第16話 方針転換
特殊能力開発学園は、全寮制だ。
共学であるため、本来ならば男女で別れるところだろう。
しかし、特殊能力の発現者、そしてこの学園に入学させられるレベルの強い特殊能力を持つ者は、ほとんどが女性となる。
そのため、数少ない男性のために二つの寮を作ることはされず、同じ寮となっていた。
その共同スペースで、二人の男女が話していた。
「白峰くん、凄いね。本当に魔物を倒しちゃったの?」
「ああ、もちろんさ。そんなつまらない嘘を言う必要もないしね」
ふっと得意げな笑みを浮かべるのは、白峰 光太。
数少ない男の特殊能力者であり、先程のダンジョン探索において、魔物を一体倒した男である。
「でも、初めて魔物を見たんだよね? それなのに、倒せちゃうんだもん」
「ははっ。僕の家は特殊でね。この学園に入学する前から、魔物のことは知っていたのさ。だから、落ち着いて対応することができたんだよ」
白峰家は、今の日本において名の知れた名家だ。
それは、隠木家よりも。
小さなころから特殊能力について勉強し、発現させ、魔物やダンジョンについて教示されてきた彼だ。
弱い魔物を倒すくらい、たやすいことだった。
「そうなんだ。白峰くん、強いし、もともと男の子も少ない場所だから、すっごくモテるんじゃない?」
「いやいや、そんなことはないさ。ただ、僕のことを好いてくれる女性のことは、とっても大切にするけどね。どうかな? この後、僕の部屋で少し話さないか?」
きらりと輝く笑顔を向ける。
光太の顔立ちは整っているため、それが嫌味にならない。
クラスメイトの女子も、まんざらではない様子だ。
しかし、光太の思い通りにはいかない。
「えー。でも、あの人も気になるのよね。ほら、同じクラスの梔子くん!」
「……く、梔子くんか」
頬を引きつらせる光太。
梔子 良人。
クラスメイトの、男子だ。
基本的に女子からちやほやされたい光太としては、異物である。
正直、好きじゃない。
焔美にもいろいろと動いてもらっているほどなのだ。
「か、彼のどこがいいんだい?」
「えー、色々あるよ? まず、顔が格好いいでしょ? 俳優よりイケメンだよね!」
「う、ううん……」
腹立たしいことに、良人の容姿は非常に整っている。
スタイルもよく、顔もいい。
加えて、誰にでも分け隔てなく優しく接することから、彼の人気はすこぶる高い。
「あと、駆け落ちもいいんじゃない? 私たちって強制的に学園に入らされるし、そこに抗ってお互いのためにあんなぶっ飛んだことができるんだもん」
「そ、それはどうかなぁ。だって、これは日本国民としての義務みたいなものだし、それから逃げるっていうことだから」
何とかケチをつける光太。
大きな話題となった、学園に入学前の二人の駆け落ち。
検査からの脱走ということもあって、日本中でかなりの話題となった。
その賛否は、半々といったところだ。
光太のような意見を持っていたのは、ある程度年齢層が高い者が多かった。
特殊能力者は、すべて国家の管理するところにあり、日本のために行動するのが当たり前。
かつてのダンジョン出現時、多くの犠牲を払った世代だ。
だからこそ、今の若者ももっと国家に奉仕しなければならないという気持ちを持つ者が多い。
一方で、若年層からは一定の支持を得ていた。
やはり、学園に入学させられるのは強制であり、その後の進路までも決められる。
それは、自由を求める若者からすれば、喜ばしいことではなかった。
また、魔物の脅威というのも直接目にしたことがある者はほとんどいないから、その備えのために礎になるという考え方も薄かったのだ。
光太も本来なら若年層なのでそっち側の意見なのだが、白峰家の子供ということと、単純に良人への対抗心から、否定的な意見を述べた。
しかし、目の前のクラスメイトは肯定的のようで、首を横に振る。
「でも、結局入学はしているし、ものすごい魔物を倒したって話よ!」
「ものすごい魔物?」
自分だって魔物を倒した。
何がそんなに凄いのか?
「うん、鬼って言ってたかな? 私はどんな魔物か知らないけど」
「お、鬼!?」
ギョッと目を見開く光太。
目の前のクラスメイトは、どのような魔物がいて、どれほど危険なのかが分かっていない。
これが普通だ。
しかし、ダンジョンと魔物のことを小さなころから教育されてきた光太は理解している。
鬼。
世界の国々と文明を破壊した、恐るべき尖兵。
強靭な肉体は生半可な攻撃を通さず、彼らが暴れれば人間なんてゴミのように吹き飛ばされる。
そんな魔物を、倒した?
もちろん、光太ですらも倒したことのない凶悪な魔物だ。
「ま、とにかく梔子くんとも話してみたいんだよね。だから、また今度ね!」
「く、梔子……!」
さっさと共用スペースから出て行ったクラスメイトを、呆然と見送る。
沸き上がってくるのは、良人への怒りだ。
自分だけが、もっとちやほやされると思っていたのに!
それなのに、いつも自分よりも上に行く。
自分よりも駆け落ちなどで目立つし、顔もイケメンだし、魔物も倒すしぃ!
苛立ちで頭がおかしくなりそうになる。
「お坊ちゃん」
「ぬはぁっ!? きゅ、急に声をかけるなよ、隠木! 君は姿を消しているんだから!」
そんな時、誰もいない場所で話しかけられる。
すわ幽霊かと思うかもしれないが、小さなころかの既知に、そんな特殊能力を持っている者がいる光太。
それでも、心臓に悪い。
バクバクと高鳴る胸を押さえつつ振り向けば、ぼんやりとだがそこに何かがいることは分かる。
透明化した隠木 焔美がそこにいるのだ。
「あと、僕のことをお坊ちゃんと呼ぶのは止めてくれ。もう僕もいい年なんだから」
白峰家と隠木家は、家同士の付き合いがある。
だから、焔美と光太もこの学園に入って初めて顔を合わせたわけではないので、既知である。
「そんなのどうでもいいっすから」
「え?」
低い声音に驚かされる。
いつも陽気で楽しそうな焔美なのに、今は怒りでいっぱいのようだ。
正直、めっちゃ怖い。
見えないのに怖い。
「梔子くん、ぶっ倒しちゃいましょう」
「えぇっ!? 君、手を出すのは止めておいた方がいいって、ついさっきまで言っていたのに!?」
光太は、自分以外の数少ない男である良人が気になっていた。
だから、焔美に近づかせ、情報を集めていたのである。
あわよくば、自分が彼を圧倒し、格好いいところを見せ、クラスメイトの女子たちからキャーキャー言われようと画策していた。
それを否定的になだめていたのが、良人と接していた焔美である。
止めた方がいいと彼女が言い、しかもあの鬼を倒したということから、かなり腰が引けている状態になっていたのだ。
しかし、ここにきてまさかの意見変更。
何があったのか?
「ウチの全裸を見て、あの嫌そうな顔は許せねえっす!」
「ちょっと待って。君はいったい何をしてきたんだ?」
本当に何をしたんだ?
光太の疑問は深くなるばかりであった。




