015、エアリー・ブランド
「エアリーちゃん、こんにちは。ユリシスくんも」
ケミスさんがやっとやってきた。
お忙しいとは存じますが、ラグお爺ちゃんが怖い顔で画面を見つめ、鬼気迫る勢いでメモって、合間に私のことまでメモるので、助けてプリーズ。
余っ程、私が懇願する瞳をしていたからか、
「では、あちらで商材の取引でもしましょうか」と、ケミスさんが言ってくださったので喜んでついて行った。
衝立の向こうはテーブルと椅子の応接間だ。普段はここで商取引をするのだろう。
焼き菓子とジュースも運んでもらって、ユリシスをパンダ型ベビー籠に寝かせ────
「ぺぎゃーん」
────泣いてもうた。
「はーい、ユリシスくんもご飯の時間ね」
慌ててマリアさんを呼んでいただき、丁度アウロくんの授乳を終えたところだったらしく、交代でユリシスにもお乳をいただけた。
聖母様ありがとう。
それにしても、使用人さんたちの持ち運びベビーベッドを組み立てる速度が早い。よくお出掛けする家族なんだなというのが分かる。
程なくして出来上がったベビーベッドで、アウロくんは手をブン回したり足をバタバタさせたりと、食後の運動を始めた。
あれは、もう少しで寝返り打ちそうだ。ということは、生後半年くらいかな。
歯固め使えそうと思いつつ、最初に約束した本格前抱っこ紐を渡す。昨日の取り決めで、これは昨日一日分のミルク代となる。
あと、授乳ケープと授乳クッションは口止め料のつもりだったけど、これまたラグお爺ちゃんに常識を説かれ、これらのお代も頂戴する予定だ。
ということで、本日のミルク代には歯固めを渡すことにした。
「ああ、最近よく指しゃぶりをしてますね。歯が痒かったのですか……そう言えば、レオノスもベッドの端を噛んでボロボロにしてました。やめさせようとしたら、今度は釦を口に入れてしまって……危なかったです」
「何でも興味を持つ好奇心も合わさってそうなってしまうみたいですね。できたら、目を引くもので釣って、興味を他に逸らしてあげて下さい。この歯固めは精霊樹の枝で出来ているので、口に入れても安全です。視線を逸らした隙に、これを握らせてあげると、カジカジして歯の疼きも抑えられますよ」
「精霊樹の……て、昨日の?」
「はい」
「少ししかお渡ししてないですよね?」
「あはは」
笑って誤魔化した。
だって私にも摩訶不思議で説明できないのだから。
少量の材料で作れるのもだし、動画さえ観れば何個だって作れるのも、不ー思ー議ー。
「まあ、『精霊の巫女』様の為さることですから、疑いませんよ。巫女様は精霊樹を生長させることが出来ると、お聞きしますから」
ちょ、待っ?!
またまた、おかしな渾名を付けられたぞ。君たち夫婦は私に別名を付けるのが趣味なの──?!
「それでは、エアリー・ブランドということで、こちらの白黒動物をモチーフに入れた商品を、定期的に卸していただきます」
────て、私が固まっている間に、さくさく話が進んだぞ。
エアリー・ブランドってなんだ。
ケミスさんは、昨日の今日だというのに、もう私の扱いを心得ていらっしゃるようで、頼もしい。
「確かそれはパンダという名の動物だそうよ。ねえ、エアリーちゃん?」
「はっ、そうです。パンダです。タレ目で、もふもふして、竹や笹を食べて、ゴロゴロ転がる姿も休日のお父さんみたいで愛らしい、そんな皆の人気者です」
ついでにこの世界の神っぽいけど、これは内緒にしておこう。
「知らない生き物だけど、デザインし易くて、いいと思うよ。エアリー・ブランドのロゴにも入れよう」
ぼーっとしていたら決まってしまった感。
「それじゃあ、販売日程と目標だけど……」
と、また打ち合わせが続いて、最後にこれまでに作ったことのあるベビー用品を全部、一点づつ並べた。
簡易おんぶ紐、ベビースリング、本格前抱っこ紐、マザーバッグ、授乳クッション、授乳ケープ、おくるみ、ベビー籠、ベビー帽子、ベビー靴下、ベビー肌着、よだれかけ、ベビー服(普段着)、ベビー服(おしゃれ着)、ベビーニップル、ニップルシールド、歯固め、哺乳瓶、搾乳器。
いっぱいあるなあ。
消えたものは再度[動画]を観てから出した。殆どが5分前後の動画なので、現実世界だと50秒ほど呆けていれば完成だ。
シリコーン動画30分は珍しくも長い方ということね。
並べてみると分かる、パンダの圧。どれにも、さり気にパンダが潜んでいるのだ。
前世、ミッキールームで隠れミッキー探したのを思い出した。娘にせがまれて泊まった夏の思い出。
あの時、偶然にも、元夫が浮気相手とネズミランドデートをしていて、追いかけて写真撮った思い出も……。
忘れよう。
「ちょっと、ちょっと、エアリーちゃんったら、また凄い物が増えてるわ。説明してちょうだい」
あ、はい。マリアさんが昨日のラグお爺ちゃんみたいな目で説明を求めてきた。これは勝てない。
哺乳器の使い方、搾乳器の使い方、ニップルシールドの用途を説明したところで……。
「買うわ。もう既にあらぬところが痛いの」
「りょ、了解です」
目、目が、目がぁ、据わっていらっしゃる。
ケープとクッションに、ニップル代金をプラスして貰った。締めて金貨一枚。
「……多くないですか?」
話し合いで決めた商品単価だと、ケープもクッションも小金貨10枚だったはず。ニップルはまだこれから決めるけど、同じくらいの価格が妥当ではなかろうか。
小金貨は100枚で金貨一枚になるので、小金貨一枚は日本円換算すると一万円くらいである。
小金貨10枚は10万円だ。10万円のケープとクッションて……ぼったくりのように思うが、これがブランドの価値だと教えられた。
つまり、CHANELやGUCCIのケープでありクッションだと思えば良い。ブランドショッピングする奥様がターゲットということだ。
ニップルもまた同料金にしたとして、それでもまだ多めに支払われた感が否めない。
私が金貨を手の平に乗せて、しょぼーんした顔をしていたからか、マリアさんが解説をしてくれた。
「ニップル関連は新素材だということを加味してちょうだい。ラグお爺様がこれから新素材のレシピを公開してくだされば量産できるけれど、今はまだエアリーちゃんしか作れないものなの。一点物どころか、世界で唯一無二ね。これでもまだ支払い足らないくらいだわ」
な、なるほど。
「だからまだ新素材を使った製品は店頭に並べない方がいいように思う。マリアの言う通り、ラグ爺さんが開発し大量生産できるという体裁が整ってから、店に出そう。それまでは希少な素材ということで、口コミだけで売るつもりだよ」
ケミスさんにも言われ、考えた。
焼き立てのお菓子はとっくにお腹の中に消え、お代わりでもらったお茶が、冷めていた。
「お嬢様、新しい飲み物をお持ちしましょう。次は何をお飲みになりますか?」
タイミング本当に良いな。メイドさん──お名前はミアさんと言うそうだ。
ミアさんに、今度はハーブティーを頼んだ。
「わかりました。ケミスさんの販売計画に準じます」
それから、販売物の検品をし、メイドさんと触れ合いなどして過ごした。
セクハラじゃないよ。
そんなこと言ったらユリシスが無邪気にミアさんの胸の谷間に顔を埋めた方が、セクハラにならないかね?
「私はまだ……ナイからな…………」
己の胸に手を当てたら、「あと10年は待ってね」というパンダ神からお告げがあった気がした。
それから昼寝をさせてもらって、またおやつをいただいてから、帰る準備。
帰り際にはまたラグお爺ちゃんが、「明日も来るのじゃ。他の動画とやらを観せてもらうからの」と、片腕を押さえつつ仰っていた。
やっぱ腕、つったっぽい。
おだいじに。




