020、うオアーッふんがが
「お二人とも、長々とお付き合い下さり、ありがとうございました。おかげで兄も姉も救われました」
馬車の中で、ラグお爺ちゃんとケミスさんに御礼を申し上げる。二人は被害者なのに、最後まで口を挟まず見守ってくれた。
治癒術師の口止めも、他のスタッフへも、さり気に私たち兄弟姉妹の邪魔をせぬよう牽制してくれていたのを知っている。
ラグお爺ちゃんの権威を利用するようなかたちになってしまったの、本当に申し訳ない。
「お嬢ちゃんが気にすることではないのじゃ。儂の権力なんぞ、使ってなんぼじゃ。司法の奴等は前から目に余っておった。これを機に、一新してやるわい」
この言葉は後に実行されることになる。司法院のトップがすげ替えられ、官吏試験の難易度がぐっと上がったとか。
私たち一般庶民は号外でその旨を知ったが、知らないおじさんが爵位剥奪の上に隠居となり、下級貴族の冷や飯ぐらいたちが猛勉強することになっただけで、特に生活に影響はないのだった。
ただちょっと、貧民街の巡察官吏が真面目に見回りしだしたくらいだ。成果は何年後かもね。
「明日また治療院へお見舞いに行って、今回の事件のこと、兄に聞いてこようと思います」
「ああ、儂が思うに、真犯人は別におるのう」
さすラグお爺ちゃん、ご慧眼。
「ええ、あの子たちは違うと、精霊もしきりに騒いでいます」
ケミスさんも、【精霊姫の加護】があるからか、情報伝達めちゃ早い。精霊網を使った通信とか、最強では?
「マリアも、気忙しくしているみたいです。早く帰ってあげましょうね。ユリシスくんだって疲れたでしょう」
前抱っこのまま、ずっと寝ていただけのユリシス。今も健やかにパンダ籠の中で寝ているが、パンダ籠に移す時に少しだけ目覚めた。
きょときょとした仕草が焦っているようにも見え、それでも私の顔を見てホッとしたのか、すぐ寝入った。
かわゆい。
エルフの血なのかなあ……。
ユリシスは私の心の機微に敏感で、ちょっと人間の乳児らしくないところがあるよね。目鼻顔立ちが整った美貌が一番パネェと思うけど。
赤ちゃんなのに美しいとはなにごとだ。尊い。
馬車で『精霊商店』まで戻り、マリアさんと、メイドのミアさんにも治療院でのことを話す。
二人とも、やきもきしながら待っていて下さったようで、私が元気そうな様子を見て安堵したという。
その時の仕草や表情が、さっき見たユリシスみたいで、やはりユリシスも私を心配してくれていたのかなと思うと、ほっこりした。
弟に心配かけるとは情けないわ。お姉ちゃん、もっとしっかりするからね。
前世から数えたらBBAだけどさ。BBAなので椅子に座る時、「どっこらしょ」と言ってしまうけどさ。
「お飲み物をどうぞ」
すかさずミアさんからフルーツジュースが差し出され条件反射で受け取る。口をつけたら美味しく感じ、そのままごくごく全部を飲み干した。
気づかない内に、すごく喉乾いていたみたい。それに気づいてくれたミアさんは本当にデキるメイドさんだ。結婚して下さい。
「お嬢ちゃん、さ、さ、ここに、ささっとな」
ラグお爺ちゃんから促されたのはmade inパンダ神の動画上映のことだろう。
シリコーンゴム動画を何度も観たがるのもそうだが、他の育児グッズの作業工程や教育番組的な動画も観たいとご執心なのだ。
部屋の真ん中に張った大きな白い布へ、【動画上映】。
とうとう、vol.2『つくってみよう!』のトップに表示されるようになった笹アイコン。押せばポップアップする吹き出しから「全動画ループ」を選択し、はーじまーるよー。
「うオオオオアアアアーッ」
本日も雄叫びを上げながら、秘技高速メモ取りを繰り出すラグお爺ちゃん。腕がつって痛い思いすると思うけど、やめられないとめられないのだ。この熱い情熱を、白いメモ用紙にインクで書き連ねて昇華しないと体が爆発しそうなのだ。
そんなラグお爺ちゃんを横目に、私は昼寝をした。
ユリシスはマリアさんのところで昼ご飯ならぬ昼ミルクをいただいている。
焼き菓子をたらふく食べてしまった私は、お昼寝モード。スヤアァ。
「──────はっ」
と、目覚めて辺りを見回したら、ラグお爺ちゃんも机に突っ伏して寝ていた。
「ふんがががが……しゅごごごご……」
すんげえ鼾。
昨夜から聴取があって休む間もなく治療院へ。使えぬ官吏へも一喝していたものね。お疲れ様です。
ラグお爺ちゃんの肩へは既に毛布がかけられ、動画も終わって動力である魔水晶も沈黙している。
電池切れか? とも思ったけど、ミアさんが消して下さったみたい。
ラグお爺ちゃんの家には魔法用品が溢れているので、ミアさんも魔水晶の扱いに慣れているのだそうだ。後に聞いた話である。
暫く、ぼんやりとしていたらマリアさんがやってきて、「ユリシスくんも寝んねしたわよ」とパンダ籠ごと渡してくれた。
籠の中で眠るユリシスかわゆい。この寝顔プライスレス。
「お爺ちゃん寝ちゃったし、私も帰ります」
「あらぁ、お夕飯も食べていけばいいのに」
「いやいや、毎度お世話になるのも恐縮です。でも、お嫌でなければ、また明日もお邪魔したいです」
魔法ポイントのために。
vol.4『人に会ってみよう!』のリストにある人物と会えばワンポイント入るのだが、これは一日一回限定っぽいのだ。
今朝マリアさんに会って一ポイント入った後、治療院へ行ったでしょ。そして帰って来た時に確かめたけど、新しくポイントは入らなかったのだ。
一日の内で二回目からはカウントされない。でも、毎日会えば日毎にワンポイントづつ入るから、明日も会いたいですマリアさん。
そんな私情まみれの心は隠してのお願い事。マリアさんは嫌な顔ひとつしないで、「勿論よ、明日もいらっしゃいな」と微笑む。
聖母おおぉぉ……!
明日も参ります。足がもげても参ります。毎日、聖母に参拝しないと生きていけない体にされつつある……!
玄関で、今日のミルク代に高級仕立てな方のベビー服を捧げてから、『精霊商店』を辞した。
おしゃれ着はお祝い事に是非お使い下さい。ちょっとパンダ耳と尻尾が付いているけど。
ユリシスを前抱っこして歩き出す。目指すは市場。我が家には食べ物がないので買い足さなければ、今夜のご飯さえままならぬ。
資金はある。育児グッズを売ったのとシリコーンゴムが私の専売特許だよの証左に、金貨一枚も支払っていただいたのだ。
金貨一枚は日本円にして約100万円分。使いやすよう小金貨100枚で貰ってある。
無論、【育児収納】に入っておりスリ対策はバッチリだ。
お金を使う時はマザーバッグから出すふりをしようと頭の中でシュミレートしつつ、市場を回った。
市場は夕飯の買い時らしく、煮物焼物の露店も目立つ。買って直ぐに食卓に出せるファーストフードは便利だあね。
あちらでは謎肉を濃い味で煮詰め、こちらでは謎肉を油で揚げまくっている。吊るした肉塊を削ってパティみたいなものに挟んだやつ、美味しそう。
と、買い食いはいかん。
今は野菜不足が深刻なのでビタミンCを求め生鮮食品売り場を目指す。
歩きながらも、ゴミ拾いは忘れない。何がポイントになるか分からないのだから、目に付いたものはどんどん拾う。
拾ったら【清拭除菌】。手に汚れが見えなくても【清拭除菌】をする。
これは除菌を心掛けているのもあるが、蛙の屁のように偶然ゲットしちゃう系もあるかもしれないから、こまめに魔法を使うのだ。
魔法ポイントも20くらいゲットした。
一石三鳥だ。すんばらしい。
そういえば、これだけ魔法を使っているのに魔力切れしないなあ。
魔力、増えたのかもしれない。
増えたとしてもDataに反映されないので、いまいち自分のステータスはわからないのだった。
うーん、ステータス確認の仕方、誰かに聞いた方がいいのかなあ。




