026、素朴なのもいいけど塩ホスィ
この日の夜────。
なぜか目がパッチリ、大きく見開いたまま楽しそうにしているユリシス。
「うっうっ、う、うなぁ、なぁん」
目で何かを追いながら喃語で話しかけているようだ。
「精霊かなあ」
まさか幽霊じゃないよね。赤ちゃんや猫は、よく何も無い空間を目で追うとかするじゃない。
前世、日本だと幽霊が見えているみたいな俗説があった。私的に幽霊は怖いので幽霊じゃありませんように。
エルフな弟だもの。きっと精霊だ。精霊だと思っておく。私には見えないけど、なんとなくそんな気がするし。
小さな手や足をワキワキ全身運動させながら、空中のお友達とおしゃべりタイム。めちゃくちゃ手足を動かす姿はさながらひっくり返った蟻のよう。
だが、それが可愛い。
あの可愛い動きの中で体を鍛えているのだろう。
足腰の力強さもさることながら、私の気持ちに敏感だったり精霊と交信したりと、だいぶ人間の子と違う様相を見せるユリシス。さすエルフ。将来が楽しみ。早くイケメンになあれ。
将来のユリシスを妄想し頬を緩ませながらも、私はパンダクッキング動画を視聴する。
夕飯の時は、お客様をお待たせしてしまうから多くの動画を観れなかった。時間のある今、再度のパンや麦茶、その他の離乳食レシピも観ておく。
□米類を使った離乳食[献立一覧]
┗重湯、雑穀粥、黍団子
□豆類を使った離乳食[献立一覧]
┗煮豆、餡子、豆スープ、豆粥、豆団子
□芋類を使った離乳食[献立一覧]
┗ふかし芋、焼き芋、芋スープ、芋粥、芋団子
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どの離乳食も素材の味だけで素朴な味わいである。むしろ無味。
もしかしたらだけど……あ、やっぱり。vol.3『手に入れてみよう!』に砂糖や塩などの調味料があるね。
砂糖だけチェック済みだ。我が家の台所には、塩は無かったけど古くて小汚い色した砂糖の塊はあったのだ。
そう、塊……。
湿気で固まったのだろうけど、削ったら使えるかなと思って【育児収納】しておいた。これのおかげでテーブルロールに甘味があったようだ。お粥などは素材ひとつで勝負していたけど。
もし塩を手に入れたら、これら離乳食は劇的に美味しくなるかもしれない。ということを考察しつつ、できた片っ端から【育児収納】。ひとつづつ【育児収納】。一回毎にワンポイントだから、一気に全部を入れないで【育児収納】。
ケチと言うなかれ。
おかげで魔法ポイントは92だ。ひゃほう。
ユリシスもおねむだ。瞼の瞬きが増えて、だんだんゆっくりゆっくり、とろんとろんと瞳が蕩けて閉じてゆく。
ぐぅかわ!
私も寝よう。【安全安眠】してスヤァ。
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夜中に一度だけミルクタイムがあり、翌朝、明け方から起き出して家を出る。
朝市へ行かねば。
昨日は貧民街の夕市に行ったけど、新鮮な果物や野菜が売ってなかった。
生鮮食品の小売業者は早朝に仕入れて朝に売るから、朝市の方が良い品が買えると教えてくれたのは芋煮屋のおばちゃんだっけ。
おばちゃんの言うてた通り、もぎたてフレッシュな果物、収穫したてピチピチお野菜を朝市でゲットだぜ。
サクサク買って、さっさと家に帰る。
急いでいるのはあれだ、ユリシスが起きて泣いてないか心配だからだ。
ぐっすり寝ていたので起こして連れて行くのもなあと思って、パンダ籠に眠らせたまま、【安全安眠】を念入りにかけて、そっと私だけ買い物をしてきたのだ。
昨日、攫われかけたことを忘れちゃいない。
ついでにダメ父親からも守る勢いで【安全安眠】頼りにしてます【安全安眠】。
「ただいまー、ユリシス」
しかし心配しなくとも、ユリシスはすやぴよ寝ていた。寝る子は育つね。ふくふくほっぺにチュッとしてから、朝ご飯の支度をする。
と言っても、果物と野菜のレシピ動画を観るだけだが。
□果物を使った離乳食[献立一覧]
┗すりおろし果物、果物粥、果物ケーキ、各種コンポート
□野菜を使った離乳食[献立一覧]
┗蒸し野菜、野菜の煮付け、野菜粥、野菜ケーキ、野菜の甘煮
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片っ端から動画を観てみる。完成したものから味見してみたのだが……煮付けの味が無い。水煮って感じ。
これは……塩が無いからだね。私的に味噌や醤油も欲しい。この世界に有るのかなと思ったら、レシピに味噌や醤油、麹類が増えていた。
自家製てづくり味噌、だと……?!
早速 、動画視聴して────も、出来上がらなかった。[材料]が足りないのだ。塩だ。塩が要る。塩プリーズ!
【飲食探知】したら、朝市や夕市のある貧民街には売ってなかった。貴族街に近い場所にあるっぽい。庶民の中でも裕福な人達が暮らす辺りだ。
塩は高級なもの、ということらしい。
困ったな。そんな中産階級な場所、正にお門違いだ。私ったら、見るからに貧乏丸出しな擦り切れた灰色の服を着ているからさ。
控えめに言って、冷たい目で見られて追い出されるわ。
でも塩欲しいなあ。砂糖あるのに塩ないとはおかしな家だよと思いながらも、朝ご飯のパンと野菜粥と適当な果物を食べ、ユリシス抱っこして、玄関の扉を開けたけど蝶番が壊れた。
わあ、立てつけ悪い。あ、私が壊したのか。忘れてた。
鍵代わりに【安全安眠】フィールドを……と、これやると親父が外で寝こけるのだった。
しゃーない、【復元復活】と。
「おい、エアリー」
ひえ、親父に話しかけられた。魔法を見られた。昨日のこともあり、気まずくて視線を彷徨わせる私ことエアリー。誤魔化すのは苦手だよ。
「ハァ……出掛けるんだろ。俺も行く」
「ほわっと?」
空耳かな? 今、親父も一緒に出掛ける宣言したような……あと、でっかい溜息も吐かれたような……。
「治療院、行くんだろ。俺も行くから。病室まで案内しろや」
なぜか父親が同行することになりました。ダメ親父なのに兄姉の見舞いに行くと言ってます。ダメ親父なのに。ダメ親父のくせに、たいへん生意気なことを申しております。
「何か悪いもんでも食べた……? はっ、まさかパン食べて改心したとか?!」
朝食にとテーブルロールを籠いっぱいに出しておいたのだけど、私が支度している間に父が食べたっぽいんだよね。横目で見た限り。
朝起きて朝食まで摂るとは普通の人みたいじゃないかダメ親父のくせに……!
父親が人としてまともな行動していることにショックを受けていたら、「アホなこと言ってねえで、行くぞ」と圧をかけられた。
私は戸惑いながらも、治療院方面へ歩く父親の後を追う。時々にゴミ拾いもする。拾っていると足並みが遅れるわけだが、なぜか律儀に立ち止まって待ってくれるダメ親父……え、怖。まるで良い人みたい。
いやいや騙されるな。いくら顔がいいイケオジでも、あれはネグレクト親父だ。兄、姉、そして私にした仕打ちを思い出せ。暴力こそ無かったが、酔っ払いギャンブル子供放置のダメ親父じゃないか。
うん、有罪。




