういうことかな?」
「次の授業、特殊能力を使うものだ。最初に例として、特殊能力がどのようなものか、どう使うのかをクラスメイトに見せるのもいいと思っていてね」
得意げに語る白峰。
よくないです。
「僕は白峰家の子供。特殊能力は、ここに入る前から触れている。そして、君は鬼を倒したと吹聴している。どうだろう、僕たちでクラスメイトたちに教示するというのは」
「……どういうことかな?」
『往生際わるっ! 分かっているでしょ、君』
分からねえ。
俺には白峰が何を言いたいのか分からねえ。
「僕たちで模擬戦闘をしようということさ。特殊能力を見られて、刺激にもなるだろう。先生には、僕から話してもいい。どうかな? 怖かったら止めてあげても構わないけど」
ふふんと嘲りを含んだ笑みを浮かべる白峰。
ぶっ殺すぞ、綺羅子が。
「随分短絡的だね。君がどうしてそこまで俺に固執するのか分からないけれど、その挑発に乗る理由がないね」
「逃げるのかい?」
「どう思われても構わない。ただ、必要性を感じないだけさ。じゃあね」
俺は着替えると、白峰を置いて更衣室を出た。
何と言う大人の対応。
俺、格好良すぎる。
……とりあえず、今回あったことをこっそり相談する形でクラスメイトに広めよう。
白峰の評価を下げてやる。
『狡い!』
「…………」
じっと見てくる白峰を無視して、俺は校庭に向かうのであった。
◆
男子勢が着替えているころ、当然女子勢も着替えている。
静かで険悪だった男子とは違い、女子たちはキャッキャッと楽しそうに会話をしている。
すでに入学してから数週間が経っているため、もう仲良しグループはできている。
そんな中で、綺羅子と焔美も二人並んで着替えていた。
焔美は、何気ない会話をする。
「あー、体育って嫌っすよねー。動いたら痛いっすし」
「(……動いたら痛い? そんな経験一度もないけど?)」
綺羅子の、焔美に対する好感度が大幅に低下した瞬間だった。
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