019、つづく奇跡
「──ここは……」
姉、ユリアの意識が戻ったらしく、瞳が動いた。私の姿を捉え、少し見開いたが、直ぐに咳の波に沈んだ。
「げほ、お兄ちゃ、んは、お兄ちゃんは、どこ……っ」
「兄は隣のベッドで寝てます」
「お兄ちゃ、わたし、の、せいで……う」
「起き上がらないで、安静に」
毒は抜けたと思うけど、弱ったからだはまだ休息を欲するだろう。【病気治癒】と【元気注入】を二人共にかけて様子を見る。
尚、【病気治癒】の謎呪文は心の中で唱えた。
『いたいの わるいの とんでけ~! おそらのかなたに ぽーいだ!』
この場でこの恥ずかしい台詞を言える? 言えないよね。わかれ。
「これ……これは…………」
「私の魔法です。力が湧いてくるでしょ。兄にもこの魔法をかけましたから、直ぐ元気になります」
「あ、えぁ、エアリー? 魔法? ……ん」
姉の口元に、乳首をくっつけてやる。ユリシスの哺乳用のやつだ。
哺乳瓶の方にお茶を入れ、姉の口へと容赦なく突っ込む。前世の病院で見るような吸口が見当たらなかったから仕方ない。
さあ吸え。嬉し恥ずかし赤ちゃん時代を思い出して吸うがよい。
乳首こと、このベビーニップルは母乳を実感しちゃうやつだから、大丈夫。私も試しで吸ってみたら、めっちゃウマウマできたから。
ちなみにお茶は、できるメイドさんことミアさんがくれたバスケットの中にあったやつ。焼き菓子と一緒にいただいた余りだ。
お茶を飲んで落ち着いたのか、姉のユリアは寝てしまった。飲んでいる途中でもう目瞼が下がってきていたから、ミルク寝落ちというやつだな。
ユリシスもよくやる。たいへん可愛い。
「────ああああユリアァァァァ……ッうギッッ!」
兄が目覚めた。やたら騒がしい起き方で。姉の名を叫びながらという……。
姉もそうだった。最初に尋ねたのは兄のこと。相手の心配から始まるのは、この二人らしい。ただ、姉は咳に呻き、兄は痛みで悶えているところが違うか。
とっても痛いらしい。おもにアソコが。
「腐り落ちたようだのう」
「さすがに、これは……」
言葉を失くすケミスさん。そうだよな。男にとったら玉ヒュンものだ。
見ていてかわいそつらいので【復元復活】。
「き、ききき、き、奇跡だァっふぁん」
叫ぶ前に眠らされた治癒術師。この治癒術師は奇跡が好きなのか、黙っていればいいものを叫ぼうとするからこうなるのだ。
そんな治癒術師は、ラグお爺ちゃん渾身の眠りの魔法で夢の中へと強制的に旅立った後、他の治療院のスタッフを呼んで担架に乗せ、どこかへと運ばれた。
「あれえ? 痛くねえ、あれえ?」
「元通りになったか確かめて下さい。私はユリア姉さんの方を向いてますから」
「ええ!? どういうことユリア?! て、おま、エアリー!?」
「そうですよ。兄、乙女の前で全開はいけない。姉さんは寝てるから、静かに」
姉の方を向き、ユリシスの寝顔も眺めつつ、癒されながら待つ。はぁん、我が弟のかわゆき寝顔よ。天使か。天使だな。
どうでもいいけど、兄がエアリーって呼んだ時、英語の「really?」と同じ発音だった。ちょっと笑えた。
「うえーと、隠したぞ。で、ここは……治療院か。俺はちゃんと辿り着いていたんだな」
そういや姉を運び込んだのが兄だったな。冒険者の兄は体力がある。同じ毒でやられても動けたようだ。
残りの寿命も兄の方が長かったし、もしかしたら毒抵抗くらいはできていたのかもしれない。
それでもアソコは腐り果てたわけだが……南無。
「ユリアも無事でよかった……」
ホッと息をつく兄は、再びベッドへ。上掛けで下半身を隠しており、アソコも見えない。ついでに【清拭除菌】。
喉が渇いているだろう兄に、姉にも使った哺乳器でお茶をあげた。
「おう、ありがとな。なんだこれ、吸うのか?」
「赤ちゃん用ですけど、飲みやすくていいのですよ。ここに母乳を搾り入れて、ユリシスに飲ませてます」
「ユリシス? 母乳……赤ちゃん用……柔らかい……これは…………」
兄の中で連想ゲームが始まったらしい。
「まさか、この柔らかさ」
「ずばり、おっぱいみたいでしょう」
某丸尾くんみたいな口調になってしまった。
「おおおお、お、お、おっ、ぱ」
「懐かしい感じがしたでしょう? 兄は母からおっぱい貰ってたって聞いてます」
「えいや、や、そうだけど、これに乳入れてって、あの母のを? てか、その赤ん坊、ユリシス? どういう」
「喜んでください。我が家に美形エルフの弟が産まれました」
「ぎゃー!!」
悲鳴上げなくてもいいじゃない。失礼な。
「うおおおおああああの母親ぁぁユリアだけでは飽き足らずうううう」
「そうですね。ですが、産まれちまったもんはしょうがねえですよ。私が立派なエルフ紳士に育てます」
「お前、三歳児のくせに立派な」
「五歳児です」
約一年前に姉も連れて家を出た兄。4歳になりたてな私と別れ、それ以来、家に寄り付きもしなかったので、私の年齢の記憶が混乱しているらしい。
かわいそうに。お薬出しときますね。と、再び【元気注入】してあげる。
「だからこれは?! どうして気力が湧いてくんだよっ」
「魔法です」
不思議なことは全部魔法。これ基本だから。
「そうか、親父はエアリーだけ可愛がっていたから……魔力発現の儀式をしたのか」
「いいえ、してません」
「……は?」
「魔法は勝手に使えました。おかげでユリシスのご飯も用意できますし、姉さんも、兄も救えました」
正直に言っておく。へたに取り繕ったって、この兄には意味がない。兄は先天的に特殊な能力を授かっているから嘘をついても即バレしてしまうのだ。
兄に全てぶっちゃけたところで、
「お嬢ちゃんらしいわい」
「ええ」
ラグお爺ちゃんとケミスさんの会話が聞こえて気づく。
そうだ。二人を待たせてしまっていた。ユリアさんやミアさんも、心配していることだろう。
哺乳器を返してもらい、すっくと立ち上がる。
「それじゃあ、兄。今日のところは帰ります。また明日、様子見に来ますから、大人しくしていて下さい」
ユリア姉さんがいるから脱走はしないだろうけど、行動が早い兄は元気になった途端、どこかへ飛んで行く気がしてならない。
私の顔をじっと見つめる兄。その瞳が青白く光っている。
「エアリーが遠くに行ってしまった……」
もう、これだから、真実を見抜けるやつはやっかいだよ。
なんだっけ、【真眼】だっけ。この能力のおかげで当時6歳児だった兄が姉さんを育てれたのだから、そこは良いけどさ。
真実はいつもひとつな某少年探偵並に真実を追求してくるので、兄に嘘はつけない。ついでに言うと、兄にとって冒険者は天職な気がする。
「生きてますよ。私とエアリーは、一緒になったんですから」
それだけ言い置いて、治療院を後にした。




