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第11話 あかん、死ぬぅ!

 










「はあ、怖かったぁ」

「君たちも魔物と遭遇したの?」

「ええ! 小さな魔物だったけど、すっごく怖かったわ!」

「ああいうのとこれから戦わないといけないんだよな。頑張らないとな!」


 ダンジョンから出てきた学生たちが、級友と話をしている。

 まだ少し硬さのあった彼らだが、今では同じ経験をしたということもあって、積極的に会話をしている。

 特殊能力開発学園は、もちろん将来の軍人や官僚を養成するための学園だが、子供を大人へと成長させる一般的な学校と同じ側面も持つ。

 こうしてコミュニケーション能力を養うのも大切だ。

 それぞれ、国を背負って仕事をするような人材になるのだから、ここでコネクションを作っておくことも悪くない。


「今のところ大成功ですね、浦住先生」

「あー、そうみたいですねー」

「こうして魔物を近くで見せることで、魔物に対する緊張感と適度な恐怖を持ってもらう。これから自分たちが戦わなければならない敵を知ることは、とても大切です」


 浦住の隣で、男の教師がうんうんと満足げに頷く。

 このダンジョンの探索レクリエーションでは、すべての生徒が魔物と遭遇するようになっている。

 もちろん、危険度の低い、弱い魔物だ。

 その選定はしっかりとしているし、これには自衛隊も協力している。

 実際、直接目にしなければ分からないものがある。

 魔物の脅威というのは、間違いなくそれだ。

 今の子供たちは、ダンジョンから魔物が溢れ出し、多くの文明を破壊した恐怖を直接体感した者はほとんどいないだろう。

 大人たちが血反吐を吐きながら戦い、何とか守り抜いたからだ。

 とくに、日本はうまく封じ込めに成功した数少ない国家だから、なおさらである。

 しかし、これから彼らは何度も魔物と相対し、戦うことになる。

 その時になって硬直して動けなくなるのは絶対に避けなければならないし、魔物を恐ろしいものと認識できていないのはもっとマズイ。

 だから、こうして弱い魔物と遭遇させているのである。


「あたしも悪くないと思っていますよ。特殊能力に目覚めて天狗になる馬鹿も多いですからね。あいつみたいに」


 浦住は濃い隈のある目を向ける。

 そこには、多くの女子生徒に囲まれる少年がいた。


「ふっ。僕はその魔物を倒したよ」

「嘘ぉっ!? 凄い、白峰くん!」

「やっぱり、【七英雄】の末裔よね!」

「ま、まあ、これから三年間かけて矯正されていきますよ」


 苦笑いする男性教師。

 確かに、このダンジョンの探索で唯一魔物を屠ったのが彼だ。

 七英雄の一人である白峰家の子供だから、エリート意識も高いようだ。

 その分、能力も高いようだが……。


「それに、全員無事に戻ってきてくれていますし、安全性といった意味でも成功ですね」


 魔物の脅威を経験させるレクリエーションであるが、実際に被害が出ては大問題だ。

 そのため、無事全員が戻ってきてくれることに、彼はホッとする。


「……いえ、まだ戻ってきていないのがいますよ、先生」


 しかし、浦住は首を横に振る。

 まだ一グループだけ、戻ってきていないからだ。


「あの駆け落ち問題児どもです」


 学園に入学する前から有名人となった、良人と綺羅子、そして隠木家の娘を思うのであった。











 ◆



 俺は巨大な化け物を見上げ、呆然としていた。

 え、なにこれ。

 こんなのがこの世界に存在するの?


「(ちょおおおおおお!? なにあれ!? 綺羅子の子供!?)」

「(何でもかんでも私に押し付けんじゃないわよ! っていうか、私まだ処女だわ!)」


 綺羅子と小声で怒鳴り合う。

 お母さん! お子さんのことはちゃんと面倒見ないとダメですよ!


『うわぁ、鬼じゃん。いきなり凄いのと当たっちゃったね、君』


 したり声の脳内寄生虫。

 は?

 なに、その鬼って。

 比喩表現?


『魔物の一種だよ。強靭な身体を持っているから、その身体能力だけで簡単に人を殺せるよ。耐久力も高いから、魔物がダンジョンから溢れ出した時、多くの国で殺戮と破壊をした魔物だよ』


 どうしてかは分からないが、やけに詳しい寄生虫が説明してくれる。

 へー。なるほどなー。

 多くの国を破壊しつくした張本人かあ。

 ほっほー。

 ……なんでそんな化け物が俺の目の前にいるの?


『さあ?』


 俺の脳は急速回転する。

 ここで硬直してしまえば、間違いなく悪い方向に進む。

 動け!

 生きるために足掻くんだ!

 ま、まあ落ち着け!

 俺は深呼吸して、高鳴る心臓を抑え込む。

 そうだ。

 何も丸腰でここにいるというわけではない。

 まだ俺には、肉壁が二体ある。

 これを使っている間に、何とか俺だけでも……!


「おーい、お二人ともー。早く何とかしないとマズイっすよー」


 そんな時に聞こえてくる隠木の声。

 よぉし、肉壁。さっそく君の出番だ。

 さあ、責務を果たせ!

 ……と見れば、近くにぼんやりといたはずの彼女の姿がない。

 ……んん?


「あ、あれ!? 隠木、どこに?」

「ああ、ウチの特殊能力で完全隠密中っすー。ウチだけ安全圏で申し訳ないっすー」


 俺は愕然とする。

 肉壁、一人脱落。

 はあああああああああああああ!?

 何勝手なことしてんだテメエええええええ!

 ここは自分の命を犠牲に何とかお逃げ下さいと言うべき場面だろうがあ、おおん!?

 ふざけやがって……! たった一人で逃げやがった……!

 なんてクソ野郎だ。

 俺はこんな奴と一緒に行動していたと思うと、吐き気がするぜ。


「いや、それでいいよ。俺も綺羅子と君を守れるとは到底いいがたいからね。そのまま隠れていてくれ」


 しかし、その罵詈雑言を吐き捨てても、評価は上がらないだろう。

 寛容さをアピールである。

 まあ、内心では今すぐにでも殺してやりたいくらい嫌いになったけど。


「…………まさか、そんな返しをされるとは。予想外っす」


 拍子抜けというか、なんというか驚いた声が聞こえてくる。

 しかし、出てくることはない模様。

 ああああああああああ!

 本当、無能が味方にいると困るわぁ!

 となると……。

 俺が目を向ければ、彼女もこっちを見ていた。

 お互い、にっこりと笑う。

 冷や汗が大量に噴き出ているけど。


「さあ、綺羅子。君のやるべきことは分かっているね?」

「ええ。助けを呼びに行くわ!」

「待ちたまえ」


 即座に駆けようとした綺羅子の細い肩を掴む。

 どこに行こうというのかね?

 お前の役割はそうじゃないだろ。


「綺羅子、俺の方が足は速い。君は運動神経皆無の残念ウーマンなんだから、ここで大人しく隠れていてくれ。鬼の目を引く危険な役割は、俺がやろう」

「あなただけに危険な真似なんてさせられないわ。あなたも運動神経皆無の残念マンだし。私に任せてちょうだい」


 がっしりとお互いの腕をつかみあう。

 野郎……離しやがれ……!

 ここは、ちょっとくらい自分よりも他人の精神を見せられないものかねぇ!?


『じゃあ、君がそうすれば?』


 なんで俺が他人のために自分を犠牲にしなくちゃいけないんだ!

 ぶっ殺すわよ!


『ご、ごめん。だから女口調は止めて。鳥肌立った』


 お前、肌ないじゃん。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 そう思っていたら、鬼が咆哮を上げ、こちらにものすごいスピードで走り出す。

 あかん、死ぬぅ!



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