第13話 お前の方が怖い
「…………?」
焔美だけではない。
攻撃した鬼自身でさえも、何が起きたのか理解できていない。
不思議そうに自分の腕とこん棒を見ている。
一方で、良人は凛々しく、まるでそうなるのが分かっていたかのように、鋭く鬼を睨みつけていた。
「(え? なんで攻撃当たっていないの? 俺、綺羅子と鬼に殺されたかと思っていたわ)」
『その犯人に幼なじみを入れるのが君らしいね』
なお、本人もよくわかっていなかった模様。
「(ふっ、私はそうなるのが分かっていて、あなたを押したのよ)」
「(どんな言い訳をしようが、お前は殺人未遂犯だから)」
告発してやる。
良人の頭の中には、それしかなかった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」
鬼は吠えた。
自分の攻撃が、どうして効かないのかは分からない。
しかし、自分が攻撃して、平然と人間が立っていることが許せなかった。
怒りのままに、何度もこん棒を振り回す。
それは、まさに暴風。
強烈な嵐の中に放り込まれたような、暴力的な天災と同じだった。
上から叩き落し、横から殴り飛ばし、下から打ち上げる。
頭部が粉々に破壊され、全身の骨がすべて叩き折られ、臓腑をまき散らす。
それだけの攻撃を、鬼は繰り出していた。
「ハァー、ハァー……?」
数分して、汗をダラダラ大量に流しながら、大きく肩を上下させる鬼がいた。
そして、不可解なものを見る先には、まったくの無傷である良人がいる。
おかしい、ありえない。
あれだけ自分が攻撃を繰り出したのに。
目の前の人間は、どうして傷一つついていない?
「これが、梔子さんの特殊能力っすか……」
焔美もまた目を大きく見開いていた。
新入生では、どうあっても死を免れない最悪の魔物。
人類の多くの国と文明を破壊した、まさしくダンジョンの魔物の尖兵。
その悪魔の攻撃が、まったく通用していない。
「オォォォォ……」
怒りを露わにしていた鬼。
しかし、今の姿に激烈な感情は宿っていなかった。
それは、良人に自身の攻撃を防がれ続けたから。
いや、うまく避けたり、武器で防御したりしていたのであれば、まだ鬼は怒り狂って攻撃を続けることができるだろう。
そのような動作をして防いでいたら、理屈としては理解できるからだ。
だが、良人は何をやっているのか分からない。
そう、防ぐしぐさすら見せていないのだ。
ただ、じっと自分を睨みつけているだけ。
理解ができない、及ばない。
何をして防いでいるのかが、分からない。
それが、ただただ恐ろしかった。
理解できないというのは、非常に恐ろしい。
「ウォォォォ……」
怖いのだ。
鬼は、生まれて初めて恐怖というものを味わっていた。
「動かなくていいのか?」
「ッ!?」
初めて良人から話しかけられる鬼。
ビクッと震えて、その男を睨む。
今の鬼の意識は、すべて良人に向けられていた。
だから、こちらを覗き見る焔美にも気づかない。
そして……。
「こちらも攻撃の準備が整ったぞ?」
「ガッ!?」
良人の背後で、真っ赤な槍を持つ綺羅子がいた。
「私がただ黙って良人を矢面に立たせていたとでも思っているのかしら?」
冷たく鬼を見ながら、綺羅子が言う。
ちなみに、そんなことを言いつつ、無効化で攻撃をいなしつつ良人が彼女の腕を捕まえていなければ、脱兎していた模様である。
どうしても逃げられないから、仕方なく攻撃の準備をしていたというわけである。
「これでおしまいよ」
というより、絶対に終わってくれ。
その祈りを捧げながら、綺羅子が槍を放つ。
「ゴアアアアアアアアアアア!?」
深紅の槍は鬼の腹部に突き刺さり、そのまま奥へと追いやっていく。
ダンジョンの壁に激突した直後。
ズドオオオオオオオン!
凄まじい爆発を引き起こす。
ブワッと土煙が舞い上がり、暴風が彼らを襲う。
「(ぎゃあああああ!? 洞窟みたいなところで何爆発させてんだテメエ! 生き埋めになるだろうが!)」
「(知らないわよ! 私のせいじゃないわ! この特殊能力のせいよ!)」
「(結果的にお前だろうが!)」
小声で怒鳴り合う二人。
しかし、焔美はその崩落の危険性については安心していた。
なにせ、ダンジョンは【不変】。
絶対に壊れることはないのだから。
どれほど暴れようと、それこそ核爆弾を使用しても、それは壊れない。
かつて、ダンジョンから魔物が噴き出した際、その大本を破壊しようと多くの国の軍隊が空爆などを行った。
結果として壊れたダンジョンはない。
だから、それよりも焔美が驚かされたのが、綺羅子の特殊能力の攻撃性である。
鬼を一撃で粉砕するほどの破壊力の特殊能力なんて、ほとんど例を見ない。
「……この二人、相当やばいと思うっすよ、お坊ちゃん」
土煙が晴れる。
そこにいた鬼は、見るも無残な姿だった。
文字通り、身体が半分消し飛んでいた。
残っているのは、頭部と左上半身、そして両足である。
いくら耐久性が高い魔物とはいえ、これほどの大ダメージを受ければ、さすがに死ぬ。
完全装備の軍隊でも苦戦する凶悪な魔物を、ろくに特殊能力の扱い方も知らない新入生二人が倒してしまったのである。
「(……人殺し)」
「(魔物でしょ!? 魔物なんでしょ!? というか、あなたも助けてあげたのになんて口の利き方よ!)」
「(俺の無効化でお前も助けられていただろ! 感謝しろ!)」
取っ組み合いを始める二人。
焔美がそれを見ていなかったのは、鬼の様子がおかしかったからだ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「「は!?」」
鬼は死んでいなかった。
血反吐を吐きつつ、二人に襲い掛かる。
万全の状態だった時とは、比べものにならないほど動きは遅い。
しかし、もはや動くことはないと信じていた存在が襲い掛かってきた事実に、二人は硬直していた。
良人は大丈夫かもしれない。
彼には無効化能力があるから。
しかし、綺羅子が攻撃されれば、それは間違いなく致命傷になる。
呆然と立ち尽くす二人。
迫る鬼。
死を前提とした決死の攻撃は、彼らに届かんとして……。
「おっと。それ以上はダメっす」
トスッ、と軽い音がした。
それは、鬼の背後。
首の後ろに、細長い刀剣が突き刺さった音だった。
生物ならば、ほぼすべてが致命傷となる部位。
そこを的確に穿たれていた。
ドゥッと倒れ込む鬼。
それを、ただ見ることしかできない良人と綺羅子。
そんな中、鬼を処分した焔美は、彼らには見えないだろうが、苦笑して言った。
「……怖いっすね、二人とも」
「「(いや、お前の方が怖い)」」




