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弟が美エルフだったので育てることにした  作者: 風巻ユウ


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024、こちらにおわす御方をどなたと心得る

 降り立ったのは、私の家の前だった。


 貧民街の、貧乏人しか住んでいない巣窟で、こんな立派な馬車で乗りつけたら、大注目間違いなし。

 現に、周囲の荒屋からは何人もの人間が顔を覗かせ、道行く人々も訝しげにこちらを観察している。


 隠れたい。はよ家に入らせてくれ。

 空気でいたいエアリーは、人に注目されるのが苦手だ。


 そんな私の思いとは裏腹に、真の姿なラグお爺ちゃんが、「お嬢ちゃんの父君に、ご挨拶せねばのう」と言い出した。


「父なんぞ、おらんですよ」


 お断り申し上げたが、


「そこで寝転んどる酔っ払いは違うのかの?」


 家の前で寝こけている泥酔者を発見。

 何でまたこのアル中野郎は、こういう時に限って我が家の壊れたドア(私が壊しました)の前で寝こけているのですかね。家の中に入れない生き物なの?


 首根っこ引き摺ってベッドまで運んだ。

 お前なんか、ぽーいじゃ。


「……これはまた、完成度の高い結界ですね」

「うむ……儂でも破れんのう」

「ご主人様でも、ですか……」

「エアリー父がああなるのも無理なかろうて」

「同情する余地は御座いますね」


 ミアさん改めミッダンテさんが何やら感心しつつラグお爺ちゃんと話をしているけど、それより何より我が家はお客様をお迎えするようなアットホームな家庭ではない。

 せめて、見栄えよくしようとアル中オヤジは片付け、冷まし湯くらいと思ってガタついた小鍋でお湯を沸かす。お茶っ葉すらないからね、この家。さっき市場で買っておけばよかった……。


「どうぞお気遣いなさいませんよう、お嬢様」


 そう言ってダンテさんがテキパキとお茶の用意をしてくれた。私が沸かしたお湯を使い、どこからともなく現れたティーポットに良い香りのお茶が立つ。


 洒落たテーブルクロスの上には優美なお皿、その上にお茶請けの焼き菓子が並べられ花瓶に花まで飾られ、あっという間に午後のティールームが完成してしまった。


 うちのボロ屋がオシャレ空間になったぞ。


「きょ、恐縮です。ミッダンテさん」

「ふふふ、ミアのままでけっこうですよ」

「ああ、いえ、全く見た目が違うし性別まで違うので、きちんと呼ばせていただきますです、はい」


「嬢ちゃんは律儀じゃのう。あんなに若い娘に対して鼻息荒うしておったのに。本当は男なんじゃがの。幻の魔法で見せかけておった若くて乳のでかいおなごが好みなんじゃろ。儂、知っとるもん」


 それ言っちゃあおしめえだよ、ラグお爺ちゃん(イケメンver.)。私の人品が疑われるよ。

 まあ、否定はしないのですがね。メイド姿のミアさん可愛いし。


「ラグお爺……いえ、ラグバルド様」

「お爺ちゃんでええぞ」

「いやいや、それこそ駄目でしょう」


 長く麗しい白金の髪に、深い知性の瞬きが煌めく夜色の瞳を持つラグお爺ちゃん。お爺ちゃん姿な時もそれはそれでサンタさんのような風格があったけれど、若さの艶とハリが戻った姿は美青年だ。気軽にお爺ちゃんと呼ぶのは相応しくないでしょう。


「お嬢ちゃんには、どう呼ばれても気にせぬがのう。幸いにも、儂には沢山の呼び名があるしの」


 ふぉーふぉっふぉっと愉しそうに笑うラグバルド様の素性は全く知らないが、それでも金貨のシャワーを降らす錬金術師で治癒術士の才もある名前の長い貴族様というのはこの目で見て体感して知っている。

 お爺ちゃん姿だった時は親しみしか感じなかったけど、若者姿は何だか緊張するなあ。慣れてないからかな?


 と思ったところでユリシスが、「ふにゃ~」と目を覚まして鳴いた。ミルクの時間だ。


「んだあ? 誰だこいつら」


 父まで起きてしまった。


「しっ。ダメ親父は寝てて下さい。こちらにおわす御方をどなたと心得る。この御方こそ──」


「誰なんだよ? うちの小汚い部屋を貴族の部屋みたいにしちまいやがって……」


 うっかりな勢いで水戸の御老公ごっこしてしまったが、私もラグバルド様の正式名称を全て諳んじて紹介できるわけではない。


 言葉に詰まったのを誤魔化すようにしてユリシスを抱っこ、授乳する。


 そんな下手な誤魔化し方をした私に、ラグバルド様は「お嬢ちゃんは可愛いことするのう」と笑みを深めた。


 ううう……紹介を途中でやめるとか失礼極まりないことをしてしまったのに、鷹揚に受け止められ、あまつさえ余裕の慈悲深い微笑みを向けられるとか……。

 恥ずかしさで益々にユリシスへの授乳の手が止まらない。たんと飲んでくれユリシス。


「お初にお目にかかるでの。ご息女は大変な逸材じゃて。日々楽しませてもらっておる。かく言う儂の名前は、ラグバルド・ランゲレス・ケブルシュカ・テュヤーチャ・テデレホニス────(略)────トーエンハイム・ベクトイアじゃ。こっちは従者の」


「ミッダンテ・ル・トーチ・エンダニアと申します。エアリーお嬢様のお父様、勝手ながらお部屋の模様替えを少々させて頂きましたこと、寛大な心で、どうぞお赦し下さいませ」


 二人から慇懃な挨拶を受けた父は、しばし固まって、それから私の方へ、くるりと振り返った。

 どうしたダメ親父、死んだ魚の目みたいだぞ。

 固まっている間に、めっちゃ何か考えたらしいけど、結論が出た瞬間に目が死んだらしい。


「エアリー、これはお前の魔法か? 魔法で王侯貴族を呼んだのか?」

「えええ、さすがに魔法で人は出しませんよ」

「人身召喚魔法というものがあってだなあ」

「ああ、そんなんじゃないて。そんな凄いもの使えませんて。彼らはお友達です。先程、ユリシスが攫われかけまして、助けて下さったのです。だからほら、父、御礼申し上げて」


 そこまで言ったら死んだ目の親父の瞳に生気が宿った。


「攫われかけた、だと? 誰にだ?!」


 勢い込んで聞いてくるんだが。私に。

 いやお前、息子、ユリシスの心配しろよ。親だろうが。あ、托する卵、略して托卵だった。間違えた。他人の子だったね。めんご。


「誰も何も知らない人。その犯人は捕まえたので、ラグバルド様がお屋敷の執事にごーもんしてもらってはかせるとかするってゆってる。えありーむつかしいことわかんない」


「急に五歳児っぽく喋るな。最近の横暴な口調はどうした魔法か? また魔法か? お前は一体、いくつの魔法を使えるんだ。つか、家の結界なんとかしろ毎度毎度、家に入れねえじゃねえか」


 なんと、出掛に張った【安全安眠】の絶対安心フィールドのせいで、父は家に入れなかったらしい。

 なるほど、だから家の外で寝てたんだね親父。


「あちゃーぁ、ごめん。てへぺろ」

「ぜってえ悪いと思ってねえだろ、それ」


 いやいや、そんな死んだ魚の目を更に闇落ちさせた瞳で見つめないでおくれ。


「悪かったて。そうだ父、市場で買い物してきたのです。ユリシス攫われかけたけど食材は守ったから、夕食つくるから、それでゆるせ」


 授乳中から眠そうにしていたユリシスは最後の一滴を飲み干して力尽きたのでパンダ籠に寝かせた。秒で寝た。可愛い子よ。


 それから台所へ。


 食材をテーブルに出しつつ、穀物の籾殻が付いたままなのに気づく。米など玄米どころか種籾姿のままだ。


 コイン精米機はどこかな?

 あいや、ここは異世界だ。精米機など無い。


 こういう時はどうするのだ?

 エアリーの五年間生きてきた異世界知識よ唸れ。


 えーと、えーと、確か水車だ。水車小屋に管理人がいるから、その人にお金を支払って種籾を搗いてもらうのだ。

 管理人がドケチで水車動かす時間が決まっているとか、料金高いぼったくりだと隣のおばちゃんが愚痴っていたのも思い出した。


 お金が要るのか……。

 時間も、確か早朝受付だったような……今、夕方。


 どうすんべ。

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