第114話 悲劇のイケメンだ
「(あああああもおおおお! 何が知性ある魔物だよお! 知らねえよお! なんでそんな化け物の前に突き出されてんだよおお!!)」
キリッとした表情で、凛々しく尖兵の悪魔を睨みつける良人。
誰にも分からないくらい小刻みに足が震えているのは内緒である。
なお、隣にいる綺羅子にはしっかりと補足され、満面の笑みを浮かべられる。
自分も危機的状況にいるのだが、すっかり忘れて、良人が苦しむのが楽しくて仕方ない。
すぐに現実を思い知って半泣きになるまでがテンプレートである。
「まだこの辺りに人間がいたか。いや、その魔物を使ってかね? 私がいるというのに来てしまうとは、とんでもないバカのようだ」
「(言われていますよ、綺羅子さん)」
「(あなたのことですよ、良人さん)」
アイコンタクトで押し付け合う。
いつものことである。
悪魔は優雅に歩く。
まるで、自分が攻撃されるとは思っていないように。
いや、されたとしても、一切効かないからこその余裕である。
強者からにじみ出る余裕。
良人には一生無縁のものである。
どれだけ強力な能力を持っていても、すべてにビビり散らかす男。
それが、梔子 良人である。
「とはいえ、先程は失敗してしまったから、君たちを勧誘することにしよう」
いくらでも人間はいるとはいえ、先に遣っていた魔物のせいで随分と減らしていることだろう。
ならば、できる限り多く牧場につなぎとめるためにも、勧誘をしない手はなかった。
「お二人とも、人間牧場の家畜になるつもりはないかね?」
人間牧場、家畜。
その不穏な言葉を始めて耳にした良人と綺羅子は……。
「(こいつ、もしかして勧誘下手……?)」
「(なんで自信満々に言っているのかしら……?)」
まったくもって頷きたくなかった。
一切かかわりたくないレベルである。
しかし、こんな提案をしてくる奴が取るに足らない雑魚だったら問題ないのだが……。
「もし頷いてくれれば、ここに倒れる人間たちのように、この場で無様に死ぬことはない。それは約束しよう。といっても、牧場でどのようなことをするのかは私も知らされていないから、その後のことは確約できないがね」
目の前で倒れ伏す隠木たちを見やる。
数か月彼女たちと同じように学んでいたことから、良人は彼女たちの能力の高さをしっかりと認識している。
とくに、グレイや浦住ともなれば、直接戦った。
その強さは、彼をして二度と戦いたくない、というか関わりたくないと思わせるほどである。
まあ、小学校高学年くらいに殴り合いのけんかで敗北しかねない男だ。
基本的に無条件で戦いたくないと思っているが……。
しかし、そんな彼女たちを一方的に打ち倒した男が、そんな勧誘をしてくるのである。
受け入れたい。
人間牧場に入りたいが……。
「…………」
「(めっちゃ見てる……!)」
隠木がじっと見ているのである。
彼女からすれば、自分の大切な人が、凶悪な敵と戦おうとしている。
目を背けるわけにはいかなかった。
一方で、良人からすれば、『まさか裏切るわけねえよなあ?』とばかりに監視されていると認識していた。
これはマズイ。
他人からの評価を気にすることから、自分がどのように行動すればどういう風に思われるかということに関して、良人はとても詳しい。
ここで、即座に『人間牧場に入ります!』なんて言ってしまえば、命惜しさに家畜に成り下がった男。
しかも、クラスメイトたちがやられたにもかかわらず、だ。
最低である。
心根は最低であるが、そう思われるのは嫌な良人。
とてもじゃないが、受け入れられるはずもなかった。
「俺の大切な人たちをこんな目に合わせられて……【俺たちが】!! それを受け入れるとでも思ったのか?」
ただし、自分だけが戦うのは断じて認められない。
必殺、道連れ。
主語を複数形にすることにより、綺羅子の未来を確定づけた。
そして、彼女もまた良人と同じく、他者からの評価をとても気にする女。
同じ思考回路で結論に至った結果、良人の言葉に乗るしかなかった。
「……ッ!? そ、そうわよ」
『不思議な日本語になっているよ、この子』
びっくりするくらい動揺していた。
もう冷や汗ダラダラである。
「そうか。とても残念だよ。では、君たちも死ぬといい」
見切りはあっさりつけていた。
この二人でなければならない理由なんて、どこにもないのである。
最低でも数千の人間を生き残らせておけば、後は勝手に増えていくだろう。
「ぐぇっ」
パッ、と良人の首が飛んだ。
誰の目にもとまらぬ速さで、また一人の人間の命が奪われた。
悪魔は愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
ああ、本当に楽しい。
弱い人間を、片手間で、力を入れることもなく捻り潰す。
今までの世界でもしてきたことだが、やはり嗜虐心を満たされる。
あのお方が人間牧場を作って人間を家畜のようにしてみたいとおっしゃるから、不慣れなことをしているわけである。
本当なら、こんなことはしたくないのだ。
「だから、私的には、私の言葉を受け入れず、敵対してくれた方がいいのだよ。まあ、殺しすぎたら私が殺されるだろうから、自制はするけどね。さあ、次は君の番だ」
悪魔の見る先には、唯一生き残っている人間である綺羅子が。
絶望と恐怖に震えているかと思いきや、そんなことはない。
自分の力に自信を持っているのか?
訝しむ悪魔に向かって、綺羅子は不敵に笑う。
「ふっ、良人は死なないわ。何度でも蘇るのよ」
「は?」
何言ってんだ、このバカ。
そう言おうとした悪魔は、彼女の隣に当たり前のように良人が立っているのを見て、凍り付いた。
つい先ほど殺したばかりの男が、無傷で心底嫌そうに綺羅子を睨みつけている。
「なあ。そんな感じに言うの止めない? なんか俺化け物みたいじゃん」
「化け物でしょ、死んでも生き返る奴なんて」
「貴様! 俺の能力のおかげで助かったところもあるくせに……!」
「それはあんたもでしょ……!」
「どういうことだ?」
なぜか勝手に取っ組み合っている人間たちを見ながら、悪魔は唖然とする。
殺したはずの人間が、そこにいる。
そんな経験は一度もないので、明らかに動揺していた。
だから、じゃれ合っていて隙だらけの良人の首を、また飛ばした。
そして、当たり前のようによみがえる良人。
殺し、蘇る。
殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って殺して蘇って。
「……なんだ、お前は?」
数十と同じことを繰り返せば、悪魔でも困惑する。
化け物を見るかのような目を向ければ、何度も殺されまくった良人は、半泣きになって答えた。
「梔子 良人。悲劇のイケメンだ」




