016、イクメン
おはようモーニングのルーティン。
「ふっふっふっ、今日はユリシスより先に目覚めたぞ。姉に勝とうなんぞ百年早いわあ」
朝一番で、情けない姉の自慢を垂れ流すが、ユリシスも大を垂れ流していた。
そういうパターンかあ……。
おしめ替えても寝続けるユリシスをベビー籠に寝かせて見守りつつ、掃除、洗濯を済ませた。
おしめ用の長い布は、ぬるま湯で洗ってから【清拭除菌】している。【清拭除菌】は確かに拭ったように汚れは落ちるのだけど、洗い流したようには落ちない。滲みてしまった汚れは落ちないのだ。
だから、洗濯は必須。のちに除菌で、赤ちゃんにも安心して使えるというもの。
「うおい、お前……」
おや、ダメ父が起きてきた。
昨夜は廃材置き場に寄ってから帰ったら、夜遅くなってしまった。帰宅したら家の前に親父が寝転がっていたのには呆れた。
これまでにも床で寝るのはよく見たが、まさか家の中に辿り着けず外で寝るとは、ホント駄目人間。
近所迷惑にならない内に運び入れ、ベッドに放置してあげた私を労うがいい。せめてお小遣いくれ。ああ、この親父にそんな甲斐性はないか。
「今日も出掛けるのか?」
「そうだよ。ダメ親父も出掛けるだろ?」
「……く、口の利き方あ」
「今更今更。ユリシスのご飯、貰ってくる」
さらばじゃ。とっとと家を出た。
今更、親らしい説教なんざ聞きたくない。
ユリシスは前抱っこ。私は朝食抜きだ。
今日もまたマリアさんのところへ行くから、また焼き立てお菓子が出るかもしれない。そいつを腹いっぱいいただくって寸法さあ。
恥ずべきことだけど、背に腹はかえられぬ。
だってもう、うちにはまともな食料が無いもの。カビたパンとチーズはあるけど。
父親の買い足しがされていないから、仕方ない。
ユリシスがおぎゃーして、母親のカスが追い出されてから、一回も買い足されていない。
前はもうちょっと頻繁にパンくらい買ってきてくれたのに、ケチである。ただ単に金がないだけかもしれないけど。
日課のゴミ拾いをしながら、は~るばるやって来たぜ『精霊商店』。いやそんな遠くないけども。
【身体強化】しまくっているおかげか、五歳児の割に体力あるし歩くの早いと思う。
昼寝はしたいけどね。やっぱり五歳児だもの。
着いた途端にユリシスが「びゃーん」。
「────ゼンダ氏!」
「いらっしゃい。いきなり大変だな」
「場所借りるっ」
「あいよ」
昨日に案内された奥の部屋まで辿り着けず、店内のベンチで授乳をさせてもらった。
このお店、一階も二階も売り場で広いからか、所々に休憩場所がある。
「エアリーちゃん、おはよう」
マリアさんがアウロくんを前抱っこ、レオノスくんも一緒に来た。
抱っこ紐、ちゃんと使えているようで何よりだ。
「マリアさん、おはようございます。レオくんも、おはよう。すいません場所お借りしてます」
「いいのいいの、気にしないで続けて……て、あら、それは昨日渡した私の、かしら?」
「そうです。いただいた母乳です」
商品検品しつつ使い方を試したのだけど、その時に母乳も貰ったのだ。
「へえ、搾乳器そのものが哺乳器になるのね」
搾乳器は霧吹きみたいな形をしている。
器とレバーは木製、ノズルがカップの形をしていて、そこがシリコン製だ。
カップを胸に当て、レバーを動かせば搾乳され、器に母乳が溜まる仕組み。
母乳の溜まった器にベビーニップルを装着すれば、そのまま哺乳器として使える。今、ユリシスが飲んでいるのが、それだ。
また、器・レバー・ノズルと、合わせ目に接続部品はあるが簡単に分解でき、洗いやすい。前世だと薬液に浸け置いたりレンジでチンして消毒したものだが、この世界だと魔法があるので、マリアさんは精霊に頼んでやってもらうそうだ。
私も【清拭除菌】があって本当に助かっている。なかったら毎度、煮沸消毒だ。
「あー、おいち?」
レオくんがユリシスと会話を試みようとしているが、ユリシスは乳に夢中で会話はできないかな。
それでも、「おいちーね、レオものんだち、あゆよ」と、舌っ足らずにお兄さんぶる姿が……尊!
「おいおい、マリアさんの子は天使かい?」
「んまァー嬉しいことを……!」
「レオノスくんはあれだね。将来イクメンになるに違いない」
「イクメンて何かしら?」
「育児をする顔面イケてる好青年のことですよ」
「あらぁ、そうなったら嬉しいわ。うちの主人も育児を手伝ってくれる方だけど、世の中の男性、女性に任せっきりの方が多いみたいだもの」
へえ、この国でもそうなのね。男尊女卑社会か。特に上流階級は、母親自ら子育てはしないらしい。乳母に任せて母親は社交に勤しむのだそう。
「そうすると、私の育児グッズは上流階級向けだと思ってましたが、貴族女性には売れませんか?」
「育児を助けるグッズが多いもの、売れるわよ。自分は使わずとも、乳母に下げ渡したり、贈答用って強調すれば男性にも売れそうね」
「便利グッズからイクメン育てるのもありですかね」
「それいい、採用。男性って便利な物を使いたがるわよね。手を煩わせるものが嫌いで、便利さを賛美して、思いがけず手に入れたものを自慢する。そういう気持ちを煽れば、たとえ高くとも、貴族の男性は買って下さるわ」
ああ、射幸心を煽るってことか。
貴族男性は投機が好きっぽいし、破滅しない程度に売りつけ見栄を張らせてあげるのも、商売人としての腕の見せどころなんだとか。
さすが大店の三女。貴族の転がし方を知っている。
「来ぃーておるではないかーあぁ」
ラグお爺ちゃん登場。
今日は店の出入口で待ち構えてなかったから、どうしたのかと思いきや……。
「お待たせしてしまいましたかね」
ケミスさんも後から急いでやってきた。
二人とも外から帰って来たっぽいけど、何かあったのかな?
話を聞いたところ、殺カエル事件の顛末だった。
身代金を要求してきたあの脅迫文にケミスさんが魔法をかけていたけど、あれは犯人を追跡する精霊魔法だそうで、精霊の導きにより、その日にも犯人たちの居場所をつきとめていたそうな。
「犯人はどこに?」
「治療院じゃよ。懸念が現実になっておった」
盗んだ箱を開けてしまった犯人。直ぐに体調が悪化して、治療院へ。
「運んでくれた人がいたんだ。冒険者で、犯人と揉めているところを見た人がいた。どうやら犯人の知り合いらしい」
ゼンダ氏も話に加わって、経緯を教えてくれる。
そういえば情報の取りまとめをしていたのはゼンダ氏だった。
「不幸なことに、その冒険者も毒を吸い込んでもうてのう」
ラグお爺ちゃんが沈痛な面持ちで言う。
虹色蛙の屁は毒ガスそのもので、苦しんで苦しんで最期は出血大量で亡くなるのだっけ。あな恐ろしや。
「情報がまとまったので、昨夜、警吏保安所に被害届を提出しに行ったところ、そのまま聞き取り調査されまして……」
「やっと今、解放されたというわけじゃよ」
おおう、お疲れ様でしたケミスさん。ラグお爺ちゃんも被害者だから調書とられたのね。
「僕も何かあるといけないから昨夜から徹夜で店番だった。肌が荒れたよ」
ゼンダ氏よ、お前は乙女か。
「ふふ、ありがとうゼンダ。深夜手当てを出さないとね」
マリアさんがそう締めくくり、和やかな空気が流れたのだが、「やはり心配じゃのう」と、ラグお爺ちゃんが呟くので、自然そちらに耳を傾けた。




