018、のじゃ封印と闇精霊
治療院に到着した。
ケミスさんが先に降りて治療院の人と交渉したようだが、今回の事件の犯人を被害者が見舞うというのは警戒されて当然で、治療院にいた警吏保安所の官吏にも渋い顔をされてしまった。
それは被害者が犯人に復讐として危害を加えるという懸念ではなく、犯人の意識は混迷中で、事件の聞き取りやなんかも絶望的な今、官吏としては、さっさとこの生産性のない事件を終わりにしたいという自己中極まりない理由だろう。
彼らの態度には、「余計な手間を増やすな」「さっさと帰れ」という本音が透けて見える。
治療院の人達は純粋に、重篤な患者を守るためだろうけど……。
官吏、お前らはダメだ。
貧民街の方でも酷かった巡察官吏の杜撰さは、ここ、中流階級の人達が住まう場所でも、同義らしい。
この国の官吏、腐ってんな。あ、封建制だから貴族領だろうか。どっちにしろ、偉い人たち仕事しろ。
「身内が見舞いに来ているのです。通してあげてくれませんか?」
住民のケミスさんが腐った官吏にお願いするが、
「なに! ならば身内から犯人どもの動機を探れるじゃないか。おい、取り調べるぞ。子供、こっちに来い」
腐っているので話が通じない。
更に私の腕を鷲掴み。
ムッときたのでコイツの関節外そうかと考えた時、パチッと何かが弾け、腕が解放された。
「大丈夫かの、お嬢ちゃん。乱暴になってすまんかったの」
ラグお爺ちゃんの魔法だった。お爺ちゃんが悪いわけないのに、謝られてしまった。
フルフルと首を横に振る。
「大丈夫。痛くないです。助けて下さってありがとうございます」
腕掴んできた官吏は手を押さえているから怪我したっぽいけどね。私は平気。
私の様子を見て安堵したのか、優しい顔つきになったラグお爺ちゃんが頭を撫でてくれる。このなでなで好き。
「こんな幼子から犯行の動機など探れんわい。大体、その容疑者さえも幼い少女じゃ。子供に威嚇してどうする。常識でものを考えんか、この阿呆ども。捜査の責任者は誰じゃ? サースバル卿か? 儂が司法院に物申してやるわい。儂の名前はラグバルド・ランゲレス・ケブルシュカ・テュヤーチャ・テデレホニス……(略)……トーエンハイム・ベクトイアじゃ。その足りない脳みそに詰め込んで覚えておくがよい!」
私に見せた甘い顔から一転、鬼のような形相をしたラグお爺ちゃんが一喝し、官吏たちは縮み上がった。
お爺ちゃんが名前の長い貴族で、偉い人だって、やっと気づいたみたい。
しかし今度は、「毒が危険なので、伝染るといけない。面会謝絶です」と言い始めた。
もうね、呆れるね。
何の毒か、どうやって毒を取り込んだのか、症状はどんなものか、ラグお爺ちゃんから調書とって伝染る毒ではないと知っているはずなのに、的外れなことを言う。
もしかして知らないのか? 下っ端すぎて教えてもらえていなかったとか?
私にはそんな懸念が過ぎったけど、ラグお爺ちゃんは違う見解らしい。
「貴公らは試験を受けないで官吏になったとみえる。サースバル卿には忠告をせねばならんな。口利きで官吏を採用するのはやめておけとな」
とうとうラグお爺ちゃんが、~のじゃ口調を封印してバカ官吏どもを蛆虫でも見るような目で見始めた。
そうか、この下っ端ども、コネ入社か。無能すぎて使えないタイプの。調書すら読ませてもらえないとは見下げた無能どもだ。
官吏たちはここまで言われてやっと自分たちの過ちに気づいたらしく、「病室はこちらです」と案内をし始めた。
当然、ラグお爺ちゃんは断る。
「貴公らは帰れ。荷物をまとめ、辞める準備をしておけ。子供に暴力を揮う輩なんぞ、官吏に相応しくないわ。今後、二度と、司法の職を求める事を許さぬ。お前らみたいなゴミ虫が、秩序ある司法の場を荒らすでないわ」
のじゃ口調を使わないラグお爺ちゃん、いや、ベクトイア卿かトーエンハイム卿かは知らないけれど、貴族の顔をしたラグバルド様は、とても厳しい。
下っ端官吏は放っておいて、私たち、ラグお爺ちゃんとケミスさんは、治癒術師の案内で病室まで急いだ。
他の患者さんの迷惑になるし走っちゃいけないと思いつつ、早歩きになるのは容赦して欲しいところ。
ユリシスは大人しくしている。今も前抱っこのまま。馬車に乗って私がお菓子を食べつつ考え事をしていたら、いつの間にかスヤァしていたのだ。
私が落ち着いたから安心したのか……。
ユリシスはけっこう私の気持ちに敏感だと思う。二夜前の夜泣きの原因も、環境が不快で気に食わないというのもあっただろうけど、私が育児に追われ張り詰めた空気をまとっていたのも、不快の一因じゃないかと思うのだ。
今回もユリシスを不安にさせた。私のせいで。
強くならなくては。前世でも我が子たちを守るために離婚問題と遺産問題を片付けた。最期に私が片付けられたが、概ね、子供たちの未来は拓けたと思う。後は子供たち自身の問題だ。私はもう守りに行けないけれど頑張れ、我が子たち──────。
と、前世に思いを馳せつつ、現世のユリシスを守る決意も固めたところで、病室に到着。
薄暗い個室の中、二人の患者以外は見当たらない。
奥のベッドに横たわる少女は、姉だ。
手前のベッドには、兄。
二人の顔色は土色で、げっそり痩せこけ全て枯れ果てたような有様なのに、辺りは血塗れという殺人現場もかくやといった惨状。
『ユリア 残りの寿命 6時間』
『ヘクトル 残りの寿命 23時間』
ここへ来る間に時間が減ってしまった。
急いで解毒を、魔法を、闇の精霊様どうか御力を──────て、ここで気づいた。いきなり重篤な患者を治しちゃったら、不味くないか?
「すいません、ラグお爺ちゃん。その御高名をお借りしても良いですか?」
「……お嬢ちゃんなら、魔法で何か仕出かすと思っとったわい。いくらでも使って構わんぞい」
魔法はもう発動しかけている。
私の周りに金色の光が散って、これから何が起こるのか、周りの人達は察したのだろう。はっと息を飲む音がそこかしこからする。
その音に紛れ、闇の精霊王の囁きが聞こえた。
『時空のぉには悪いけどぉ、俺がいっちばーんに気づいてもらえて嬉しぃ~張り切っちゃおぉ』
喋り方に一番特徴あるから気づいたとは言えぬ。
喜んでいらっしゃるようなので、【毒呪吸闇】、張り切ってやっていただこう。
金色の輝きが姉と兄の身体中を包む。
『毒呪の吸着は闇精霊の管轄ぅ。そぉれ』
毒の元なのだろうか、真っ黒な塊が二人のからだから飛び出した。
姉の方が、ちょっと色が濃いというか禍々しくて大きい、なんかヤバイ塊のような気がする。
間もなくそれも、虚空の闇に消えた。
『うっほーぃ、これ返しておこーぉっと。けひひ』
返す? 毒だよね。呪いだったの?
ええーと、よくわからないけど闇の御方に任せておこう。楽しそうだったし。
毒が失くなったからか、二人の顔色が良くなった。苦しみの表情が和らぎ、呼吸も落ち着いている。
「き、奇跡が────っっ」
「黙るが良い。今見たことの口外を禁ずる」
ラグお爺ちゃんが騒がしくしそうな治癒術師の口を塞いでくれた。物理的に。手の平でお口パアンだ。
ここで奇跡だ何だと大声で言いふらされたら危なかった。私も、治癒術師の骨という骨を、うっかりアレしてしまうとこだった。
ラグお爺ちゃんは先程の口約束を守ってくれるようだ。
これは借りにしていただこう。いつか恩を返しますね。




