第100話 次期当主候補
ありえないくらい長い廊下を歩かされる。
チラリと横を見れば、広大な日本庭園が広がっている。
やっべ。えぐいくらい金持ちだ。
まあ、内閣総理大臣クラスの重鎮で、しかも政治家のように国民の目が強くいっていない英雄七家だ。
その中のリーダー格ともなれば、これだけの豪邸を持つこともできるのだろう。
一等地でこれだけの土地って……。
聞いた話では、英雄七家は過去の功績から税の優遇も受けているんだったか?
で、一般人は中学卒業間際になって初めて特殊能力の検査を受けるが、英雄七家とそれに近い家はさらに小さなころから検査を行い、特殊能力を鍛える。
そのため、優秀な特殊能力者が育ち、その分重要な役職やダンジョンでの探索で多額の金が入るという正のスパイラル。
富の独占だ。
許せん、誰か革命を起こして英雄七家をぶっ殺せ。
……というか、俺はどうしてこんなに大人しく大岩の後ろを歩いているのか。
そもそも、重要なのは綺羅子だろう。
俺、そんな血筋的にややこしい家じゃないし。
両親が性格破綻者というだけだし。
「じゃあ、俺は部屋の外で待っているから。行ってらっしゃい、綺羅子」
「あらあら。この期に及んで何を言っているのかしら、良人。寝ぼけているの? あなたも呼ばれたのよ。だから、一緒に行かないといけないわ」
「そんなことないですわよ」
逃げようとすれば渾身の力で腕を掴まれる。
く、食い込んでいる……!
クソ! このバカ女!
何が何でも俺を道連れにする気だろうが、そうはいかん!
「大岩さん! 御当主様の下に向かうのは、私だけじゃないですよね!?」
「大岩さん! 御当主様の下に向かうのは、綺羅子だけですよね!?」
大岩に問いかける。
こいつは紫閣家に仕える男で、こいつの意見こそが紫閣家の考えというのがある。
つまり、こいつの答え次第で、俺は当主とは会わずに済むということだ。
面倒くさいから絶対に会いたくないのだが……。
大岩は振り返ると、うっすらと笑みを浮かべた。
「お二人共です」
「……っしゃ!」
「――――――」
最悪だ……。
渾身のガッツポーズをする綺羅子と違い、俺は天上を見上げた。
なんで俺もあのジジイに会わないかんねん……。
俺、完全に部外者なんですけど。
合わせないようにした方がいいんじゃないですかね?
「さあ、行きましょう良人」
「…………ぁぃ」
『返事ちっさ』
意気揚々とした綺羅子に手を引かれながら、俺はうなだれる。
本当に家の中を歩いているのかと思うくらい長く歩き続け、ようやく大岩が立ちどまって一つの和室を指し示すと、ゆっくりと頭を下げて音もなく去っていった。
つまり、ここに紫閣家の当主。
すなわち、この国で最も力を持つ私人がいるわけだ。
帰りたい……。
「入れ」
俺たちのことは伝わっているのだろう、室内から厳かな声が聞こえてくる。
俺と綺羅子は顔を見合わせ、心底げんなりし、すぐに表情を取り繕って中に入って行った。
偉そうに命令口調なのがちょっとむかついた。
中は広い和室だった。
というか、マジで広い。
お城の城主が家臣たちを見下ろすような、そんなイメージである。
なんか、大政奉還の絵が描かれてある教科書を思い出す。
ブルジョワがぁ……。
そして、段があって上座となっている場所に、一人の男が座っていた。
厳つい顔立ちと、只者ではないオーラを噴き出させているのは、間違いなくこの国で最高の権力を持つ男。
紫閣家の現当主、紫閣 厳寒だった。
「久しぶりだな、綺羅子。そして、梔子」
「お久しぶりですわ、御当主様」
「お久しぶりです」
深く頭を下げながら、俺は見えない位置で心底顔を強張らせていた。
名前、覚えられとるがな……。
いや、こいつに名前を憶えられても、デメリットしかないんだけど。
怖いんだよ、こいつ。
冷酷な権力者というか、自分の目的のためならマジで汚いことでも何でもしそうだから。
自分にとって害だと思えば、俺のこともあっさりと殺そうとしてくるだろう。
俺も都合のいい女のヒモになるためなら何でもやる所存なんだけどね。
綺羅子も同じだろう。
なんというか、同族嫌悪というか、そんなものがある。
「今は、特殊能力開発学園に在籍しているんだったな」
「はい。お国のため、人のため、自分たちの力を精一杯使えるよう研鑽しているところです。いつも良人とは熱く語り合っていますわ」
「初耳ですね」
綺羅子の言葉に発狂しそうになるのを、何とかこらえる。
いつから俺たちはそんな愛国心に満ち溢れた若獅子になったんだ?
一刻も早く抜け出したいと愚痴を言いあっていた俺たちはいったいどこに?
「そうか。国家のことはどうでもいいが、特殊能力の研鑽を積むのはいいことだ。特殊能力こそが、この先世界で強く権威を振るうために必要なもの。特殊能力があり、なおかつそれが強力なものであれば、どこでも強い影響力を保持することができる。遠縁とはいえ紫閣家の血を継ぐ者なら、これから先も精進しろ」
この話しぶりを聞く限り、もう綺羅子は完全に紫閣家に入ることが決まっているようである。
やったね、綺羅子ちゃん!
家族が増えるよ!
「ところで、どうして御当主様が? とてもお忙しいでしょうに。私はお会いできてうれしいですが」
「俺もです」
全然嬉しくないけど、心にもないおべっかを言うことは、俺たち二人とも得意である。
逆に綺羅子の心情を代弁すると、『なんでお前がここにいるんだよふざけんな顔なんて見たくねえんだよさっさと死ね』だろう。
「必要な時に必要なことをするのが、私だ。確かに今日もスケジュールが詰まっていたが、それはすべてキャンセルした。お前に会う方が、よっぽど大切だからだ」
この言葉を聞いて、俺が眼中にないことを悟る。
本当に綺羅子が逃げないために、俺を連れてきただけなのだろう。
普通だと、用もないのに俺を動かしたのかとイライラしているところだが、今は胸をなでおろす。
俺関係ないんだったら許す。
「単刀直入に言おう。綺羅子、お前には紫閣家に入ってもらう」
「な、ななななななななぜでしょうか?」
とんでもないどもり具合に笑った。
改めて言われて、激しく狼狽する綺羅子。
うひょー、おもしれっ、おもしれっ。
「お前も知っているだろうが、後継ぎがおらん。そのため、遠縁ではあるが血を継いでいるお前が必要になった」
「で、でも、私よりも血の濃い人は大勢いますよね?」
「どいつもこいつもしょぼい特殊能力しかもっておらん。日本を率いる紫閣家の当主が弱い特殊能力者など許されん。一方で、お前は核攻撃を受けても壊れないダンジョンを破壊したという。ならば、お前の方を選ぶに決まっているだろう」
無駄なあがきをする綺羅子。
それもジジイがバッサリと斬り捨てる。
綺羅子の特殊能力も完全に知られている。
それだけなら判明した時にこいつの親が報告したのだと納得できるが、ダンジョンを破壊できるというのは、こいつの両親が知らないことだ。
おそらく、学園内に紫閣家の手の者が混じっているんだろうなあ。
ひぇー、こんなおっさんに目をつけられた綺羅子、かわいそうですね……。
「えーと、あのー……そ、そんなにいい能力じゃなくて……」
「いえ、御当主様。綺羅子の特殊能力はすさまじいものです。俺も何度も彼女には命を救われました。彼女がいれば、この紫閣家も安泰でしょう」
「っ!?」
なおも駄々をこねようとする綺羅子のため、俺が一肌脱ぐことにした。
必死に弁明しようとしていた奴が、とんでもない勢いで俺を睨みつけてきた。
冷や汗の量、やばくて笑える。
「そうか」
満足そうにうなずく厳寒。
それは、すなわち綺羅子への死刑宣告であった。
「これからの日本のために、よろしく頼むぞ、綺羅子」
「御当主様! 実は良人は私よりもはるかに優れた特殊能力を……!!」
「おっとどうした綺羅子? 急に発作か綺羅子? 御当主様、何やら気分がすぐれないようですので、看病させてもらってよろしいでしょうか? 御当主様もお忙しい身でしょうし」
素早く動く。
片手は綺羅子の口をふさぎ、もう片方は綺羅子の腹に回して拘束する。
こいつ、俺の現実改変をぶちまけようとしてきやがった。
俺は紫閣家の血が微塵も入っていないから、たとえ強力な特殊能力があっても当主候補になることはない。
だが、有用だと思われて囲われるのも困る。
マジで身を粉にして働くことを強要されそうだし、最悪簡単に切り捨てられるだろうし。
俺は、この家にかかわるつもりは一切なかった。
「ああ、構わん。今回は、この決定を綺羅子に告げる必要があっただけだ。そして、梔子。お前もあまり綺羅子を惑わせないようにしろ。余計なことはしたくない」
「も、もももももちろんです。てか、俺が惑わせたことなんて一度もない、この先も一生ないので安心してください。マジで」
くぎを刺してきやがった。
俺のせいで綺羅子が逃走したとか思ってそうで、クッソ迷惑。
そんなわけねえだろ、耄碌ジジイ。
「ああ。では、綺羅子。お前も紫閣家の次期当主候補として、しっかりと励め」
「…………ひゃい」
最後の一押しに、意気消沈した綺羅子が答えた。
声か細っ!




