第10話 怒ったときの綺羅子だ……
ダンジョンの中を歩く。
とてつもなく入り組んだ広い洞窟と言って差し支えないだろう。
なんだかひんやりとしている。
洞窟って衛生状態もあまりよくないみたいだし、絶対入りたくない。
だというのに、特殊能力とか訳の分からないものが発現したせいで、強制的に入らされているのだから、世界はおかしいと思う。
「いやー、レクリエーションと言っても、こんなバラバラに入っていったらあんまり意味ないんじゃないっすかねー」
「確かにな。ただ、同じ経験をすることで仲間意識が芽生えるというのは聞いたことがある」
「ええ。それを狙っているのでしょうね」
隠木の言葉に、俺と綺羅子が頷く。
仲良くなるのが目的なら、クラス全員で入った方がいいと思う。
まあ、仲良くする気なんて毛頭ないから、別にいらないけど。
「へー、ところで……」
前を歩く隠木が振り返った気配がする。
「二人とも、本当に仲良しっすよね。おててつないでいるし」
隠木はからかうように言ってくる。
俺と綺羅子は手をつないで歩いていた。
なるほど、確かにこうしてみると馬鹿カップルがイチャイチャしているだけのように見える。
特に、大変遺憾ながら俺と綺羅子は駆け落ちカップルとして報道されたこともあり、日本中で有名らしい。
邪推されるのも仕方ないかもしれないな。
『いざというとき、お互いを盾にしやすくするためにしているだけなんだよなあ……』
手の近づく範囲にいたら、突き飛ばせるからね。
しかし、俺から綺羅子に手を握ってもらうよう要求したと思われるのはいけないことだ。
綺羅子なら、そうして俺を陥れることも考えられる。
――――――先制攻撃だ。
「ははっ、綺羅子が怖がってね」
「!?」
あくまで綺羅子が要求してきたことで、俺は仕方なく受け入れてやった。
そう伝えると、ギョッとこちらを睨んでくる。
ふっ、俺の勝ちだ。
「ええ、怖いわ。だから、私の前に出て、私を守ってね?」
「!?」
がっしりと腕を掴まれる。
傍から見れば腕に抱き着かれているように見えるだろうが、俺は違うと分かっている。
こいつ、俺を捕まえた。
――――――逃がさない気だな……!?
『なんだ、この蹴落とし合いは……』
「えー! じゃあ、ウチのことも守ってほしいっす!」
見えづらいが、隠木が接近してきたことは分かる。
距離感近い奴だな。
基本的にそういう輩は信用しないようにしている。
絶対裏を隠しているはずだ。
名前からしてそうだ。
『すさまじい差別意識に驚かされるね。というか、君は距離感が遠い人でも信用しないじゃん』
すべての人間は俺の敵か踏み台だからな。
『どうやってこんなモンスターが生まれたんだろう?』
「ところで、隠木の特殊能力って何なんだ? いや、見たらわかるんだけどさ」
『露骨に話を逸らした……』
「ああ、見ての通りっすよ。透明化っす」
隠木は俺の問いかけにあっさりと答える。
まあ、隠されていないものなので、何も驚かないけど。
隠木は透明人間だ。
そこにいるということは、ぼんやりとしか輪郭が分からない。
彼女が本気で隠れようとしたら、見つけられないだろう。
「生まれながらの透明人間ってわけじゃないのよね?」
「もちろん。ウチもちゃんと姿形があるっすよ。ただ、透明になっていた方が便利なんっすよねえ。他人の内緒話とかも聞けるし、いたずらしてもばれないっす」
きししっと笑う隠木。
オンオフの切り替えができる特殊能力らしい。
それはそうとして、最低だ……。
『同級生二人を肉盾としか思っていない君の方が最低だと思う』
「へー、君の本当の姿も、いつか見てみたいものだな」
『心にも思っていないことをよくペラペラ話せるね』
社交辞令だぞ。
「ウチのことを見られるのは、そう簡単じゃないっすよぉ?」
からかうような声音で言ってくる。
じゃあ、いいです。
『興味うすっ』
「梔子くんがウチにキュンってさせたら、見せてあげるっす!」
じゃあ、一生機会はないですね。
「でも、ダンジョンってこんな感じなんっすね。迷路みたいっす」
「そうだな」
「そうね」
隠木の言葉に、俺も綺羅子もおざなりに答える。
正直、景色が変わらない洞窟をひたすら歩かされているだけなので、心底だるい。
早く帰りたい。
「何事もなく、普通に終わりそうっすねぇ」
「「…………」」
俺と綺羅子は顔を見合わせる。
いや、本当に何気ない言葉だった。
隠木の言葉に、おかしなところはない。
だが、俺と綺羅子は同じことを思った。
これ、フラグじゃね?
「綺羅子、俺の前に出てみるか?」
「いいわ。あなたがダンジョンをよく見たいんじゃなくて? 私の前にどうぞ」
俺と綺羅子はニッコリと笑いあって、お互いを押し合う。
や、止めろぉ!
俺を押すな!
『いや、そんな怯えなくても。新入生の見学みたいなものなんだから、間違っても変なことはないよ』
フラグだろ!
それ、フラグって言うんだろ!
俺知ってんだからな!?
そんな感じで、隠木にばれないようにこっそりと押し合いへし合いしていると……。
【――――――!!】
「「ッ!!」」
咆哮が上がった。
そう、咆哮だ。
怒声や悲鳴などといった、普通の声ではない。
人間ではない何かが、この世界に存在していると、そう主張する咆哮だった。
……それを聞いた俺と綺羅子の対応は早かった。
すぐさま動き出そうとした俺の腕を、綺羅子が絡めとる。
ちっ!!
「綺羅子、俺が見てくるよ。ここで待っていてくれ」
「あなたが走って行こうとしているのは出口に見えるんだけど?」
ニッコリと笑う綺羅子。
……何を言っているのかな?
この俺が様子を見てきてあげると言っているんだ。
だからさっさと手を放してここで囮になってろ肉壁ぇ!
「危ないから離してくれ、綺羅子……っ!」
「あなただけを危険な目に合わせられないわ……っ!」
絶対に逃がさない。
そんな強い意志が伝わってくる。
放せぇ、アバズレがあ!
『いや、脚を引っ張り合っている場合じゃなくて、とにかく逃げた方が……!』
「あー、お二人さん。今目をそらしていたら、やばいと思うっすよ」
隠木の声が、やけに遠くから聞こえた。
そして、代わりに聞こえてくるのは、重たい足音だ。
ズシッ、ズシッ。
地面を強く踏みしめる、強靭な脚。
そこから見上げていけば、人間がどれほど鍛えてもこうはならないだろうというほどの、屈強な筋肉が見える。
そして、それは見上げるほど大きかった。
少なくとも、人間でこれほど身長があるのはいないだろう。
真っ赤な皮膚、そして般若のような顔は、奴が人間でないことを明確に表していた。
かつて、ダンジョンから現れ、多くの国と文明を滅ぼした魔物。
それが、目の前に現れていた。
その姿は、まるで鬼のようで……。
「怒ったときの綺羅子だ……」
「ぶっ殺されたいの?」




