【第69話:空の魔物】
高名な魔法使いのセルビスが、その内に秘めた魔力を高めていく。
勇者の中でも一二を争うユイナには及ばないが、それでもかなりの魔力を込めていっているのがわかった。
その時、ふと周りを見てみると、それに合わせるように、ここに集まった冒険者の中にいた魔法使いたちが、徐々に魔力を高めていっている事に気付く。
(そうか。セルビスの魔法を逃れた魔物に撃ち込むつもりなのか)
その様子に感心していると、今度は衛兵や冒険者の中で弓矢を持っていた者たちが、矢をつがえて構えをとりはじめた。
(そうだ。何でもオレ一人で何とかしようとする事はないんだ……)
今更ながらにその事を理解し、皆のその行動に胸に熱いものがこみ上げた。
「準備は良いさね? それじゃぁ行くよ! 『濁流』! および、『風塵』!」
オレはその魔法を見て思わず目を見開いていた。
セルビスの放った魔法は、土と水の合成魔法である『濁流』という文字通り地面に濁流を発生させて押し流す第二位階魔法と、土と風の合成魔法『風塵』という小石や土を宙へと高く舞い上げる、同じく第二位階の魔法を、ほぼ同時に放つという常識外な魔法だった。
その効果は凄まじく、オレが呟く間にも効果範囲を広げ、空飛ぶ魔物の大半を巻き込んで泥まみれにしていく。
キラーバードを中心とした鳥の魔物をはじめとした小型の魔物。
上半身に醜い女性の身体を持ち、腕と下半身が鳥のような姿をしているハーピーなどの中型の魔物までもが、粘性の泥が纏わりつくと、身動きが取れなくなり、次々と地面に引きずり下ろされていった。
「す、凄い……」
ただ、さっき戦ったワイバーンのような大型の魔物は、無理やり泥を振り払おうと暴れ、まだ空中で留まっていた。
しかし、そこへ……。
「届けぇ! 『風撃』!」
「貫け! 『水槍』!」
第二位階の風や水などの魔法が炸裂し、更にはそこへ矢が撃ち込まれると、さすがに高度を保てなくなった大型の魔物が、徐々に地上へと舞い下りてきた。
「ここまでお膳立てされて、期待に応えないわけにはいかないな」
オレは一人そう呟くと、風を置き去りするような速さ駆け出した。
突然、空気が爆発したような音を響かせ駆け出したオレを見て、周りは一瞬何が起こったのかと騒然となる。
だが次の瞬間、門の近くにいたハーピーの姿が上下に分かれ靄へと変わったのを目にすると、それは歓声へと変化したようだ。
「なっ!? 噂には聞いていたが、なんなんだありゃぁ……」
「第一級冒険者ってのが、どれだけ凄いのか、俺らとは次元が違うってのを思い知らされるな」
そして、その中の『赤い牙』の面々は、
「は、ははは……さっきの変異種討伐でも、まだ全力じゃなかったって言うのかよ……」
「さ、さすがにアレは、私たちが頑張って到達できるような、そんな次元じゃないでしょ……」
と、乾いた笑いを浮かべていた。
だが、そんな様子をゆっくり観察している暇はなかった。
辺りには無数の魔物が、地面で泥を振り払おうと藻掻いている。
再び空へと飛び立つ前に一匹でも多くの魔物を葬る必要があった。
「はぁぁっ!」
オレは次の狙いをキーラーバードの群れに狙いを定めると、その横を駆け抜けざまに首を斬り裂いていく。
一瞬で10数羽のキラーバードが靄へと変わるのを背に感じつつ、次に向かったのは大型の魔物グリフォン。
かなりの高ランクの魔物で、強さ的にはワイバーンと同列に数えられる魔物なのだが、ワイバーンのその強さが亜竜としての膂力や鱗の頑強さにあるとすれば、鷲の上半身に獅子の身体を持つグリフォンのその強さは、自由に大空を翔る機動力と速さだ。
そのため、今、地上で藻掻くグリフォンには、ランクに見合った強さは存在していなかった。
「悪く思うな!」
オレは、グリフォンをその視界に捉えると、まずは正面から袈裟切りに魔法剣を振るい、一撃で決めにかかる。
「ふっ!」
短く息を吐き、かなりの速度で斬りかかったのだが、地に落ちてもさすがにグリフォンと言ったところか、大きな爪で魔法剣を受け止めてみせた。
「だが、あまい!」
オレは、受け止められた剣を返し、フェイントをかけつつ横に回り込むと、一瞬の隙をついて前足の付け根を斬り払う。
仰け反るグリフォンの様子から、今の攻撃でかなりのダメージを与えたようだが、敵はまだまだ残っている。
オレはそこで距離を置かず、更に一歩踏み込んだ。
「今度は後ろだ!」
巨体ゆえに小回りがきかず、嫌がり距離をとろうとした所を、今度は後ろ足を斬り裂き、その足を止める。
そしてオレは、更に後方に回り込むと巨大な背中を駆けあがり……その背中に深く魔法剣を突き刺したのだった。
そして、剣を引き抜く間もなく、その巨体は靄へと変わる。
今回はなんとか素早くグリフォンを討伐する事が出来たが、一人で戦っていれば、空へと逃げられ、苦戦必至の相手だったろう。
オレは心の中で皆に感謝をしつつ、次の魔物を決めると、一瞬で駆け寄り、ほとんど足も止めずに次々と魔物を靄へと変えていったのだった。
だが……やはり数が多い……。
かなりの速さで次々と魔物を仕留めてまわっているが、それでもまだ半数以上の魔物が残っている。
それに、さすがに全ての魔物を地上へ引き摺り下ろすのは難しく、既に一定数の魔物が街の方へと向かって行ってしまっていた。
「くっ!? このままでは……」
だがオレに出来るのは、手を、足を、その身体を限界まで使い、ひたすら魔物を倒し続けるしかなかった。
(大丈夫だ……彼女たちならもう!)
そして、そこへようやく待っていた真の仲間が到着する。
「いっけぇ! 『閃光』! 今日は大判振る舞いだよ!」
器用に泥をふるい落とし、空へと逃げようとしたハーピーたちだったが、そこへ光の矢が雨のように降り注いだ。
「最高のタイミングだ!」
オレは思わず口元に笑みを浮かべながら、駆け寄り声を掛けた。
もちろん途中にいたキラーバードや、名も知らないハゲワシのような魔物も、ついでに靄へと変えていき、その手を休めることはない。
「トリスくん! ミミルちゃんは、メイシーが街に連れて行ってくれてるから!」
「そうか! ありがとう!」
そしてユイナもまた、次々と光の矢を放って魔物を仕留めていく。
「ボクも到着して『仮面の冒険者』が揃ったことだし、ここから二人で本気を出して、魔物たちに、この街を襲った事を後悔させてあげなきゃだね!」
そして、ちゃ めっ けたっぷりに笑ってみせてくれたユイナに、
「そうだな。どうせなら『剣の隠者』の名を有名にしたかったんだが仕方ない。ここでも活躍して『仮面の冒険者』の名をさらに高めておくか?」
と、オレも少しお道化て答えたのだった。










