001、目覚めたら修羅場
初っ端から卑猥な言語が飛びますのでご注意を。
R15内に収まりますので大丈夫です。たぶん。
「エルフ野郎と寝やがったのか?! これまでも大概だったが今日こそ勘弁ならねえ! 離婚だ! 出てけ! このアバズレ娼婦めがぁっ!」
男性が女性を罵る怒声で目覚めた。
嫌な目覚め方だ...…。
私は、私の意識として、漸く、目覚めた。
転生した。と、自覚したのが目覚め。
今いる小さなシングルベッドはカビ臭くて、毛布もシーツも、まともに日光に干していないのが丸わかりの不潔さ。着ている服も、ボロ布をまとっただけの、服とは呼べない代物。
ド貧乏を絵に描いたような極貧家庭の、次女に生まれ変わったのが、私ことエアリーだ。
空気。非現実。
そう名付けられた私は、これまで実際に家の中の空気として、そこに在り、生き物としての存在が不可知の如く、何をするにも目立たぬよう言い含められ、生きてきた。
少しでも目立てば鬼に攫われるぞと脅されて、縮み上がらない子供はいない。
両親が喧嘩をする度に空気力を発揮し、毛布にくるまってじっとしていることを、既に学んでいた。こうして、喧々諤々に罵り合う両親の力が尽きるまで待つのだ。
いつものこと、と言えば、いつものこと。
だけど今日は違っていた。私は前世を思い出し、ここは転生先の世界であることを自覚したからだ。
自覚したからか、目の前にアレが現れた。
――――――――――
《Data》
名前:エアリー
種族:人間
性別:女性
年齢:五歳
称号:【異界より招かれし転生者】
→Dataを閲覧せし者に贈られる称号。転生した世界の多数派言語の読み書きを取得している。
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Dataが出た。ギャグじゃないよ。
異世界転生の定番、ステータスというやつだろう。いきなり目の前に出てきて、少しびびった。
少し程度で済んだのは、前世ではキャリアを積んだいい大人だったから、かなあ。年齢は内緒。
転生に関しても、問題ない。
某ファンタジア文庫とKADOKAWAとTRPGで鍛えた少女時代のファンタジー耐性が教えてくれる。
これはあれだ。昨今の流行りと娘が言っていた、異世界に転生した人間が授かる、チートというやつかな。
称号【異界より招かれし転生者】ね。
道理で、これまで言語に不自由しなかったわけだ。
風に舞っていたゴシップジャーナルを拾い目を通しただけで違和感なく読めたもんな。
何も学んでない幼児がだよ。
過去を思い返すように、これまでの記憶を辿っていたら、この家が安普請の集合住宅で、それなりの都市のスラム寄りに住んでいること、近所も似たような酷い環境で、両親が大声上げて喧嘩しようと、誰も助けに来たことがないことを思い出した。
お巡りさんも来ない。ここは一応スラムではなく都市部なのに。治安維持に励む勤労なはずの巡察官吏は仕事をサボっていらっしゃるのだ。けしからん。
それは、この辺を取り仕切るヤクザ屋さんとの癒着に由るものらしいが、五歳児の私には理解できていないこと。逆に、私が目覚めたからこそ理解できることだ。
ご近所の噂話、両親の言動から生育環境と家庭の事情を察し、「あ、これは、あかん。逃げな」と気づくのに三分も掛からなかった。
ただし今すぐには逃げれない。
私自身、ただの五歳児。転生者ではあるけども、言語チートがあるだけで、非力だ。
それと、もうひとつ逃げれない理由。
弟がいる。産まれたばかりの弟だ。
女性を罵る男性──記憶によるとアル中の父親だが、彼が怒り叫ぶ内容は、母親がエルフの赤ちゃんを産んだという衝撃的事実。
本日、母親のゆるいお股からスポーンと産まれ出た赤ん坊の耳が、なんと、尖っていたという。
とんがりお耳はエルフの証ですね。ははは。
明らかに父親の種じゃない。
父親は人間。勿論、母親も人間。
人間しか生まれない組み合わせのはずなのに、エルフ爆誕しちゃった。ぷふっ。
私にとったら笑える出来事。他人事すぎて。実の娘という自覚は無い。
しかし、我が父親にとったら晴天の霹靂で、産み終えたばかりの母親に対しての追求が始まったわけだ。
だって、浮気の現行犯だもの。
この母親、信じれないことに前科二犯。今回が初犯ではない。
私にはまだ上に二人、兄と姉がいらっしゃるのだが、二人ともが種違い。
私だけ、父親の子ということで、この家に置いてもらっている。
…………いや、置かれているというか、そもそも空気というか…………。
空気は空気なりに、酔っ払って愚痴る父親から、「お前だけだ。お前だけが俺の子……正統後継者……目立つと狙われる」と聞かされておりまして、「鬼が来るから隠れていろ」とまで釘を刺されている。
いやうちの家系どうなっとんねん?
父親よ、まさか貴様まで犯罪者なのか……?
と、ツッコミたいけど空気だから聞き返さないでいた良い子エアリー。その上で父親にお酌をし、口を滑らかにして、まあまあと聞き役に徹しながらも、必要なことは聞き出した上で気分良く呑ませる。
記憶が蘇っていないながらも、前世で培った接待術を披露していたらしい。
エアリー恐ろしい子。
前世では、ちょっといいとこのお嬢さんだった。
大卒で就職してキャリア積んだら婚期を逃し、実家の都合で政略結婚。一男一女に恵まれ、亭主が浮気しまくって離婚訴訟。離婚後は実家の遺産相続で揉め、土地の権利書を盾に実家の整理がついた頃…………薄暗い地下道、怪しげな輩に付けられいると思ったら背後から羽交い締めに。口も塞がれ、そのまま意識が──────。
おそらく、そこで私は死んだのだろう。
犯人は親類の誰か。私が死んだ方が都合の良い奴らがいっぱいいる。
もしかしたら元夫の方からかもしれない。あいつ気持ち悪いロミオメール送って来ていたから、業を煮やして殺人依頼とかね、有り得る。
誰にせよ私を直接害したのは雇われ者だろうし、顔も見ていないので恨みどころがない。無念。
前世のことを考えると気が滅入る。親族の醜悪な面ばかり見た人生だった。血族は誰も彼もが敵で、我が子にしか安らげなかった。
今世の家庭環境も複雑そうだ。
前世と違ってド貧乏スタートだけど、父も母も実家は裕福っぽいのだ。
だが縁は切っているとみた。仕送りなんてないから。
祖父母から、何らかのアクション……ありませんな。
どうせ実家から勘当されたとかだろ。
こいつら、親としても駄目だけど、普通にろくでもない人間だ。
今世父の仕事はこの辺一帯を見回る巡察官吏。と言えたら格好良いけど、どちらかというと目証だ。岡引、手先、小者ともいう。
正規の巡察官吏から小銭を貰って犯罪者を売っている。そして地元犯罪組織とも癒着しているので、まさしく公僕の手先で小者なのだ。
派手めに夫婦喧嘩をしても誰も仲裁に来ないのは、喧嘩している本人が、そういう役目の人だからともいう。マジでけしからんな。
官吏からも、ヤーさんからも金をせびって、その金の大半は酒とギャンブルに消えているアルコール中毒者。それが私の実父である。
そんなろくでなし実父が、浮気癖やべえ実母に言うのだ。
「離婚だ。出てけ」と。
父は本気だ。母の腕を引っ張って外に放り出そうとしている。
母はキーキー喚き「アンタが不甲斐ないから!」「甲斐性なし!」「鬼畜野郎!」「粗チン!」と父をここぞとばかりに貶している。
赤子を産み落としたばかりとは思えぬほど、元気もりもりだ。
前世、長男を産んだ後一週間は体がまともに動かなかった私とは大違い。
被っていた毛布を脱ぎ、ベッドからも降りて、狭い納戸から出る。
階段下ではないけれど、小さな物置きが今の私の部屋なのだ。
「ふえーん、ふえーん」
泣き声は、まだ産まれたばかりの赤ん坊。
私の弟が、一生懸命に息を吸っている音だ。この世に産まれ出て、初めての肺呼吸である。
さっきまでお産を手伝ってくれていた産婆さんが居たのだが、両親が喧嘩し出してから逃げたようだ。
でも逃げる前に、弟を温かいお湯で洗い、清潔な布に包んでおいてくれたので、感謝せねば。
前世での産後、動けない私の腕に、そっと長男を抱かせてくれた助産師さんを思い出す。
確か、初乳がだいじと教えてくれた。カンガルー抱っこケアというのも。
それらを我が母に期待するのは……無理筋かな。
せめて初乳はあげたいけどねえ。
あの母親もどきに、慈しみの心とか母性とか、あるとは思えない…………。




