011、価値
どの料理も美味しかった。今世、生まれて初めてだ。こんなにまともな料理を食べたのは。
そんなことを口走ったら、マリアさんがクスっと笑って、「前は、どんな料理を食べていらしたの?」と、柔らかい口調で尋ねられる。
マリアさんて本当に上品。大店の三女ともなると、上流階級の躾を受けるのだろう。
「前世」という言葉を控え「前は」としたのにも好感が持てた。
隣にはラグお爺ちゃんがいるし、後ろには給仕する使用人さんたちが控えている。彼らを惑わさないよう、配慮したものと思われる。
「それは私も気になるな」
と、ケミスさん。彼はデザート直前に相席した。
長男の頭を撫で、次男のほっぺをつっついてから着席したのは笑えた。
良いパパさんである。
虹色蛙の件は、あちこちに使いで人を走らせ、問い合わせの手紙を送り、店員のゼンダ氏に返信のとりまとめを任せて来たらしい。
仕事早い。後は待つだけ姿勢。
私は前世の食事を思い出しつつ、答える。
「前は……お米が主食でした。この国だと、粉にして水で溶いたものを、薄く焼いてますね。前の……祖国では、粉にしないで、米粒のまま食します。味がないじゃないかと思われそうですが、米の種類が違うので、甘みがあって噛めば噛むほど美味しいのが特徴です」
「ああ、パッキオのことか。具材を挟んで焼いたやつが、手軽に食べれるから重宝しているよ」
「そうね。乾燥させて日持ちするのもあるわ。あれは水で戻して、生野菜を巻いてソース付けると美味しいのよ」
お米談義が異世界でも出来るとは思わなかった。
暫く、食卓の話題は食べ物だったけど、ユリシスが「ふぎゃーん」と起きて、マリアさんのおっぱいを要求。
つられたのかアウロくんも、「うーうーだっ、だっ」と乳よこせコールするので、おっぱいは両方塞がった。
妙技、ダブル授乳。
この様子を見たケミスさんの感想。
「単純な発想なのに、これまでに見たことがない商品ばかりだ」
授乳ケープと授乳クッションのことである。
マリアさんが最初に食いついた本格前抱っこ紐を見せても、「便利だ!」と絶賛。
本格前抱っこ紐は、ただの紐やスリングの時と違って、真綿入の背もたれでしっかりと赤ちゃんの腰がベルトで固定され、絶対に落ちない安定力を誇っている。また、前抱っこと銘打ってはいるが背中におんぶする事も可能。
どちらにせよ両手が塞がらないので家事しやすいと言う利点しかない便利育児グッズだ。
勿論、パンダ印そこにあり。
「でしょ、でしょ、それ絶対、売れるわよね!」
追い打ちでマリアさんが声を張る。
赤子二匹が胸に吸い付いているのに、元気だなあ。
「ビジネスの話をしようか。マリアに聞いたが、ユリシスくんにお乳をあげる度に、君の手作り作品を一点くれるという話だったそうだね」
「そうです。それがフェアだと思いまして」
「フェアとは思えんがのう……」
ラグお爺ちゃんから物言いが入った。それを受けてケミスさんも頷きながら言う。
「ラグバルドさんのおっしゃる通りです。私も、この条件ではエアリーちゃんが一方的に損をしている格好になると思います。せめて原材料費くらい出させて下さい。ユリシスくんのお乳代として一日一点まではいただきますが、あとは売って下さい。私が買い取ります。流通販売は妻の実家の育児部門に卸すことになると思いますが、私に交渉を任せていただければ、売上金の何割かをエアリーちゃんにお届けすることが出来ます」
ちょ……っとこれは、ケミスさんは私がこれら育児グッズを作れると思っているのだよね。確かに作れるけど、それは魔法で、実際に作るの双子パンダ神だ。私自身の純粋手作りとは言い難い。
そんなインチキ作品でお金なんて取れないよ……。
「うえーと、あの、お気持ちはありがたいのですが、私の、これは……魔法で作った品でして……私としては、ユリシスがお腹いっぱいに、ひもじい思いしなくてもいいだけの母乳がいただければそれで良いのです。あ、私がさっき食べたお食事代は、また別の品で払います。前抱っこ紐も、作ったらまた持って来ますから」
「ちょっとお待ちください。食事代など要りません。これは身内の集まり、歓迎の意を示すものですから、お代など受け取っては押し売りではないですか」
あれ? 私、ケミスさんを怒らせた?
日本人的遠慮が変な方向へ行ってしまいそうだぞ。
「あの、でも、」と、しどろもどろになっていると、「嬢ちゃんや」とラグお爺ちゃんが私の近くまで来て、頭をなでなでしてくれた。
な、なんで、なでなで?
悪くは無いし、嬉しいけども……。
「小さいもんが、遠慮するでない。儂など、この家で何度も食事をしたが、一度も支払ったことなどないぞ」
それは……ラグお爺ちゃんが常連で、気安い仲だからじゃ……。
「幼いお主に、誰も支払い能力など求めておらんわい。それよりも、手仕事を褒められとるんじゃ、喜ばんかい」
「でも、これ魔法で作ったもので……」
「魔法で作ったのなら、その魔法技術を褒められたという事じゃ。儂も錬金術で魔法を使うが、結果を出して褒められたら、錬金魔法ごと褒められたと思うとる。たとえそれが天賦の才で、最初から与えられものだとしても、それを使って結果を出したのは、自分自身じゃ。結果が、お主の価値なのじゃ。
価値に値段がつく。当たり前のことじゃ。逆説的に、『値段が己の価値』ともなるの。
遠慮なんぞしとっては、価値を認めてくれた者に対しても失礼じゃぞ。甘んじて、結果を受けよ。それで金が儲かる。良い事しかないわい」
ううーむ、なんて持論だ。納得しかない。
なでなでし続けてくれる手も、私を見つめてくれる眼差しも、ぬくもりしか感じぬ。
ラグお爺ちゃんの言葉を吟味して、私は結論を出した。
「私……。ケミスさん、こういうので良ければ、作ります。知り合いの商人さんもいないので、ケミスさんに一任する形で、いいですか?」
「ありがとうございます。私も焦り過ぎました。妻から、貴女と私たちの価値観は違うと聞いてはいたのですが……難しいですね。少しづつ、常識を擦り合わせつつ、販売の仕方を模索しましょう」
ああ、私が、必要な人がいればあげてもいいと言ってしまったやつね。
常識知らずの発言に捉えられていたのか……。
ごもっともすぎて苦笑いしか出ない。
この後、ケミスさんと双子パンダ神謹製育児グッズの商品化、販売数、販売価格、売上金からの還元率など、その他諸々を決め、契約を交わした。
時折にラグお爺ちゃんから当たり前を諭される場面もあったけど……主に、ものの価値観について……前世の感覚で物言っちゃいけないね。
それでも何とかまとめ上げ、精霊に誓ったのだった。
「この精霊取引書はお互い死ぬまで有効です。不履行の際は、私の精霊より罰が下されますのでご注意を。こちら、契約金です。お納め下さい」
『精霊取引』というのが、あるらしい。
精霊術師が契約している精霊(契約精霊)に仲買してもらう商取引なのだが、ケミスさんには【精霊姫の加護】が産まれた時からあったので、契約精霊ではなく仲の良い精霊に頼んだという。
取引書の内容を破ったら、その精霊からシカトされ、精霊が属する魔法が使えなくなるので、精霊取引書を作るということは精霊との信用取引でもある。
それだけケミスさんは私との商売に本気ということなので、私も覚悟を決めた。
『精霊取引』によって、私も精霊から何らかの処罰を被るデメリットがあるのだが、ケミスさんから取引の内容を丁寧に何度も説明を受け、納得したので、最後に、誓った精霊に魔力を吸われて成立した。
なんか、『この子の魔力、焦がしキャラメル味』って精霊に言われたけど。
焦げてました? 癖になる味だそうで。
契約金を受け取る。
金額にして金貨一枚。金色に煌めくこのコイン一枚で、一家族を三ヶ月は余裕で養えるそうだ。
前世で使っていた通貨単位、円で換算すると約100万円分の価値といったところ。
これを契約金として、前金でいただいた。
最初、私は固辞してしまったのだが、「何を作るにしても元手が要るじゃろうが」と、またラグお爺ちゃんのド正論をいただき、ありがたく頂戴した契約金である。
これは、今世での初給料といっても過言では無い……?
初給料の使い道といえば。
これまで育ててもらった恩返しとして、両親に何かプレゼントが正道だろう。
だが、カス共に報いる恩など無し。
ということで、ここは私の唯一の家族、弟ユリシスのために使うことにした。
「魔珪石、魔水晶、精霊樹の枝をください」




